紙の本「デアデビル・カートウィール」のおまけ続編
「3章1 放火とサイドキック」、「4章1 『VS荼毘』」です。
「ちょっと警察行ってくるね」
「ハ?」
小見内夫婦との面談を終えた数日後だった。駅前の事務所で、俺は呼吸器をつけてソファに横たわりながらホークスのデスク上に雪崩れた書類の山を崩すのを手伝っていたが、あらかた片づけ終わったところでホークスが突然ジャケットを羽織り始めたのだった。
「おい、聞いてねえぞ。小松菜だかほうれん草だか言ってやがったのは誰だよ」
「上司は何してもいいんですー。ま、取り調べだからすぐ終わるよ」
「ハァ? なんでお前が行かなきゃなんねえんだよ」
「あー、お前ここ三日ぐらい寝てたから知らないかもしれないけどさ、俺らが小見内さんとの面談に行った日、近くで火事起こったんだよね。で、出火原因が個性由来らしいよ」
「なんでお前だけが警察に呼ばれンだよ。何か隠してやがるな」
ホークスはしらっとして言った。
「隠すことでもないから言うけど、極めて高温の炎で焼かれたことが判明したからです」
「……それをお前がやったと?」
俺は呆れて物も言えなかった。馬鹿馬鹿しい。ため息まじりに男の名前を呼べば、金色の瞳がいやそうに細められた。
「何? 俺は炎熱の個性もち、疑われるのは仕方ないでしょ」
「レディ・ナガンの件から何も進歩しちゃいねえな」
「何回も言うけど今の俺はフリーなんで、公安に濡れ衣着せられるなら徹底抗戦します。なんなら、お前は公安所属だから裏切ってもらわないとね」
二度目のため息をつけば、呆れるあまり呼吸器が氷に包まれた。喉が詰まり、咳き込んでしまう前に、黒いグローブをはめた手がひょいと凍った呼吸器を取り上げて新しいものに取り換えてくれる。
「元・公安のヒーローだから疑いませんってわけにもいかないし、そもそもヒーローでも容疑者から外れるわけじゃない。スライディング・ゴーの件もあるしね。念のための事情聴取だからすぐに終わるって言われてるし、そんなに心配することないよ。お前が寝てる間にちゃっちゃと終わらせて、」
「俺も行く」
ホークスは目を真ん丸にしてから肩をすくめた。
「お前が行く方が俺は疲れるんだけどな」
そう言うのは分かっていたが、俺はクソ親父と同じく諦められない性分だった。
この投稿には、ダミーテキストを数か所入れています。これは一つ目です。まずは剛翼がある非番のホークスを用意します。元気な荼毘も忘れずに。
三時間後、俺は簡易呼吸器をつけたまま車椅子に乗って、久しぶりの繁華街にいた。変装用のサングラスで視界は暗いが、見慣れた景色が広がる。公安本部とセントラルは徒歩圏内だ。ホークスが俺に個性譲渡の話を持ちかけた公園も、クズヒー……ダスターの野郎に追われた路地裏も、どこか懐かしい。
「あ、あそこヒーローグッズショップだよ」
ホークスが指差す方には『ベストジーニスト賞受賞ベストジーニストフェア』と回文めいたのぼりが立っていた。
「お前のもあんのか?」
「ないよ。前はあったけどね、俺仕様のゴーグルとか」
「ダセェな」
「言うと思いました。エンデヴァーグッズ見に寄る?」
「ああ。可燃ゴミかどうか確認してえな」
「その言い方、一瞬どきっとするからやめろって」
車椅子の背越しに見下ろしてきたホークスは手に薄っすらと蒼炎を宿しながら言った。
「ちょっと言い方なんとかならない? お前依頼人にもその調子だからさ、結構ネットで言われてんだよね」
「へえ。あのナンバーワンヒーローが生んだ最悪の失敗作がしぶとく生きてんじゃねえかってか?」
