研究内容

量子力学などのミクロな物理と、熱力学などのマクロな物理はそれぞれ独立に発展し、それぞれ大きな成功をおさめてきました。私の大きな目標は、マクロな多体現象、特に非平衡現象の普遍性を、ミクロな動力学から理解することです。

こうした問題は伝統あるものであり、実際にvon Neumannは「孤立した量子多体系がユニタリー時間とともに熱平衡状態に緩和するのはなぜか」について今から約100年前に議論しています。同時に、近年の冷却原子系をはじめとする人工量子系の実験的発展により、ミクロな量子動力学を高精度で制御し、そこから発現した多体現象を精密に測定することが可能になりました。統計力学基礎論の実験的検証の舞台が整ったわけです。この事実に触発され、特に孤立系の熱平衡状態への緩和現象については、理論的にもここ10年ほどで著しく分野が進展しています。

一方で、非平衡状態についてはいまだ理解があまり進んでいません。非平衡多体現象と量子力学の関係を突き詰めることは、伝統的課題である非平衡統計力学に切り込んでいくと同時に、近年の物性、量子情報、 高エネルギー物理などと融合し、新たな量子物理のフロンティアを開拓していくものと期待しています。

現在私が特に力を入れて取り組みたいと考えているのは、(散逸や測定を伴う)開放量子多体系の非平衡統計力学です。現実の系は外部と常に接触しており、こうした外部系の存在は非自明な影響をもたらします(単に熱平衡化を引き起こすこともあれば、多彩な非平衡定常状態が現れることもあります)。さらに最近では、冷却原子系などを用いて散逸や測定を人工的に制御することが可能になっており、開放量子多体系の非平衡統計力学を議論する基盤が整いつつあります。また、量子系をリアルタイムで測定し、結果に応じてフィードバック制御する、などという技術すら可能になっています。

こうした状況を踏まえ、私は開放量子系のミクロな動力学から非平衡現象を理解し、制御するための理論を明らかにしたいと考えています。また、開放系の統計力学や制御はもちろん古典系(生物物理やソフトマターなど)でも重要であり、こうした学際的な研究についても議論・貢献したいという思いも持っています。

もちろん、上で述べた最近の動機を抜きにしても、非平衡現象の法則の解明は時代を超えた物理学者の夢だと思っています。そこには様々な興味深い物理が潜んでいるので、上のテーマに限らず、議論や共同研究を通してなんらかの形で非平衡の理解に貢献していければと考えています。

具体的に私が取り組んできたテーマについては、以下の概要及びPublicationをご覧ください。