ヘムオキシゲナーゼ

ヘムの分解について

補欠分子族であるヘムは酵素の反応中心や気体分子を感知する分子として重要な役割を果たしていますが、ヒトの体内では酸素を運搬するヘモグロビンに最も多く含まれています。

ヘモグロビンは赤血球の新陳代謝に伴って、分解され、同時に含有されているヘムが放出されます。

ヘムはタンパク質に結合した状態では安定な化合物ですが、遊離状態では活性酸素の発生や血管への沈着を示し、毒物となりえます。同様の現象は内出血時にも起こります。

そのため、遊離ヘムを無毒化するために、ヒトはその分解システムを持ちます。また、ヘムの分解は恒常的に起こっており、ヘムをそのまま体外に排出したのでは、そこに含まれる鉄原子を無駄に捨てることになります。この分解システムは不要なヘムから鉄イオンを無駄なく回収するためにも用いられます。

上記の生理的機能に加えて、最近では代謝産物であるビリルビンの示す抗酸化作用も注目されています。ビリルビンは黄疸の原因物質で、過剰に存在すると毒になりますが、適量に存在している場合は有益な物質となります。さらに、この系は体内で一酸化炭素を放出する唯一の系として知られており、一酸化炭素の示すシグナル伝達作用も注目されています。

ヘムオキシゲナーゼはこの代謝経路の律速酵素として知られており、ヒトの生命維持に不可欠な酵素です。

ヘムオキシゲナーゼの反応は1-3の三段階からなる複雑な酵素反応で、立体構造を基盤とする反応機構の解明は私の研究テーマの一つです。ヘムオキシゲナーゼは基質であるヘムに酸素を結合させ、酸素を活性化させることで、ヘム自身を分解させるユニークな酵素です。

ヘムオキシゲナーゼの立体構造

ヘムオキシゲナーゼの立体構造は主にαへリックスからなる構造です。ヘムは2本のへリックスに挟まれて結合しています。

酸素が結合する側(遠位側)のへリックスはグリシンに富んだ構造で、まさにヘム鉄に結合した酸素の周囲を囲むようにおれ曲がったへリックスを形成しています。これはヘムオキシゲナーゼがポルフィリン環の一カ所を特異的に切断するために重要であると考えられます。Arg-183やLys-179とヘムプロピオン側鎖との相互作用もヘムの向きを一定にして、一カ所を特異的に切断するために重要であると考えられます。また、ヘムオキシゲナーゼの活性発現に不可欠なAsp-140 とヘムの間に、多くの水分子が見られ、それらは水素結合ネットワークを形成しています。このネットワークはヘム鉄に結合した酸素を活性化するのに重要であると考えられます。ヘムオキシゲナーゼに関する研究は大阪大学 福山恵一先生、久留米大学 野口正人先生との共同研究です。

その後、ヘムが結合していない状態(アポ状態)、ヘム鉄に様々な配位子が結合した状態、反応中間体であるベルドヘムが結合した状態の立体構造を決定し、それぞれの構造の違いについて報告しています。

さらに、HOの酵素反応に必要な還元力を供給するNADPH-シトクロムP450還元酵素との複合体の立体構造を明らかにしました。詳しくはこちらへ。

また、大阪大学 水谷泰久先生との共同研究で一酸化炭素がヘム鉄に結合する際の構造変化に関する時分割共鳴ラマン分光法による研究や、サントリー生物有機科学研究所(現:京都大学) 菅瀬謙治先生との共同研究によるNMRによる分子揺らぎの研究なども行っています。

結晶中での酵素反応と構造変化

結晶は分子が規則正しく並んでいる固体ですが、タンパク質結晶の場合は分子と分子の間に多くの水を含んでおり、結晶中で酵素反応を行うことができます。ヘムオキシゲナーゼの場合はヘムの色の変化で酵素反応を見ることができます。

反応後の立体構造では確かにヘムのポルフィリン環が分解していることを見ることができました。

一酸化炭素の一時的結合部位

ヘムオキシゲナーゼはヒトの体内で一酸化炭素を放出する唯一の酵素です。一酸化炭素はヘモグロビン中のヘムに結合して、酸素の結合を阻害する毒ガスであると同時に、高濃度になるとヘムオキシゲナーゼ自体の反応も阻害します。つまり、ヘムオキシゲナーゼは自らの作り出した一酸化炭素によって、酵素反応が阻害されないようにするメカニズムを持っているはずです。

ヘムオキシゲナーゼ分子の中で、一酸化炭素がどのような経路を通って、外に放出されるのかを探るために、ヘムオキシゲナーゼに結合した一酸化炭素をレーザー光で解離させて、35K(-238℃)という極低温下で途中の状態をトラップするという実験を行いました。

その結果、一酸化炭素がヘム鉄から10Å離れた疎水的ポケットにはまり込んでいることが分かりました。

このように酸素が結合する場所から遠く離れた場所に一酸化炭素を隔離することで、ヘムオキシゲナーゼは自ら生成した一酸化炭素による酵素反応の阻害を上手く回避していることが分かりました。

