レドックス代謝の生化学から遺伝子発現の理解へ

Redox metabolism underlying gene expression regulation

酸化ストレス応答機構の新たなプレーヤー

 KEAP1-NRF2制御系は、生体の酸化ストレス応答機構として重要な役割を果たしています(Yamamoto et al., Physiol Rev 2018)。NRF2の機能不全は、化学的・物理的なストレスに対する脆弱性をもたらし、様々な病態の基盤をなしていることが明らかにされてきています。NRF2はメディエーター複合体のサブユニットMED16と直接結合することで、転写活性化をもたらします(Sekine et al., Mol Cell Biol 2015)。MED16はシステインに富むタンパク質で、酸化ストレスによりそのチオール基が酸化修飾を受けることから、核内のレドックスセンサーとして機能するものと予想し、その検証に挑んでいます。また、一部の細胞では、酸化ストレスによるNRF2の安定化がこれまで想定されていないタンパク質を必要としていることが明らかになってきました。その機能メカニズムと生理的意義の解明に挑んでいます。

KEAP1-NRF2制御系は、硫黄の反応性を利用した酸化ストレスセンサーであるKEAP1と、硫黄を用いた抗酸化機能を発揮するタンパク質を制御するエフェクターであるNRF2の働きにより成り立っている。NRF2の機能に必要な新たな因子や、核内で酸化ストレスを感知する可能性がある因子の存在が明らかになってきた。

慢性低酸素における酸素感知システム

 低酸素に対する細胞の応答を担う重要なシステムとして、PHD-HIF制御系が有名です。しかし、低酸素状態が持続すると、PNPO-PLP制御系という全くことなるシステムが作動することを見出しました(Sekine et al., bioRxiv 2022)。PHD-HIF制御系が、急性の低酸素に対して、HIFタンパク質の安定化による速やかな応答を介して転写を変化させ、解糖系の促進など代謝変化をもたらすのに対して、PNPO-PLP制御系は、持続する慢性的な低酸素において、PNPOの活性低下によりPLPを減少させ、PLP依存性代謝を抑制することにより、ひいては転写の変化をもたらします。生理的な低酸素状態にある細胞・組織におけるPNPO-PLP制御系の重要性を明らかにしたいと考えています

慢性的な低酸素状態に置かれたマクロファージは、炎症応答が増幅・遷延する。その原因は、ビタミンB6の生体内活性化に重要なPNPOの活性化が酸素制限により低下することで、活性化型ビタミンB6であるPLPに依存した代謝が抑制されることにあることがわかってきた。

超硫黄分子の生体内機能の解明

  硫黄は太古の海で生命が誕生して以来、地球の生命の歴史を牽引してきた元素です。酸素に比べて電子の授受に伴うエネルギーの変化が小さいため、生物が酸化還元反応の媒体として利用しやすい元素だったと考えられます。また、硫黄は単独でカテネーション(直鎖状に連結した状態)を形成する唯一の元素で、多様な同素体の存在が知られています。硫黄カテネーションを超硫黄、硫黄カテネーションを有する代謝物やタンパク質を超硫黄分子と総称しています。超硫黄分子は、反応性が高く測定が困難だったため、生体における存在が見落とされてきました。しかし、近年、硫黄代謝物の新しい定性・定量技術が開発されたことを端緒に、多様な超硫黄分子が生体内に豊富に存在することが明らかになりました(Ida et al., PNAS 2014; Akaike et al., Nat Commun 2017)。超硫黄を含む代謝物は、普遍的で必須の生命素子として、エネルギー産生や抗酸化作用、抗炎症作用を担うことがわかってきました。また、タンパク質のシステイン側鎖にも多くの超硫黄が含まれており、タンパク質の品質管理やシグナル伝達に関わることが明らかにされつつあります。 私達は、遺伝子改変マウスを用いて、ミトコンドリアや細胞質において超硫黄が果たす役割の解明に挑んでいます

