日本の教育システムに目を向けると、国際的にも批判を受けているジェンダーギャップが残存します。例えば、大学進学率は今現在でも男女差があります。学校教育では一定の男女平等が達成されているにも関わらず、なぜ女子の進学率は下がるのでしょうか?これには、性別役割意識が働いていることが指摘されてきました(江原由美子2001『ジェンダー秩序』)。親からの期待も性別によって違いがあるため、女子よりも男子に投資しようとする傾向や、女子はいつか「家庭に入るもの」という性別役割期待から進学率を押し下げる傾向があると江原氏(2001)は指摘しています。他には、女子は文系、男子は理系といった選択科目の偏りも見受けられます。これらは、「女の子らしさ」「男の子らしさ」などの男女の固定イメージ(以下、ジェンダーバイアス)の影響が強くあると指摘されてきました。
こうしたジェンダーバイアスを、子どもたちについても緩やかにしていこうという社会的傾向が日本でも見らるようになってきました。一番分かりやすいのは小学生のランドセルでしょうか。昔は、女子は赤、男子は黒という、男女別の色の固定が当然とされていました。最近では、カラフルで多様な色から選択できることでジェンダーニュートラル化が目指されています(といっても男子を見ていると黒や紺のランドセルが多いように思います。本当に子どもが自由に色を選べているかはまだ検討が必要そうですね・・・)。他には、男女別名簿の廃止、誰でもトイレ、制服の自由選択など、小学校以上で議論が盛んになってきました。LGBTQの問題とも関連しながら少しずつ前進はしています。
一方で、海外に目を向けると、子どもたちを取り巻く環境のジェンダーニュートラル化はさらに進んでいます。アメリカの某有名アニメーション映画では、作中のプリンセス(女性)に最新のジェンダー観が採用されているのを見かけるようになりました。プリンセスはこれまでのように王子様に守られるだけでなく、リーダーシップをとったり勇敢に戦ったり、国王になることもしばしばです。他には、アメリカの某大手おもちゃ販売企業がおもちゃの男女別販売を廃止したり、某アパレル販売企業が子ども服の男女別表記を廃止したりしています。世界的な動向として、ジェンダーニュートラルへの関心が高まっています。
しかしながら、日本ではそこまでジェンダーの議論が進んでいない現実があります。大人が望む「無垢で純粋な子ども」像に実際の子どもを無意識に押し込めるため、子どもにジェンダーやセクシュアリティの問題を見出しにくいという特徴があります。または、乳幼児期の子どもは「そもそも男の子も女の子もまだ小さくて差がないので、そこまで意識せず一緒に育てることが大事」といった考えが多数派かもしれません。そうした大人の子どもに対するジェンダー問題への解決意識や曖昧に黙認している状況が、むしろジェンダーバイアスの問題を見えにくくしてしまっていることを指摘したいです。
私たちは、子どもたちにとって人生最初の公的な集団生活の場である乳幼児保育施設だからこそ、よりジェンダーニュートラルにこだわりたいと考えています。以下の画像を見てください。
身体の差があまりない足元でさえ、男女別にデザインされた商品がたくさんあります。この現状の問題に気づいて、あえてジェンダーニュートラルな商品を探して子どもに与えている保護者の方も最近は見受けられます。しかし、その保護者の方に聞いてみると、商品のほとんどが商業的な名目で男女分けされており、むしろジェンダーニュートラルな商品を見つけることの方が困難だそうです。
子どもたちの下着も男女別になっています。紙オムツの段階では、比較的ジェンダーニュートラルな印象のものが好まれますが、2歳以降に着用するトレーニングパンツからは、かなりの確率で男女別デザインです。性器など身体のつくりの違いがあるからパンツのかたちに違いがあるのは自然なこと、と思う方がいるかもしれません。しかし、紙オムツもトレーニングパンツも、肌に触れる部分である内側のかたちや縫製は同じです。外側の絵柄だけ男女別になっています。つまり、体のつくりに合わせてパンツのかたちを違える必要はないにもかかわらず、男女別の絵柄があえて採用されているのです。このように、子どもを取り巻く物的環境はジェンダーバイアスに溢れている現状があります。
次に、保育活動の画像です。
これは認可保育園での0歳児クラスのひな祭り、2歳児クラスの七夕の作品制作です。画像をよく見ていただくと、子どもの顔写真が、男子ならお内裏様・彦星、女子ならお雛様・織姫の位置へと貼られています。これは子ども自身がその位置を選択したわけではありません(私が担任保育士さんに確認)。保育士が子どもの性別をもとに決定し貼り付けています。