また、同様の実験を100K (-163℃)で行うことで、より離れた場所での一酸化炭素の結合およびHOの立体構造が一酸化炭素結合型から非結合型へと戻っていく様子が観察されました。一般にタンパク質の構造変化は極低温では強く抑制されているにもかかわらず、構造変化が観測されたということは、一酸化炭素結合型の構造は非結合型に比べて無理やり歪められた構造であることを示しています。

阻害薬との結合

ヘムオキシゲナーゼの特異的阻害薬としてイミダゾール‐ジオキソレン化合物という物質が精力的に研究されています。その阻害機構を見るために、阻害薬とヘムオキシゲナーゼが結合した立体構造を決定しました。

阻害薬がヘム鉄に結合すると同時に数多くの疎水性アミノ酸残基と相互作用していることが分かります。

この立体構造を基に、より特異性の高い阻害薬が開発されることが期待されます。

阻害薬は大阪大学 大石 徹先生に合成していただきました。

シアノバクテリアのヘムオキシゲナーゼについて

哺乳類のヘムオキシゲナーゼはNADPH-シトクロムP450還元酵素という比較的大きなタンパク質から、酵素反応に必要な電子を受け取りますが、植物やシアノバクテリアのヘムオキシゲナーゼはフェレドキシンという小さなタンパク質から電子を受け取ります。シアノバクテリア由来ヘムオキシゲナーゼ‐1の立体構造を決定した結果、相互作用相手の大きさを反映するように、分子表面の電化分布が変化していることが分かりました。

また、シアノバクテリア由来ヘムオキシゲナーゼ‐2はヘムの結合依存的に二量体を形成することも明らかにしました。

シアノバクテリア由来ヘムオキシゲナーゼ‐1はフィコビリン合成系の出発物質であるビリベルジンを合成することが、生理的機能と考えられていますが、ヘムオキシゲナーゼ‐2についてはその生理的機能は不明です。ヘムオキシゲナーゼ‐2は低酸素条件下で発現すると報告されており、二量体化に関連した、酵素活性とは別の機能があるのかもしれません。

シアノバクテリア由来ヘムオキシゲナーゼの研究は山形大学 吉田 匡先生、山口大学 右田たい子先生との共同研究です。

関連文献

  • ヘムオキシゲナーゼの立体構造
    • Sugishima M., Omata Y., Kakuta Y., Sakamoto H., Noguchi M., Fukuyama K. "Crystal structure of rat heme oxygenase-1 in complex with heme." (2000) FEBS Lett. 471, 61-66.
        • 最初のヘム複合体の立体構造報告はFEBS Lettersの表紙を飾りました。
    • Sugishima M., Sakamoto H., Kakuta Y., Omata Y., Hayashi S., Noguchi M., Fukuyama K. "Crystal structure of rat apo-heme oxygenase-1 (HO-1): Mechanism of heme binding in HO-1 inferred from structural comparison of the apo and heme complex forms." (2002) Biochemistry 41, 7293-7300.
    • Sugishima M., Sakamoto H., Higashimoto Y., Omata Y., Hayashi S., Noguchi M., Fukuyama K. "Crystal structure of rat heme oxygenase-1 in complex with heme bound to azide: Implication for regiospecific hydroxylation of heme at the α-meso carbon." (2002) J. Biol. Chem. 277, 45086-45090.
    • Sugishima M., Sakamoto H., Noguchi M., Fukuyama K. "Crystal structures of ferrous and CO-, CN--, and NO-bound forms of rat heme oxygenase-1 (HO-1) in complex with heme: Structural implications for discrimination between CO and O2 in HO-1." (2003) Biochemistry 42, 9898-9905.
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    • 杉島正一 "ヘムの代謝にかかわる酵素の構造生物学" (2007) 日本結晶学会誌 49, 99-106.
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  • 結晶中での酵素反応と構造変化
    • Sugishima M., Sakamoto H., Higashimoto Y., Noguchi M., Fukuyama K. "Crystal structure of rat heme oxygenase-1 in complex with biliverdin-iron chelate: Conformational change of the distal helix during the heme cleavage reaction." (2003) J. Biol. Chem. 278, 32352-32358.
  • 一酸化炭素の一時的結合部位
    • Sugishima M., Sakamoto H., Noguchi M., Fukuyama K. "CO-trapping site in heme oxygenase revealed by photolysis of its CO-bound heme complex: mechanism of escaping from product inhibition." (2004) J. Mol. Biol. 341, 7-13.
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  • 阻害薬との結合
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  • シアノバクテリアのヘムオキシゲナーゼについて
    • Sugishima M., Migita C. T., Zhang X., Yoshida T., Fukuyama K. "Crystal structure of heme oxygenase-1 from cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803 in complex with heme." (2004) Eur. J. Biochem. 271, 4517-4525.
        • この立体構造の報告はEuropean Journal of Biochemistryの表紙を飾りました。
    • Sugishima M., Hagiwara Y., Zhang X., Yoshida T., Migita C. T., Fukuyama K. "Crystal structure of dimeric heme oxygenase-2 from Synechocystis sp. PCC 6803 in complex with heme." (2005) Biochemistry 44, 4257-4266.
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