硫黄原子が直接に連結した構造(カテネーション)を有する分子を、超硫黄分子と総称する。チオール基と比較して、超硫黄化されたパースルフィド基、ポリスルフィド基は、反応性が高く、非酵素的に親電子性物質(酸化剤)を消去することができる。超硫黄分子の産生には、活性化型ビタミンB6であるPLPが必要である。転写因子NRF2が活性化すると、細胞内の超硫黄分子が増加することが観察されている。

NRF2活性化がんの悪性化メカニズムの解明

 正常な細胞においてNRF2はKEAP1と結合することでユビキチン化をうけてプロテアソームで分解されます。しかし、肺がんや頭頸部がん、食道がんなどでは、KEAP1遺伝子NRF2 (NFE2L2)遺伝子に変異がはいり、NRF2の分解が障害される結果、恒常的にNRF2が活性化した状態になっています。また、こうした遺伝子変異以外にもNRF2を安定化させてしまう原因が報告されています。恒常的なNRF2の活性化は、がん細胞のストレス応答能を増強させます。その結果、NRF2活性化がんでは、抗がん剤や放射線の治療効果が得られにくく、予後不良の原因の一つとなっています。近年では、NRF2活性化がんが、免疫療法に対しても抵抗性であることが明らかになったことから、現在はその原因を追究し、あらたな治療戦略の取得をめざしています。 

NRF2が異常に活性化したがんは、肺がんや頭頸部がん、食道がんなどで多く認められている。NRF2の活性化は、がん細胞のがん細胞のストレス応答能を増強して治療抵抗性を賦与し、グルコースやグルタミン代謝を改変することで細胞増殖を促し、さらに、エピゲノム制御を改変することで腫瘍幹細胞性を増強する。がん細胞の中でのNRF2の活性化は、抗腫瘍免疫を抑制することも明らかになり、その原因の追究を進めている。

代謝物から迫る炎症性腸疾患の新たな治療戦略

 炎症性腸疾患は、発症年齢が比較的若一旦発症するとその後長期にわた寛解と再燃を繰り返しながら慢性に経過する難治性疾患で、近年患者数は増加傾向にあります。その病因としては、腸管を中心とした免疫応答や炎症制御の異常であることが明らかになりつつあります。一方、私達はひょんなことから、腸管上皮におけるアミン酸代謝の改変が、そのバリア機能を改善して炎症性腸疾患の病態を緩和する可能性を見出しました。免疫を標的とせず、腸管上皮を標的とする治療薬の開発につながるものと期待して、研究をすすめています。

炎症性腸疾患は、潰瘍性大腸炎とクローン病の総称で、その病態形成には、免疫機能、腸内細菌、腸管バリア機能が影響するとされる

プレスリリース

新たな酸素感知機構を発見 酸素によるビタミンB6活性調節はマクロファージの炎症応答を制御する

Sekine H, Takeda H, Takeda N, Kishino A, Anzawa H, Isagawa T, Ohta N, Murakami S, Iwaki H, Kato N, Kimura S, Liu Z, Kato K, Katsuoka F, Yamamoto M, Miura F, Ito T, Takahashi M, Izumi Y, Fujita H, Yamagata H, Bamba T, Akaike T, Suzuki N, Kinoshita K, Motohashi H. PNPO-PLP axis senses prolonged hypoxia in macrophages by regulating lysosomal activity. Nat Metab. 2024 May 31. doi: 10.1038/s42255-024-01053-4. Epub ahead of print. PMID: 38822028.

プレスリリース

 [2024年0603日]

新たな酸素感知機構を発見酸素によるビタミンB6活性調節はマクロファージの炎症応答を制御する

【発表のポイント】


【概要】

 虚血などにより引き起こされる急激な低酸素に対する応答の分子機構 PHDHIF 制御系は、2019年のノーベル生理・医学賞の対象となったこともあり、広く知られています。その一方で、持続する低酸素を感知する分子機構については未解明のままでした。 東北大学大学院医学系研究科医化学分野・加齢医学研究所遺伝子発現制御分野の関根弘樹准教授、本橋ほづみ教授の研究グループは、慢性的な低酸素では活性型ビタミンB6(PLP)が減少し、炎症が悪化すること、そして、PLPの生成に必須の酵素PNPOが慢性低酸素のセンサーとして炎症を制御することをモデルマウスによる実験で解明しました。これらの分子機構を解明した本研究成果は、慢性的な低酸素状態にあるがん、循環器疾患、呼吸器疾患などに対する診断・予防・治療への応用が期待されます。本研究成果は、2024年5月31日にNature Metabolism 誌に掲載されました。