「いや、フツーに俺のサイドキックの態度が悪いって」
「……」
「お前の目元が綺麗だから、ホークスが顔採用しよったって幻滅されてる」
「……努力する」
「うん、そうして。俺も庇いきれんからね」
また前を向き直り歩き始めたホークスの横顔は、若くしてヒーロー事務所を立ち上げた男の表情をしていた。けれどもパーツに分けてみれば、金色の睫毛は意外と長く、檸檬色の目は丸くて大きく童顔だ。アンバランスな顎髭を目でなぞっていれば、ホークスが視線に気づいて眉をひそめた。
「俺のポリシーなんです」
「何も言ってねえだろ。なァ、それってエン」
『皆さんこんにちは! バトルフィストです!』
突然交差点に女の声が響き渡り、電光掲示板にヒーローが大写しになった。思わず事件かと身構えるも、周囲は気にする風もなく各々の目的地へ向かって歩いてゆく。ホークスを見上げれば、この男も気にも留めず歩いている。
「この女……」
「CMだよ。バトルフィストは幅広い層に支持される人気急上昇中の新米ヒーロー。最近よくやってるよ、ファントムシーフとのコンビがウケててバラエティ番組にも出てる。ほら」
画面の中で先ほどの女が、決戦時に死柄木を手こずらせたガキの肩を掴んで引きずってゆく。自然と顔が歪むのが分かった。今でも決戦時の動画を見るたび、今は治療でほとんど痛みが消えたはずの頬の皮膚が痛む。俺が全身を燃やしても得られなかった夢想の欠片を思い出す。
ハンドルを握るホークスの手を下から掴むと、「ん?」と不思議そうな声が返ってきた。
『ファントムシーフも嫉妬する! あなたも憧れの個性になりませんか? 効果は五分、友達を驚かせましょう! パーティの余興にもピッタリ……』
「人気出たよね、物真くん――ファントムシーフの個性は知ってる?」
「……知らねえな。ミスターみたいなもんか?」
やけにかすれた声が出た。ホークスはほんの一瞬、はっとしたように動きを止めた。しまった、と思ったのも束の間、ホークスの温かい手が俺の指に絡んだ。
「燈矢、違うよ。俺はお前ができるだけ長くこっちにいられるようにしてやりたいだけ」
「ハ? どういう意味――ッア!」
ふいに車椅子が押され、バランスを崩す。思わずホークスにしがみつけば、車椅子は横転しかけたが、俺の背後にちょうど人がいたらしい。ホークスは顔を歪めながら車椅子ごと俺を抱き寄せた。
「……幅とるんだから端いけよな」
追い越してゆく人ごみの中から毒づく小声と舌打ちの音が聞こえた。思わず声の方に向かって冷気をまとった手を伸ばしたものの、手首に今朝ホークスに巻いてもらったテープが目に入り、拳をぐっと握りしめた。
「お嬢さん、大丈夫?」
ホークスの優しい声が降ってきて、俺は抱かれたままヒーロー然とした顔を見上げた。檸檬色の瞳に、制服姿の女が映っている。首だけを動かせば、真横でその女がスカートに付いた土を払いながらパンパンに膨れたスクールバッグを拾い上げていた。高校生ぐらいだろうか。
「……大丈夫です。お兄さんは?」
「俺は大丈夫。それより、今ギアに膝当たったんじゃない? ノーネーム、見てあげて」
ホークスはそう言いながら車椅子を起こして俺を元通りに座らせた。反射的に腕を伸ばしたが、女は瞬時に後ずさりして、俺の手は空を掻いた。
「ううん、私はぜんぜん痛くない。お兄さんの方が痛そう。火傷してる」
じっと見つめられ、思わず身を引く。マスクや縦襟を左手でなぞり、未だ残る火傷跡が目立つ目元や首元が覆われているのを確かめる。なんだ、この女は。見える個性か?
