昔の中国では教養人が趣味として描いていた優雅な表現の水墨画がありました。「北宗画」と「南宗画」という2つの画風があり、文人(職業画家でない人)の多くが「南宗画」を描いていたことから「文人画=南宗画」とみなされるようになりました。
江戸時代、鎖国の日本で唯一の貿易港であった長崎・出島において、江稼圃や江芸閣といった来舶清人によって「南宗画」がもたらされました。またたくまに「南宗画」は注目を集め、文人墨客たちがわざわざ長崎まで学びにきました。しかしそれはほんの一部で、長崎には来れずに「芥子園伝」や「八種画譜」などの絵手本を模写することによってその技法の習得を試みる人が多かったそうです。
明治に入ると「南宗画」は「南画」と呼ばれ始めました。長崎は「南画発祥の地」で、江戸時代に中国人からに直接技法を習い伝承し続けている唯一の南画といえます。そのことを自認し伝統を守り継承するために、今日も『長崎南画』は描き続けられています。
南画も水墨画に含まれますが、南画では写意(作者の心)を表現します。画は「塗る」のではなく「線で描く」ものと言われ、線の美しさが求められます。また、漢詩の画讃が絵の余白に書かれているのも特徴の一つです。
山水画では、作者の理想郷を表現した神仙思想による画です。西洋画における遠近法は用いず、皴法による「三遠法」を用います。
花鳥画では、鈎六法(縁取る)や没骨法(縁取らない)が用いられ、「画の六法」がなければならないと説かれています。
「三遠法」
高遠法/下から見上げるような山の高さを表現
平遠法/近くの山から遠い山を見晴らすような広さの表現
深遠法/山の前面から山の背後を覗き見るいわば深さを表現
「画の六法」
気韻生動/生命観が宿るように生き生きと描かれてているか
骨法用筆/力のこもった描き方で描かれているか
応用象形/描く対象に似ているか
随類賦彩/色が適切に塗られているか
経営位地/前後の位置や画面構成がうまく配置されているか
傳模移写/古図を模写して勉強しているか
南画の基礎は「四君子(蘭、竹、菊、梅)」です。まず、調墨と運筆を学ぶために、最初に「蘭」を描きながら曲線を練習します。次に「竹」で直線、「菊」で墨の濃淡、「梅」で曲線と直線の組合せを習得します。一つのステップにおおよそ1年、四君子をすべて終えるのに4年以上かかりますが、それだけの時間を費やすほどの奥深い世界が「四君子」にはあります。