PNPO-PLP経路。酸素濃度が高い環境では、PNPOの作用によりPLPの産生が促進されている。それによりPLPを必要とする超硫黄分子産生も促進されている。酸素濃度の低下が持続すると、PNPOの働きが抑制されて、PLPが徐々に減少し、超硫黄分子の量も減少する。マクロファージの中では、これにより、激しい炎症応答が長く続く。 

マクロファージの炎症応答における硫黄代謝の役割

Takeda H, Nakajima Y, Yamaguchi T, Watanabe I, Miyoshi S, Nagashio K, Sekine H, Motohashi H, Yano H, Tanaka J. The anti-inflammatory and anti-oxidative effect of a classical hypnotic bromovalerylurea mediated by the activation of NRF2. J Biochem mvad030, 2023. doi: 10.1093/jb/mvad030. 

プレスリリース

 [2023年08月22日]

免疫細胞の炎症制御「硫黄代謝」がカギ ~マクロファージの硫黄代謝を標的とした創薬にむけて~

【発表のポイント】

•炎症を制御する細胞であるマクロファージにおいて、炎症の終結に必要な代謝パスウェイ(注1)を同定しました。

•炎症刺激により活性化したマクロファージは、含硫アミノ酸であるシスチンを細胞外から取り込み、超硫黄分子(注2)を産生することで、炎症反応を終結させることを明らかにしました。


【概要】

 マクロファージは免疫細胞の一種であり、病原体の感染や周りの細胞の損傷等により活性化し、病原体の排除や組織の修復を行います。しかし、過剰に活性化すると新型コロナ感染症で見られるような重症肺炎などの原因となる他、炎症が長引くと慢性閉塞性肺疾患などの慢性炎症性疾患、関節リウマチなどの自己免疫疾患ほか、さまざまな病気を引き起こします。

 私たちが持っている細胞は本来、炎症反応を収束させ、過剰な炎症反応が起こることを防ぐメカニズムを兼ね備えていますが、マクロファージにおいて、その制御に関わる因子の全貌は明らかにされていませんでした。

 東北大学大学院医学系研究科の武田遥奈大学院生、加齢医学研究所環境ストレス老化研究センターの村上昌平助教、遺伝子発現制御分野の関根弘樹講師、本橋ほづみ教授らの研究グループは、マクロファージによる炎症反応の収束には「硫黄代謝」の活性化が鍵となることを明らかにしました。本研究では、マクロファージが取り込んだシスチンとその還元型であるシステインを基質として超硫黄分子が合成され、過剰な炎症応答を収束させるネガティブフィードバック機構が形成されることを明らかにしました。本研究成果は、マクロファージが本来持っている超硫黄分子による炎症抑制機構を強化することが、重症感染症や慢性炎症、自己免疫疾患などの創薬標的となる可能性を示唆しています。

 本成果は、8月1日に欧州の学術誌Redox Biology誌に掲載されました。

 なお、本成果は熊本大学大学院生命科学研究部微生物学講座・澤智裕教授、九州大学生体防御医学研究所附属高深度オミクスサイエンスセンター・馬場健史教授、新潟大学医学部保健学科・佐藤英世教授、東北大学大学院医学系研究科環境医学分野・赤池孝章教授との共同研究により得られたものです。

マクロファージの異常な活性化は、さまざまな疾患の病態形成に関わる。 免疫細胞であるマクロファージは、ウイルスや細菌などの病原体や、ダメージを受けた体の組織などを引き金に活性化し、Il1, Il6, Il12などのサイトカインの遺伝子発現を促進させる。このプロセスは病原体の排除や、傷ついた組織を除去して修復を促進するのに有用である。一方で、過剰な炎症応答は重症肺炎の原因となる他、慢性化すると関節リウマチ、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの病態形成に関与する。