タイトル:龍十二ヶ月巡り4月
作家 :平良 志季
画廊 :靖雅堂夏目美術店
展示会 :平良志季 龍づくし
場所 :西武池袋本店
購入日 :2023年11月19日
サイズ :6号
技法画材:日本画
今回紹介する《龍十二ヶ月巡り4月》は2023年11月に西武池袋本店で開催された平良志季さんの個展『龍づくし』の一つです。月ごとに龍をモチーフにした連作になります。前回紹介した《龍と一息》は龍十二ヶ月巡りには含まれませんが、プロローグと解釈することもできます。二つの作品の龍を比べてみましょう。まずは大きさが違いますね。「竜使いの君」と同じくらいであったのが、遥かに成長しています。もはや抱きかかえることはできません。顔の形も変わってきました。のっぺりとした印象であったのが、ごつごつと龍らしい迫力が備わってきています。しかし、竜使いの君にぴったりと寄り添うところからすれば、龍としてはまだ子供なのかもしれません。
龍は物珍しそうに桜を見上げています。真っ直ぐ上に伸びた竜のひげが関心の高さを表しています。あたかも初めて桜を見るような表情です。これまではお家で過ごすことが多かったのでしょうか。ようやく外の世界に関心を持ち始めたのかもしれません。舞い散る桜の花びらに興味津々。竜は高い知性を有するとされます。もしかすると花が咲き散っていく道理を理解しているのかもしれません。竜使いの君に注目してみましょう。視線は龍に向けられています。桜を楽しむというより、桜を眺める竜を見守り和んでいるように感じます。《龍と一息》の頃と比べると、少しふっくらした顔つきになっています。作者に尋ねたところ、「中年太りですかね…」と笑っておりました(もともと連作という設定ではないので、竜使いの君に特段の区別はありません。「竜使いの君」の名称は私がつけたものです)
この作品では竜使いの君の衣装がもっとも強い色彩を帯びています。つまり鑑賞の起点は竜使いの君になります。竜使いの君の視線と竜の体に沿って、鑑賞者は右下へと誘導されていきます。二人は緩やかな丘にいるようです。この丘の傾斜は竜の君の視線と竜の体と平行になっていることに気づきました。これにより鑑賞者の視線は右下へとサポートされます。緩やかな丘の効果はそれだけではありません。遠くの山々が広く見渡せるメリットがあります。この作品にはいわゆる中景が余白になっています。前景には花見をする二人、遠景には吉野のような山の連なりが描かれています。山々はどこまでも続いているように感じることでしょう。中景を余白とすることで、現実的な距離感が希薄化し、思考的な距離が広がっていきます。私たちは二人が暮らす桃源郷には容易に踏み入れることはできないのです。ぼんやりとした中景はもう一つ大切な効果をもたらすことに気づきました。先ほどは余白と言いましたが、正確にはあるものが描かれています。花びらです。色味という点では、桜の木、地面に落ちた花びらの方が目立ちます。近づいていくと空に舞う花びらが目に留まります。思わず一つ一つ数えたくなるでしょう。しかし、それほど多くは舞っていません。一瞬、美しき欠片が消えてしまったような儚さ。この作品はユーモアに満ちていながら、淡い中景はどこか切なさをはらんでいます。浅い夢の中にいるような気分です。
竜の心も惹きつける桜
竜使いの君は、華やかな赤い衣装を纏っています。前回は青い髪飾りをつけていましたが、今回は衣装と揃って赤色です。確かに青を入れてしまうと桜との対比が強すぎ、薄い桜を阻害してしまうと思いました。衣装にも青は用いられていません。衣装で注目したいのは模様です。桜の花びらと同じような模様がちりばめられています。地面の草花と類似する模様もありますね。風景と調和する模様が見所と言って良いでしょう。また、竜使いの君は笏らしきものを持っています。笏は聖徳太子のように男性が持つものと思っていました。調べて見ると必ずしも男性に限定されるものではないようです。笏の先端には房のようなものがあるのも気になります。笏ではなく閉じられた檜扇かもしれません。いずれしても柔らかな房の流れが心地よいですね。
