紅藻やシアノバクテリアは、フィコビリソームという特殊な光捕集器官をもちます。フィコビリソームはクロロフィルの吸収できない波長領域の光を吸収できるので、緑藻に比べて、深い水の中でも光合成をおこなうことができます。フィコビリソームの中にはフィコビリンという、ヘムの代謝産物であるビリベルジンから合成される色素が含まれ、この色素が光を吸収しています。
ビリベルジンからフィコビリンを合成する酵素ファミリーがフェレドキシン依存性ビリン還元酵素ファミリーでPcyAはその一つです。
フェレドキシン依存性ビリン還元酵素ファミリーは紅藻やシアノバクテリア以外に植物にも分布しています。植物は赤色/近赤色光センサータンパク質であるフィトクロムを持っていますが、その中に含まれる色素であるフィトクロモビリンはフェレドキシン依存性ビリン還元酵素ファミリーによって、合成されます。また、クロロフィル代謝を行う酵素にもフェレドキシン依存性ビリン還元酵素に類縁の酵素が含まれます。さらに最近ではシアノバクテリア中にフィトクロム様のセンサータンパク質(シアノクロム)が発見され、これに結合する色素もフェレドキシン依存性ビリン還元酵素ファミリーによって合成されます。
この酵素ファミリーは一電子還元によって基質上に生じたラジカルをうまく制御して、特定の箇所を還元するという興味深い性質を持ちます。
大阪大学 福山恵一先生との共同研究によって、フェレドキシン依存性ビリン還元酵素の立体構造を世界に先駆けて決定しました。
PcyAに対して基質であるビリベルジンは中央のβシート構造およびC末端側のαへリックス構造に挟まれるように結合していました。ビリベルジン周辺の環境が明らかになったことにより、活性発現に必要なアミノ酸残基の候補を提示しました。
また、茨城大学 海野昌喜先生たちとの共同研究によって、中性子結晶構造解析を行い、通常のX線結晶構造解析では決定の難しい水素原子の位置も特定しました。このことにより、ビリベルジンとPcyAのそれぞれの水素結合様式(ドナーかアクセプターか)やビリベルジンのプロトン化状態が明らかになりました。さらに、予想していなかったこととして、His88とHis72の間にある水分子がヒドロニウムイオン(H3O+)であることも明らかにしました。
大阪大学 福山恵一先生、金沢大学 猪俣勝彦先生、米国 カリフォルニア大学デイビス校のLagarias先生との共同研究によって、反応中間体とPcyAの複合体の立体構造を決定しました。この構造により、D環側が還元されたのちに、Glu-76の側鎖が反転することが明らかになりました。
フェレドキシン依存性ビリン還元酵素ファミリーの中には、植物の赤色光受容体であるフィトクロムにおいて発色団として使われるフィトクロモビリンを合成するPhytochromobilin synthaseも含まれています。この酵素が欠損すると、フィトクロムが機能しないため、アントシアニンやクロロフィル含量が少なく(そのため見かけが黄色っぽい)、ひょろ長い形態の植物になります。大阪大学 福山恵一先生、宮崎大学 和田啓先生との共同研究で、トマト由来Phytochromobilin synthaseの立体構造を明らかにしました。予想された通り、全体的な形はPcyAと同様でしたが、C末端側に新たに付加されている50アミノ酸残基程度の配列部分(下図:黄色部分)についても立体構造を決定でき、この部分が基質(ビリベルジン)の結合に関わっていることを示唆しました。
また、PcyAと比べて、ビリベルジンは表裏が逆に結合しており、コンフォメーション(PcyA; ZZZsssに対して、Phytochromobilin synthaseではZZZssa)も異なっていました(下図においてPcyAはシアンで表示)。この違いはPebBにおいても共通であり(Sommerkamp JA, et al. J Biol Chem 2019)、A環単独を還元するFDBRにおいて共通の基質認識と推定されます。
変異実験により、触媒反応に関わる酸性アミノ酸残基2つ、生成物の解離に関わるアミノ酸残基1つを明らかにしました。
この研究内容はMedicine Innovatesでも紹介されました。
Hagiwara Y., Sugishima M., Takahashi Y., Fukuyama K. "Crystal structure of phycocyanobilin:ferredoxin oxidoreductase in complex with biliverdin IXα, a key enzyme in the biosynthesis of phycocyanobilin." (2006) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 27-32.
この立体構造の報告はProceedings of the National Academy of Sciences USAの表紙を飾りました。
Hagiwara Y., Sugishima M., Takahashi Y., Fukuyama K. "Induced-fitting and electrostatic potential change of PcyA upon substrate binding demonstrated by the crystal structure of the substrate-free form." (2006) FEBS Lett. 580, 3823-3838.
Hagiwara Y., Sugishima M., Khawn H., Kinoshita H., Inomata K., Shang L., Lagarias J. C., Takahashi Y., Fukuyama K. “Structural insights into vinyl reduction regiospecificity of phycocyanobilin:ferredoxin oxidoreductase (PcyA).” (2010) J. Biol. Chem. 285, 1000-1007.
この立体構造の報告はJournal of Biological ChemistryのPapers of the WeekおよびFaculty of 1000に選ばれました。
Unno M., Ishikawa-Suto K., Kusaka K., Tamada T., Hagiwara Y., Sugishima M., Wada K., Yamada T., Tomoyori K., Hosoya T., Tanaka I., Niimura N., Kuroki R., Inaka K., Ishihara M., Fukuyama K. "Insights into the proton transfer mechanism of a bilin reductase PcyA following neutron crystallography" (2015) J. Am. Chem. Soc. 137, 5452-5460.
Sugishima M., Wada K, Fukuyama K., Yamamoto K. "Crystal structure of phytochromobilin synthase in complex with biliverdin IXα, a key enzyme in the biosynthesis of phytochrome." (2020) J. Biol. Chem. 295, 771-782. doi: 10.1074/jbc.RA119.011431
杉島正一、萩原義徳、高橋康弘、福山恵一 "フェレドキシン依存性ビリン還元酵素の構造研究" (2006) 日本結晶学会誌 48, 283-289.
Fukuyama K., Sugishima M. "Structure of phycobilin synthesis enzyme." (2006) SPring-8 Research Frontiers2005, 22-23.
Sugishima M., Wada K., Unno M., Fukuyama K. "Bilin-metabolizing Enzymes: Site-Specific Reductions Catalyzed by Two Different Type of Enzymes" (2019) Curr. Opin. Struct. Biol. 59, 73-80.