研究テーマ

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植込み型心臓デバイスの放射線障害

ペースメーカー等の心臓デバイスを植込んだがん患者は放射線治療を安全に受けられるのでしょうか?精密機器の誤作動や不具合の要因を中性子、線量率、積算光子線量の3つに分類して、安全とリスクの境界線を定める研究をしています。

中性子についてはデバイス回路の半導体に含まれるホウ素との反応がソフトエラー誤作動の原因と言われています。そこで原子核物理の知識をこの問題に適用してみると、デバイス誤作動数と中性子線量の間に比例関係があることが導出でき、また再解析した他グループの実験結果もこの相関を支持していることを見出して報告しました(文献1)。このように中性子線量は人体への影響だけでなく、精密機器への影響にもよい尺度であると言えそうです。

線量率については「危険性がある」という先行研究はたくさんあるので、「この程度なら大丈夫である」ということを探る研究を行いました。結果的に100から200 cGy/min程度の線量率で10Gy程度の積算線量であれば何の問題もなさそうという報告をしました(文献2)。この結果は、ペースメーカーを埋め込んだ方でも全身照射(TBI)の治療が安全にできる可能性が充分あるという意味を持ちます。

松原研究室では最後のリスク要因である「積算光子線量」についてこれから挑んでいきます。

モンテカルロ計算とソフトエラー

中性子はソフトエラーと呼ばれる不具合を精密機器に引き起こすことが知られています。文献1の結果を基にして、モンテカルロシミュレーションによって中性子量を計算することで典型的な放射線治療で発生する中性子による心臓デバイスの不具合頻度を予測する研究もしています。

X線治療で用いられる6-MVのX線は二次中性子をほとんど発生させないビームと考えられていますが、物理的にゼロなのかわずかに発生するのか等、定量的なことは誰も知りませんでした。そこで核データを調べて中性子を発生させる可能性のある元素をすべて洗い出し、6-MVビームと相互作用して発生する中性子量をモンテカルロ計算で理論的に予測しました。生体への影響はゼロとみなしてよいものの、ソフトエラーの危険性については10-MVビームの1/70程度のリスクであることが初めてわかりました(文献3)。

またモンテカルロ計算を行うにはいくつかの単純化をした模型を組み込んでいるため、現実の中性子線量の実測値と計算結果が数倍もかけ離れてしまうことが知られており、その原因を探る研究も行っています。

MRIリニアックからの中性子線量

体内の腫瘍と周辺臓器の日々の位置変動をMRI画像で確認しながら治療できるMRIリニアックでは7-MVというとても珍しいエネルギーが使用されています。このエネルギーのビームから二次的に発生する中性子線量は不明なので、千葉大学病院にある装置の中性子線量を実測させてもらい、クライオスタット(MRIのための冷凍機)の幾何学的情報を入れたモンテカルロ計算と比較しながら、他の高エネルギーX線ビームとのリスクの違いを研究しています。

グルコース測定器の放射線障害

日々血中糖度を測定したい糖尿病患者はグルコース測定器を装着しています。これらもCT撮影や放射線治療の度に取り外す必要があるのでしょうか。過酸化水素を用いることで擬似的に血中糖度をモニターしながらCT撮影を行い、放射線照射によってこのグルコース測定器に影響が出る条件をはっきりさせる研究を行っています。機器に障害が発生する条件を知ることで本当に取り外さないといけないケースを明らかにでき、医療現場と患者様の安全と快適さの両方を追及できると考えています

放射線性起因の除細動器誤作動研究

ペースメーカーのような植込み型心臓デバイスの中には、心房細動を治療する除細動のショック治療機能をもったものがあり、それらはCRT-DやICDと呼ばれます。このショック治療の誤作動は大変危険なため、デバイス装着患者がCT撮影をする際は、その都度毎に臨床工学士(ME)が呼ばれて撮影の前後でこの機能をオンオフするという運用がなされています。藤田医科大学病院のME管理室との合同研究で、ショック治療の誤作動が起こる条件を精査してこの運用の負担軽減を狙う研究をしています。

放射線性皮膚炎症の定量化

肌画像をヘモグロビンとメラニンの二色に色素分解できる手法を、放射線治療起因で発生する皮膚紅斑の定量評価に適用できることを示しました。独立成分分析を使用したこの手法を、さらに堅牢で高精度に使う開発を進めています。

重粒子線治療用の小型線量計開発

重粒子線治療は日本が誇る最先端の放射線治療ですが、その反面、治療可能な患者が限定されるデメリットがあります。適用範囲拡大を目指して、体内に設置可能な重粒子線治療に特化した小型線量計の開発を目指しています。

過去に行っていた研究

乳がんへの重粒子線治療の照射方法検討

乳がんに対する重粒子線治療において、従来のパッシブ照射と新しいスキャニング照射のどちらの照射方法が適しているかを治療計画装置上で調べた研究です。体深部にある通常の腫瘍は三次元的に照射ができるスキャニング法を用いる方が優れていることが多いのですが、乳がんは「浅部にある」「周囲に重要臓器がない」という変わった特徴があるため、パッシブ照射でも効果的な治療が可能であるという報告をしました。


乳がんに対する重粒子線治療の臨床的な説明はこちらを参照してください。

過去に行っていた研究(原子核物理)

原子核中のスピン整列の観測

大阪大学核物理研究センター加速器からの陽子線ビームと高分解能スぺクトロメーター「グランドライデン」を用いた超精密測定技術によって原子核のスピン振動を系統的に測定した結果、原子核中の陽子と中性子のスピンがそれぞれわずかに整列していることを初めて実験的に示しました。これは湯川秀樹博士の予測した「パイ中間子による力」を考慮した最新計算によって再現できる結果で、原子核を結びつける力の根源的理解のために大変重要な成果としてプレスリリースされました(解説pdf)。

なおこの研究プロジェクトは松原が責任者として実験を立案/申請/遂行実験課題E299し、その成果を博士論文としてまとめて学位を取得しました。結果の一部はレター論文解析論文として発表し、また超精密測定を可能とさせた新しい実験技術として硫黄標的ガス標的の開発報告をしました。ただし博士論文のすべてのデータを発表したわけではないため、残りの成果も公表できるよう執筆を進めています。

二重荷電交換反応を用いた分光測定

医学物理に分野転向する前の、ポストドクター時に行った研究です。量子力学に特有の物理量である「スピン」と「アイソスピン」に着目して行った新しい分光法の実現可能性の試験を行い、国際学会にて発表してプロシーディングスとして出版しました。通常不安定な原子核を研究するには不安定核ビームを用意する必要があるのですが、本手法では安定核ビームと安定核標的の組合せであってもヘリウム9(陽子2個+中性子7個)のような束縛しない不安定核の分光が1つの測定設定で可能なことを示しました。

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