俺が眉をひそめても、女の黒い目は微動だにせず俺の全身を映している。ふいにホークスのスマホが鳴った。公安だろうか、男はワンコールで電話をとって、「待ってて」と手で合図をしてからその場を離れた。
「お兄さん、あの人優しい?」
女が電信柱の影へ向かうホークスを目で追いながら言った。
「ハ?」
ますます眉をひそめて見上げれば、女は膝を折って俺の視線に合わせてきた。
「さっき一緒に転んだ時ちらっと見えちゃった、お兄さんの火傷。顔のマスクも首の詰まった服もそれを隠すためなんでしょ」
無言で顔を背ければ、女は真剣な眼差しで車椅子の手置きに手をかけ、俺を囲い込むようにして前に立った。
「それに、あの人は炎熱の個性なんだよね。ライトリーラボ製の耐火グローブつけてる」
俺は少し驚いて女の顔を見つめた。ライトリーラボ製だとは知らなかった。依頼人のきつい眼差しが脳裏に浮かび、それからへらへらと笑っていたホークスが帰り道にこぼした本音や弱音が耳の奥でこだまする。だから、自分も傷つくと分かっていてもこの案件を受けたのか? 俺の氷結が不十分だから。
思わずホークスの姿を探そうとした瞬間、女の顔がずいと迫ってきた。
「ぜったいに誰にも言わない。だから教えて。その火傷、あの人と関係ある?」
おいヒーロー、お前が俺に火傷を負わせたんじゃねえかって疑ってるぜ、この女。電話中のホークスに視線をやれば、女の声が聞こえたのか聞こえていないのか男は黙って顎で促してきた。お前の思う通りにしてみて? そりゃ放任主義もすぎるぜ、ホークス。善良な一般市民と会話する機会なんかほとんどねえんだから。
仕方なしにホークスを真似ようとしたが、どうもあの能天気ぶった芝居はクサくて好きになれない。結局俺はぼそっと呟いた。
「……優しいよ」
「今、あの人に何か合図されたでしょ」
この女……! 瞬間的に返事がきて、思わずもう一度女の顔を見つめる。真剣な表情で、瞬きもしない。
「今がチャンスだよ。私、あなたを助けられるヒーローを知ってる。絶対に誰にも言わない。本当にあの人優しいの? 人前だけだったりしない?」
畳みかけるような強い口調だった。俺は車椅子を少し後方へずらしてホークスの方へ近づけた。善良な市民が妙な正義感を出して俺に話しかけている。面倒な女だ、そのはずだ。なのに、なんだ、この違和感は。
「……言っておくが、この火傷はあいつの炎じゃない。昔の火事だ。効かねえのに毎日これを巻いてんのもあいつ」
口で袖をまくり上げてテープでご丁寧にぐるぐる巻きにされた左腕を差し出せば、女は目を見開き、すぐに視線を手元に落とし小さく呟いた。
「なら、よかった」
暗い声だった。まるで俺が「優しくない」と言うのを待っていたかのように。
この投稿には、ダミーテキストを数か所入れています。これは二つ目です。そしてどんな火力にも耐えるフライパンと美味しい鶏肉を用意します。もも肉がいいと思います。
うつむく女が背筋を伸ばして立ち去りかけた瞬間、通話が終わったらしいホークスが駆け寄ってきた。
「お待たせ、お二人さん。お嬢さんは俺のサイドキックに何かご相談?」
「サイドキック!?」
女は弾かれたように顔を上げ、それからホークスの姿を見とめるなりさっと顔色を変えた。
「いえ、少しお話をしていただけなので。失礼しました」
そう言うと、女はバッグ片手に足早に立ち去った。こちらを一度も振り返ることなくスカートを翻しながら横断歩道を駆けてゆく。その姿が小さくなってゆくのを眺めていると、ホークスが低い声で尋ねてきた。
「あの子、なんて?」
「俺の火傷を見ちまったらしい。そんで、お前のせいじゃないかって」
