タイトル:龍十二ヶ月巡り6月
作家 :平良 志季
画廊 :靖雅堂夏目美術店
展示会 :平良志季 龍づくし
場所 :西武池袋本店
購入日 :2023年11月19日
サイズ :6号
技法画材:日本画
《龍と一息》、《龍十二ヶ月巡り4月》に続いて今回紹介するのは《龍十二ヶ月巡り6月》。平良志季さんの龍三部作の締めくくりです。三部作は作家の意図ではありませんが、このように関連性を持たせるとより楽しく鑑賞できます。
それでは早速、今回の「龍」を見ていきましょう。大きさが違うのは一目瞭然ですね。《龍と一息》の頃は一畳くらい。「竜使いの君」と変わらないくらいの大きさでした。《龍十二ヶ月巡り4月》では竜使いの君よりは大きいものの、画面に収まるサイズです。それが《龍十二ヶ月巡り6月》になると画面を突き抜けるほど成長しています。長い胴体は雲に隠れ全貌は分かりません。よく見ると体は天を抜けて画面右から尻尾が入り込んでいます。もう一つの大きな違いは、空を飛んでいることです。むしろ龍は飛ぶ姿が描かれるのが普通で、お茶をしたり花見をしたりする方が珍しいというかお目にかかったことがありません。竜虎相搏つが如く龍は飛んで初めて一人前なのです。華麗に飛翔する龍の姿に何故かほっこりとした気分になりました。
額裏サイン①
6月と言えば梅雨。この作品はどのような場面なのでしょうか。古来、龍は水を司る神として崇められてきました。空梅雨が続き民衆が苦しむ中、雨乞いを見かけた龍が雨をもたらしている場面と考えるのが良さそうです。龍の表情に注目してみましょう。大きく口を開けて舌を出しています。ちょっと笑っているようにも感じます。威厳を示すというより、「雨を待っているの?僕なら雨を降らせられるよ」とどこか得意げで楽しそう。この龍は自らの力を誇示するのではなく、人々が喜ぶ姿を見るのが好きなのかもしれません。竜使いの君の教育の賜物ですね。鋭い両足の爪はこれまでにない迫力があります。それでも精神的にはまだ幼さが残ります。
龍の背景の背景にも注目してみましょう。画面の一番上の天の部分は《龍と一息》は水色、《龍十二ヶ月巡り4月》はピンク、そして《龍十二ヶ月巡り6月》は黒と作品のイメージを補完するカラーになっています。黒はいかにも雨雲という雰囲気。ただし、黒を強めすぎると画面が重たくなってしまいますので、墨の滲みを活かした程よいバランスにとどめています。空の上の方ほどやや緑がかった青味を帯びているのもポイント。梅雨の湿り気のある雰囲気が漂います。近づくと白い雨の筋が引かれていることに気づきました。もし黒い線が引かれてしまうと全体が暗くなり、龍と女性、童女の存在感は薄くなってしまったでしょう。細やかな白い線は美しく恵みの雨という印象を与えてくれます。雨筋は一方方向ではなく、軽やかに舞う葉とともに風を感じさせてくれます。龍は雨とともに風を巻き起こす力を持っているのです。
雲の隙間から放たれているのは雷でしょうか。しかし、黄色ではなく透明な光のように見えます。もし雷らしい黄色にしてしまうと画面がうるさくなり、落雷という怖さが目立ってしまったかもしれません。龍の神通力の象徴として光が出現しているという解釈もできそうです。もう一つこの雲と光には重要な役割があることに気が付きました。龍とそれを見上げる人たちに観念的な距離を与えることです。画面としては、龍は人に手が届きそうなほど近くに迫っています。しかし、龍がすぐ傍まで寄ってしまえば、人々は雨風で吹き飛んでしまいそうです。数十から数百メートルの距離があると考えるべきでしょう。雲から放たれる光の存在によって、右上から左下に斜めのラインが構図として意識される仕掛けになっています。これが絵画ならではの観念的な距離感を生むのです。山の稜線もこのラインを補完していることに気づきました。やまと絵の風景画でよく描かれる雲と同じ効果かもしれません。雲によって距離の概念が自由になり、絵画の観念的な奥行きと空間を楽しむことができるのです。
