タイトル:壱目様と吸血鬼
作家 :平良 志季
画廊 :靖雅堂夏目美術店
展示会 :LOVE×2妖怪SHOW アートフェア東京2018
購入日 :2018年3月10日
サイズ :8
技法画材:日本画
壱目様は、古事記にも出てくる「天目一箇神」をモデルに作者の平良氏が創造した妖怪である。天岩戸隠れ神話では、鍛冶の神である天目一箇神は、岩屋を開いて天照大神を導くため、祭りに使う刀剣や鉄鐸を作る役目を果たしている。西洋のサイクロプスも一つ目で鍛冶の技術に優れているという共通点がある。炉の火を見続けたり、鍛造の火花で片目が潰れたりすることに由来するのかもしれない。平良氏が描く壱目様は、可愛らしさがあり、どこか滑稽で悪いことをしても憎めないキャラクターに見える。昼間から温泉に浸かって日本酒を飲み、たまに人間界に現れては悪戯を楽しむ。そんな壱目様には、西洋妖怪を退治する能力などあろうはずはなく、突然の襲来に慌てふためく「やられやく」がよく似合う。
「壱目様と吸血鬼」は、平良氏が描く妖怪ワールドを存分に味わうことが出来る作品である。崖の前に立ち塞がる壱目様は、首から下げた十字架を掲げ、吸血鬼を食い止めようとするがまるで効果はなし。右手を広げ、ガニ股でふんばる姿が微笑ましい。耳の瘤、膝小僧、足の爪と丁寧に描かれている。十字架を気にせず向かってくる吸血鬼に驚いている表情も良い。また、襟巻きのような衣装がたなびいているのが吸血鬼の勢いを感じさせる。逃げる壱目様とは襟巻きが逆方向に流れていることで、緊迫感が増していることに気が付く。もう一人(?)の壱目様は大蒜を持っているが、吸血鬼には効かないことを早々に察知したようだ。涙目で敗北感を丸出しにしている。手を広げ、大股に一目散に逃げる姿を上手く描いている。ぼんやりした地面の影が飛んで逃げる印象を強め、右足の開いた爪先が勢いを感じさせる。大蒜を吸血鬼の側に向けているのは、一縷の望みを抱いているのだろうか。
対する吸血鬼は余裕綽々。子供が見たら泣いてしまいそうなほど怖い。壱目様は人間と同じような血色の肌をしており親近感がわくが、吸血鬼の顔と肌は青く明らかに異質である。両手の指や耳、鼻など尖った部分をより青くすることで、鋭さを強調している。何より怖いのは吸血鬼の降りかかってくるような姿勢が良い。足が月の方を向いていれば、単に飛んでいる姿になってしまう。両足を前に押し出すことで、吸血鬼は着陸寸前であり、壱目様を直ぐに捕縛しそうな勢いであることが強調される。しかも、尖った黒い靴が恐ろしさを倍増させている。ちぎれたマントの裾は波打ち、風を意識させる。背中から生える蝙蝠の翼は、禍々しい力を感じさせるなど随所に工夫が凝らされている。
背景は、吸血鬼VS壱目様に相応しい舞台になっていることも見逃せない。まず、切り立った崖が緊張感を高めている。一歩間違えば奈落に落ちる場所に壱目様を立たせることで、鑑賞者の胸は高鳴るに違いない。尖った崖の先端は戦闘の始まりを予感させる。一方、対角線上にある吸血鬼の背後には不気味な大きな月が浮かんでいる。画面に入りきらない月は、怪しげな雲に覆われている。さらに、吸血鬼の上から伸びる枝が壱目様に襲いかかる。この枝はどこから生えているのだろうか。画面の右側には陸地は見えず、やや不自然に見える。枝をよく見ると一つの線ではなく、短くうねった線で描かれている。吸血鬼の妖力で伸びてきた枝が壱目様を捕まえようとしているのではないか。
また、画面の左上は、遠くの山々が朧げに浮かび、奥行を感じさせ、全体として瀟湘八景を思わせる。壱目様が住まう楽園に突如として侵略してきた西洋妖怪を描くに相応しい舞台が用意されていると言えよう。作者の署名と落款印の位置にも注目したい。画面の余白からすれば、右下に署名押印しても良さそうである。しかし、それでは構図として安定するがゆえに、吸血鬼が降りかかるという印象が薄れてしまう。金と朱色の色彩を右上に寄せることで、鑑賞の視点を右上に寄せ、斜めの構図がより強調されると考える。(2021年3月27日)