竜の体は丘の傾斜に沿って緩やかに伸びています。小さくうねりはあるものの極端に曲がることはなくリラックスしていように感じます。尻尾はぴょんと跳ねているのもポイント。桜の大樹とまではいきませんが、呼応するように天に向かって伸びています。一方、頭部が一回転して上を向いているのも上手い構図です。もちろん竜使いの君と顔を合わせるという必要性もあったでしょう。加えて鑑賞者がこの部分で一呼吸置く効果があります。この間によって作品の観賞に深みがもたらされ、書道の「とめはね」のようなリズムが生まれるのです。竜の背の赤いラインによって体の流れが分かりやすいことも気づきました。緑の鱗だけでは、体の上下と左右がわかり難い弱点があります。しかも芝生の緑と竜の体は同色です。よく見ると芝生の濃淡は竜の体を目立たせるようにしていることが分かりました。竜の周囲の芝はやや薄くなっています。さらに赤い背によって竜が芝生に溶け込まないよう工夫が施されています。ギザギザの形も面白味を与えてくれますね。
あらためて桜の花びらを見るとハートのような形で描かれています。楕円の凹み部分が強調されています。これにより小さいながらも花びらの動きがわかりやすく、散るという印象を高めることができます。桜はピンクだけでなく白も用いられています。むしろ地面にあるのは白い花びらの方が多いことに気づきました。色を見比べるとピンクより白の方が緑色に対しては視認性が高く映えます。ピンクのみでは単調になってしまったかもしれません。白は光をも意識させてくれます。太陽は描かれていないものの、白く輝く花びらに陽の光を感じることでしょう。
背景の植物は桜がメインですが地面に目を向けると、思いのほか多くの草花が描かれていることに気づきました。黄色い花は草の形からもタンポポと思われます。その他にも白、赤紫、青紫の花が描かれています。草も一様ではありません。春爛漫といった豊かさを感じます。桜の枝は上から覆うように描かれているのもポイント。画面全体が丸みを帯びたような印象になります。竜の体と合わせて全体を俯瞰すると「C」を逆向きにしたような構図であると捉えることができます。さらに丘は二人が座る手前と桜のある奥側と二重になっています。鑑賞者の視線は丘が交わる地点に自然と誘導されていくことに気づきました。余韻である中景をより効果的に見せる構図と考えてよいでしょう。
遠景には七つの山が朧気に見えます。よく見ると仄かに桜色に染まっています。遠くの山々でも花見を楽しむ人々の姿が目に浮かびますね。ところで、日本画では天の部分に色を染めるケースがあります。明確な理由はなく、習わしのようなものかもしれません。絵画の空間の仕切りとも想像できます。《龍と一息》は青、《龍十二ヶ月巡り4月》はピンクと天の色の違いを楽しむのも一興かと思います。
二人の前にある重箱には何が入っているのでしょうか。丸みを帯びた形や色合いから「おはぎ」や「桜餅」、「草餅」のようにも見えます。まだ手を付けていません。竜は食べ物より桜に目を奪われているようです。それを見つめる竜使いの君にも愛おしさを感じますね。ところで、2024年の大河ドラマは紫式部を主人公とする「光る君へ」であることから、源氏物語の関心も高まっています。竜を「光源氏」、竜使いの君は「藤壺の宮」に見立てると面白いと思いました。藤壺の宮は光源氏の継母です。源氏物語は、光源氏が恋する継母の面影を追っていくのが話の骨格です。《龍と一息》は幼い光源氏が藤壺の宮と一緒に楽しく暮らしていた頃に喩えられます。《龍十二ヶ月巡り4月》は光源氏が元服する直前、散る桜は二人が別々に暮らす時期が近づいていることを暗示しています。二つの作品には壺が描かれていますが、どちらも封は開いていません。楽しそうな竜の表情からするとこのことには気づいていないようです。(2024年3月18日)
一足早い大寒桜