「へえ。それで?」
「俺を助けられるヒーローを知ってるらしいぜ。ヴィランも喜んで救うさぞお優しいヒーローなんだろうなァ……ホークス?」
見上げると、ホークスは顎に手を当てて難しい顔をしていた。
(中略)
「連続放火事件がガキに関係あるだと?」
「燈矢、ガキじゃなくて子どもね、小見内ユメちゃん」
ホークスの声が背後から降ってきて、俺は車椅子にもたれながら鼻を鳴らした。ガキはガキだ。無力で何も思い通りにならず、ただ親の人形でいるしかない生き物。
俺がぶっ倒れたせいで夜はすっかり更けていた。警察庁からの帰り道、人気のない裏道を選んだホークスは車椅子を押しながらも器用に、俺の膝の上に置かれたタブレットをスワイプして言った。
「去年から今年にかけて都内で個性による放火が四件あったんだけど」
表紙には、「未登録個性所持者による連続放火事件」とある。その後も仰々しい字面が並ぶが、要は極めて高温の炎で――俺のものではない蒼炎で燃え上がった火事が相次いで発生しているということだった。
「初めに事件が発生したのがユメちゃん失踪後の去年十一月二十六日。で、事件現場がすべて小見内邸周辺なんだよ」
ホークスは資料の「南区」の文字を指した。
「ハ、確かにあそこは都内南区だが、それだけか? だいたいガ……子どもは横浜のバアさんの家に行ってたんじゃねえのか」
「そうだよ。三件目の放火は横浜だ。ちょうど小見内ミナコさんの自宅周辺で、これが結構燃えて初めてけが人が出た」
ホークスは地図アプリを開いてピン留めした地点を指でなぞった。
この投稿には、ダミーテキストを数か所入れています。これは三つ目です。荼毘に蒼炎でフライパンを温めてもらいます。その間にホークスは剛翼で鶏肉を一口大に切り分けていきます。
「四件とも小見内邸から半径1キロ以内だ。気にならない?」
「言い切る根拠は?」
「俺のカン。って言ったらお前信じる?」
妙に明るい声で言う冗談めかした台詞に、俺はタブレット画面をじっと見つめた。方々に散らばった赤いピンは、とても関係があるとは思えない。かつて群訝山荘で、俺が放火した場所を線でつなぐと「天」という文字が描けると主張する動画をミスターが笑いながら見せてきたのを思い出す。
返事をしなければいつもなら上から俺の顔を覗き込んでくるホークスは、黙って車椅子を押している。車輪が小石をはねて、ガードレールに当たってきんと音を立てた。
「信じる」
坂道にさしかかり、車輪に付いたモーターがうなり始めた。体の向きが変わったせいか街灯の明かりも手伝って画面が白く光って眩しい。画面をオフすれば、暗くなった液晶に背後にいるホークスが映った。
「ホント?」
「ハハ、嘘だって言ったら?」
液晶の中のホークスがふっと笑った。傾斜が更にきつくなり、ほころぶ顔とその背景に夜空が映る。一直線に三つ並んだ星が目を細めた男の頭上に輝いていた。
「本当なんだ」
確信めいた表情で男は言った。刑事と話す時には使わない低い声音が鼓膜を震わせる。
俺が口を開けた瞬間だった。ホークスの背後、遠くに小さく強烈な青い光が映った。タブレットを傾けて映る位置を調整すれば、街灯が連なる坂道の下、ちょうど俺たちが通ってきた道の端にめらめらと蒼い炎が燃えていた。
――極めて高温の炎。
まだ読み始めて間もなかった捜査資料に書かれていた文字が頭をよぎる。極めて高温だからといって炎の色は青とは限らない。だが、もし俺と同じなら。トガヒミコの生家を燃やしてやったことを思い出す。蒼炎は瞬く間に住宅を包み込み、罵詈雑言の落書きとともに女の過去の痕跡ごとすべてを消し去った。