額裏サイン②
次は二人の女性を見て見ましょう。雨が降るのを喜んでいますね。童女は両手を上げて龍に感謝しているのでしょうか。とても微笑ましい場面です。先ほどは雨乞いと書きましたが貧しさに苦しんでいる様子はなく、身なりは整っており裕福そう。おそらく《龍十二ヶ月巡り》というテーマからすれば、6月は龍が雨を降らせる場面を描くということを先に決め、その後どのように人物等を描き込むか検討したと推測されます。雨乞いは直ぐに思いついたはず。しかし、6号サイズでは多くの人物は描けません。龍や人物を小さくすると表情がわかり難くなってしまいます。また、苦しむ民衆は平良志季さんの作風には似合いません。もし雨乞いの場面を描くのであれば、お祭り騒ぎのような楽しい場面が相応しいですね。雨乞い祭りはそのうち大作で描かれそうな予感がします!!華やかな女性を描いたもう一つの理由は、着物の鮮やかな色合いです。普通の村人が着るような衣装では色味が薄く、画面が暗くなってしまったでしょう。青い着物は雨を連想させるためかもしれません。単一の青ではなく、滲みによる濃淡をつけることでより雨の感覚を想起させてくれます。着物の柄は草花をモチーフにしていることに気づきました。恵みの雨を受けて育つ草花と解釈するのは穿ちすぎでしょうか。童女は赤い着物にすることで赤、青、緑のバランスを上手く整えています。
額裏サイン③
ところで、この三部作の女性は同じ人物なのでしょうか。よく見ると顔つきは異なり、そもそも三部作でもないので、特定のキャラクターではないと考えられます。《龍十二ヶ月巡り4月》はお花見の場面であることから、ふっくらした印象にするなど作品の趣旨に合わせているのが正しそうです。しかし、そこは鑑賞の自由の原則に則り、いずれも「竜使いの君」と解釈していきます。そうすると雨が降って喜ぶだけではなく、成長した龍を見守るイメージにもなります。踵を上げて背伸びをしているのも良いですね。我が子の成長を慈しむようです。傘を広げきっていないのもポイント。傘を持たせることで遠目からでも雨が降っていることが伝わるだけでなく、雨に濡れるのを厭わない、すなわち雨を待ち望んでいたヒントになります。「竜使いの君」の視線は遮られることなく、成長した龍に向けられています。傘を広げてしまうと目立ちすぎる構図の弱点もあるでしょう。よく見ると竜使いの君の着物の裾には房がついています。このような房は見たことがありません。しかもピョンと尻尾のように跳ねています。今回は龍の尻尾が目立たない代わりに竜使いの君が喜びを着物の裾飾りで表現したのかもしれません。構図的にも鑑賞者の視線を上に回遊させる効果があります。ここまでくればこの童女は「竜使いの見習い」と設定すべきでしょう。霊力はまだまだですが、龍を見ても怯えない強心臓の性格です。岩に乗ってできるだけ龍に近づこうとするのも可愛らしい。よく見ると若干爪が伸びているようです。長い爪は異界の力を暗示しているのかと想像が膨らみます。
竜使いの君 三部作
最後に三部作を並べて鑑賞してみましょう。絵巻物のような物語性が生まれるだけでなく、構図も面白味が深まっていきます。龍は対角線上に配置されることに気づきました。特に4月と6月は龍と虎のように見上げ、見下ろす関係になります。また、偶然ながら窓枠と山の稜線が上手くつながり一つのラインが形成されます。連作としての一体感を醸し出します。龍十二ヶ月巡りの4月と6月は同じ場所かもしれません。その近くに《龍と一息》の茶室も佇んでいることでしょう。額縁やマットの違いも興味深いです。成長した龍、竜使いの君、そして見習い童女たちの物語はまだまだ続きそうです。(2024年6月23)