皆さんはどう考えますか?とても悩ましいところで私自身、答えが出ず迷っています・・・。昔からの伝統や風習をジェンダーニュートラル化して「織姫も彦星も無くしてしまおう!」という判断は、少し乱暴な気もしています。それでも、子どもの性自認より先んじて、大人が子どもの性別を決めつけるような行いは改善していきたいなぁと思うのです。実際にどのような対応が望ましいかまだまだ議論の必要なところですが、どちらにせよこれまでのように「あなたは女の子だからこっち!あなたは男の子だからこっち!」ではいけない世の中になってきているということは確かだと思っています。子どもが自分のジェンダーについてどのように感じているか、それぞれの個性を大切にしてあげたいと願います。
もちろん、保育士さんたちが悪いんだと言いたいわけではありません。「女の子なんだから膝を閉じなさい」「男の子なんだから泣くんじゃない」など、性別に念を押すような声がけを見直す乳幼児保育施設は多くあります。保育士さんたちも日々、子どものwell-beingに向けて努力されている真っ最中です。私たちの商品が、さらに保育士さんの改善努力を手助けできると考えています。
本商品をキッカケに、日本全国の乳幼児保育施設において、子どものジェンダーを大人がどのように考え取り扱っていくのか?次世代を担う子どもたちにどのような保育支援がなされていくべきなのか?保育士さんたちが話し合ってくださることそのものが、子どもを取り巻く人的環境の改善につながると信じています。
角度を変えてLGBTQの視点から考えてみます。乳幼児期の段階において、LGBTQの存在は多くの場合気づかれづらいのが現状です。でも、LGBTQを自覚していく子どもはいるようです。実際に、乳幼児期でもLGBTQの子どもがいることを証明するニュースがいくつかあります。2021年初旬の下記のニュースを見た方も多いのではないでしょうか?
性別違和の園児が涙の訴え「1回しんで女になる」市がHPで「アウティング」
2022年1月にもTBSがこの問題について報道特集を組みました。乳幼児期におけるLGBTQの問題は、今まさに注目が集まり、喫緊の議題と言えます。
保育園で性別違和のある子ども(いわゆるトランスジェンダー)たちがいじめにあったことを訴えています。「おとこおんな」や「スカート男」という言葉が子どもたちの間で使用されていたことからも、この保育園におけるジェンダーバイアスの強さがうかがえます。「女の子はこうでなくてはいけない・男の子はこうでなくてはいけない」という規範・価値観がもう少しゆるければ、性別違和のある子どもたちもここまでいじめに苦しむ必要はなかったかもしれません。ジェンダーバイアスによる困難を少しでも軽減することで、多様な子どもたちが楽しく生活できる保育環境を実現したいと、私たちは願っています。このように男女の問題だけでなくLGBTQの視点からも、子どもたちの保育環境をジェンダーニュートラル化していく意義はあると考えています。
私たちは、子どもをより「女の子らしく」「男の子らしく」育てたいという保護者の方の想いも、尊重されるべき子育て観だと考えています。そうした子育て観を「悪いんだ!」「絶対変えなくてはいけないんだ!」ということを言うつもりはありません。しかし、公的な場である乳幼児保育施設においては、どのような子育て観も、多様な子どもたちの個性やその背景(性別・LGBTQ・障がい・国籍・民族など)も、ひっくるめて受け入れられる保育環境を提供できるのが望ましいのではないでしょうか。そして、こうしたジェンダーの議論は、何もLGBTQの子どもたちのためだけではありません。LGBTQではないいわゆる「普通の女子・男子」と想定される子どもたちにとっても、その個性を自由に遺憾なく発揮できる環境を保障することにつながるのではないでしょうか。1つ例を挙げますと、「将来の夢」です。「大きくなったら何になりたい?」という問いかけに、女子は「パイロットになりたい」「大統領になりたい」といっているでしょうか?男子は「お花屋さんになりたい」「ケーキ屋さんになりたい」といっているでしょうか?これが悪いと言いたいのではなく、自由意志で決めているはずの「将来の夢」ですらジェンダーに規定されている現状があると言いたいのです。LGBTQの子どもに限らず、ほとんどの子どもが性別役割意識に沿った「将来の夢」を語っている傾向を考えると、ジェンダーは全ての子ども全ての大人の共通課題であることがわかります。
繰り返しになりますが、ジェンダーバイアスに縛られず、全ての子どもがそれぞれの個性を自由に遺憾なく発揮できる保育環境を目的としています。物的環境の提案として『ジェンダーニュートラル・個人マークシール』があり、これをキッカケに大人たちが子どものジェンダーについて話し合ってくれることが人的環境の改善につながると考えます!この商品だけですぐにジェンダー問題が解決するとは思っていませんが、初めの一歩を踏み出したという意味では意義があると自負をしています。この商品は、ジェンダー議論のキッカケとなるツールとして機能することを期待しています。いつか、女子に「ライオン」、男子に「ウサギ」でも違和感なく普通に受け止められるようになったら、嬉しいです!