突如、画面の端にちらついていた炎が一気に大きく燃え上がった。その炎とともに、ゆっくりと大きな影が伸びてきた。食い入るように見つめていると、その影はゆっくりと人の形をとっていった。
全身黒ずくめの男だった。黒髪に黒衣、街灯の隙間で時折闇に溶けながらふらふらと左右に揺れるようにこちらへ歩いてくる。
とうとうこの燃えそこなった身体が幻覚まで見せるようになったかと目を擦るが、男の姿はどんどん近づき鮮明になってくる。男の長い上着の裾が初冬の風に翻り、まるで黒い翼のようだった。
嫌な予感に拳を握り締めた。蒼炎を灯す手の色が途中から変わっているのに思わず息を飲む。あれは。
「ホークス」
かすれた声で呼べば、黒い耐火グローブが俺の両手を上からぎゅっと握りしめた。
「なに?」
明らかに期待した声だった。とろけた檸檬色の両眼がマスクだけをつけ目の下の火傷跡を晒した俺の顔を映している。ああ――クソ、間が悪い。この男がせっかく俺を見ているのに。
俺は息を吸ってから両手を伸ばしてホークスの顔を引き寄せた。俺の様子に勘付いたらしく顔色の変わった男の耳に囁く。
「啓悟、後ろ」
ホークスの目が見開かれ、猛禽類の鋭い視線が後方に向けられる。街灯の明かりを背にして、獣のごとく目元の黒い皮膚の色が濃くなる。
「……誰だ」
暗がりで、手元に掲げた蒼炎に照らされくっきりと男の姿が浮かんでいる。
今の俺は焼けた皮膚をある程度治療し、金具も抜いて痛みも随分とましになったが、見た目は決戦前と同じく火傷跡が残っている。だが、目の前で陽炎のように揺らめく男は、今にも剥がれ落ちそうな赤紫色の皮膚を金具でつなぎ止め、個性の使い過ぎで熱せられた肌からしゅうしゅうと音を立てて白い湯気が上がっている。
「ナンバーツー……」
低い声だった。ホークスは瞬きもせず黒ずくめの男を見つめている。
この投稿には、ダミーテキストを数か所入れています。これは四つ目です。フライパンが十分に温まったら油を引き、鶏肉を並べていきます。ホークスが手早くやるので荼毘には黙って火加減を調節してもらいます。
「お前、まだヒーローやってるんだな。俺を見つけられなかったくせに」
ホークスが息を飲むのが分かった。喉仏が上下に動き、小さく口が開いては閉じる。
「おい、ホークス」
小声で呼び、冷やした手を黒い耐火グローブに添えれば、ホークスがはっとしたように俺を見る。小さく頷き、瞬時に蒼炎をまとって俺より一歩前へ出た。
「お兄さん、俺の前で荼毘のコスプレは趣味悪いんじゃない?」
男はホークスの蒼炎を一瞥し、片手に燃える蒼炎を分けるようにもう片方の手に灯してから喉の奥を鳴らして笑った。
「そうか? すっかり都合の悪いことは頭から消したヒーローには、むしろ適当だと思ったが。なァ、トゥワイスを殺して、ちょっとはヒーローが暇な世界とやらになったか? 相変わらず忙しそうだな」
ホークスの蒼炎がゆらゆらと頼りなく揺れ、小さくなってゆく。俺は舌打ちをして、ホークスの前に車椅子を移動させた。
「ああ、毎日忙しいぜ、てめえみてえなゴミが喚くもんだからな。今すぐそのライターの火を消せば俺たちは今夜暇になる。協力してくれよ、偽者」
荼毘がのろのろとこちらを向き、ばちりと視線が合う。連合に入った頃の俺と同じく瞳孔が開き気味の、親父譲りの蒼い目だ。まるで鏡の中の自分と目を合わせるような心地がして、鼓動が速くなる。
「哀れな人形か」
「あ?」
「悲しいなァ、轟燈矢……」
荼毘は頬まで裂けた口で笑った。
「なんだよ、そのマスクにパーカー。自分を焼いてまで夢見たヒーローごっこは楽しいか? それともその殺人ヒーローに拾われて浮かれてんのか? ハハ、そりゃあ俺にも価値があるって信じてえよな。タダ同然だけどな」
「ハァ? 何の話だ」
「お前はまた他人の夢の道具になって、使い捨てにされるだけだ。気づいてねェのか?」
ホークスがはっとしたように振り返り、俺を黙って見つめた。無粋なことは言うなよヒーロー、何も言わなくたってわかってる。お前がさっき俺を信じてくれたことぐらい。
「ハ、図星だからって口を挟むなよ、ホークス? 惨めだろ。こんなに身を削っても誰にも認められない。挙句、ヴィランとしてもヒーローどもに敗けちまった」
首から胸元まで焼けた肌を手でなぞり薄ら笑いを浮かべる男を睨みつけながら、俺は左手に冷気を集めた。
「轟燈矢、今度は自分を氷漬けにする気か? ハ、てめえにも何千年か後なら価値がつくかもなァ……」
「黙れ」
Shick! 反射的に放った冷気が空気中の水分をことごとく氷塊へ変え、地面から巨大な氷柱が次々にそびえたち男の傍まで迫ってゆく。足元から氷柱が頭を出した瞬間、男は横に飛び退って口端を吊り上げた。
「おっと、まだヒーローになるには早いんじゃねえか? ヴィラン事務所に改名しろよ」
「あいにく俺たちは許可が下りてるんで」
両足に蒼炎を燃やしたホークスが瞬時に俺の後ろからロケットのごとく飛び出した。男の背後に回り込んで両腕を拘束しもう片方の手で後頭部から地面に叩きつけようと、ホークスの右腕が振り上げられる。ところがその手が黒い髪に触れた途端、男の姿はまるで蜃気楼のように歪み、耐火グローブが空を掻いた。
「ハハ、また俺を見つけられなかったなァ……」
男がにやにやと笑った瞬間だった。再び男に向かっていったホークスが、一瞬で炎に包まれた。
「一緒に俺と踊ろうぜ! ホークス!」
自らも蒼炎にまみれた男の高笑いが響き渡り、ホークスのジャケットが黒ずんで炭と化してゆくのが見える。瞬く間に蒼炎が道路の幅いっぱいに燃え広がった。熱風がもろい皮膚を焦がしていく。俺は、必死に左手に冷気を集めた。
この投稿には、ダミーテキストを数か所入れています。これは五つ目です。焼き色がついたら、醤油と砂糖と水溶き片栗粉をなんかいい感じに混ぜて絡めます。おめでとうございます。焼き鳥ができました!
「ホークス!」
返事がない。もう一度叫ぶも、炎の勢いが強く、返事に耳を澄ませる前に火の手が迫ってきて咄嗟に氷壁を作って防いだ。
ホークスの元々の個性は剛翼だ。元から俺よりも炎熱に耐性のある身体じゃない。いくらヒーロースーツを着ていても、こんな炎に飲まれればひとたまりもない。群訝山荘で俺が焼いたときのように。
あの日、焼けて意識も絶え絶えになりながら俺と対峙した男の姿が目に浮かぶ。俺を見てくれなかったヒーローが――あの孤高の鷹の目が今はずっと俺を。
――なに?
先ほどの甘い声がまだ耳に残っている。手だけじゃ足りねえ。
全身に冷気を集めれば、手足に薄氷の膜がはって身体が冷えてゆく。氷結を扱いやすくするためにと抑えていた感情が噴き出してきて、俺は蒼炎を扱うように氷結をぶっ放した。途端に氷壁が左右にそびえ、その出現の勢いのまま倒れ込むように蒼炎に襲い掛かってゆく。
――遺族の気持ちを考えたことがあるのか!?
たった今分かったよ、サンドヒーロー・スナッチ。確かに俺はひどいヴィランだった。誰にも信じられず、お前の息子に殺されても文句は言えない。だが、こいつには何の関係もない。
Shink! 宙に巨大な氷の楔が数十浮かぶ。尖らせたその先を、蒼い火の合間でわずかに見える黒衣へ向けた。
――殺してやる!
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