干潟の研究

【干潟】

干潟では、底生動物の中でも、主にアサリやホトトギスガイといった二枚貝についての研究をしています。(文章中の業績番号は、業績ページにある番号と対応します。)

ホトトギスガイのかたまり(マット)

よく見ると泥の中に凹凸があります。全てホトトギスガイです。

ホトトギスガイ

左の写真の中身です。体長は大きくても3 cm程度で小型の二枚貝です。

アサリやホトトギスガイは1 平方メートル辺りに10 kgに達するほど密集することがあります。彼らは密集して生活することで、莫大な量の懸濁物を体内に取り込み、代謝します。以下の写真は単純な実験ですが、アサリを濁った水と一緒に水槽に入れておくと、瞬く間に水が透明になります。これは彼らの濾過行動によって、窒素やリンなどの生元素を体内に取り込んでいる現象です。それでは、干潟でこれだけの貝が密集して過ごすと、どんなことが起こるのでしょうか?

濁った海水のみを入れたビーカー(左)とムラサキイガイを加えたビーカー(右)

約1時間後の状態

上から見た写真。右側がムラサキイガイ入りのビーカー

二枚貝の摂餌

過去に、アサリが食べる餌の量と、そこに生息する基礎生産者の量を比べました。下の図は模式図ですが、摂餌量と書いてある数値が1日でアサリが食べる量です(一番右側にいるのがアサリです。)。それに対して、かっこ()で括っている数値はそこにある量です。これを比較すると、単純にアサリが食べる量(16.2)に比べて植物プランクトンの量(1.8–4.5)が少ないことが分かります(単位はkmolですが、なじみが無い場合にはあんまり気にしないでください。)。これは、1日にお茶碗3倍分のご飯を食べているのに、家の中にはお茶碗1杯分しかご飯が無いような状態を意味しています。つまり、アサリが高密度で暮らしている干潟では、餌となる植物プランクトンや海底に付着している微細な藻類(底生微細藻類と呼びます)を食べ尽くしてしまう可能性があることが分かりました(業績P9)。ただし、この研究では、ある時間で食べる量(要するに食べる速さ)とその場にある量を比べていますので、「一見、植物プランクトンの量が少なく見えるけれども、すごい勢いで餌となる植物プランクトンが増えていればアサリが食べ尽くすということにはならないだろう。」、という反論がありました。先ほどのご飯の例えで言うと、「家の中にはお茶碗1杯分のご飯しか無いけれども、朝、昼、晩とすごい勢いで出前の人がご飯をお茶碗についで持ってきてくれれば、別に不足することは無いだろう。」、という批判になります。

研究の弱点は少しずつ潰していかなければなりませんので、ホトトギスガイを使った研究では、摂餌量(食べる量)と基礎生産量(ご飯を持ってくる量)を比べました。そうするとホトトギスガイ(図の左側にいる貝。)の摂餌量は、同一面積の植物プランクトンと底生微細藻類の基礎生産量を足しても全然足りないことが分かりました。同じ面積で比べると、ホトトギスガイの摂餌量は基礎生産量の約22倍高いことが分かりました。この結果は、単純に言うとホトトギスガイは生息範囲の22倍に相当する面積の餌を食べているということになります(業績P28)。これで二枚貝がすごい勢いでご飯を食べ尽くすのだろう、ということ示すことができました。そして、これらの数値から言えることとして、彼らを育むためには、生息している面積の約22倍の面積が必要になるだろう、ということも分かりました。ここでは、ホトトギスガイの結果を示していますが、同じようにアサリについても生息している場所だけでは無く、アサリなどが生息していない場所も含めて、幅広い面積を漁場として保全していく必要があるだろうという提言につながります。この基礎生産量とホトトギスガイの摂餌量の関係は、4年生で卒業した猪島さんの卒業研究の一環として実施しました。これからは、干潟全体でホトトギスガイが食べる量と、餌の成長量のバランスを調べていく予定です。

二枚貝の排泄

二枚貝は活発な濾過行動を通して有機物を取り込みます。すると当然ですが、彼らも尿や糞を出します。ここでは尿とは「溶存態の排泄物」を示し、糞は「粒状態の排泄物」を示します。過去に、アサリの生息地で海水中の溶存態の排泄物(主にアンモニウム)の動きを調べ、さらにアサリからの排泄量を計算してみると、どうもつじつまが合いません。アサリが排泄しているとすれば、もっとたくさんのアンモニウムが、その場所から出て行かないといけないのですが、水の中に尿は残っていませんでした。そこで考えられる結論としては、アサリから排泄された栄養塩は、その直後に餌になる底生微細藻類や植物プランクトンによって取り込まれると予想されました。従来の考え方では、水の中に直接排泄していると考えられていましたが、泥の中を通して底生微細藻類にも使われている可能性がある、という点がこの研究のウリになります。つまり、アサリはただ単に餌を食べるだけではなく、肥料をまいて餌になる植物の光合成を促進しているのです(業績P3)。

ホトトギスガイは、懸濁物や粒状有機物(糞)を堆積物の中にため込むことで、以下の写真のように干潟の底質を泥化させていると考えられています。この生物は人に迷惑をかけますので(正確には、「人間が迷惑と感じることが多い」ですが。)、泥の蓄積量や海底の酸素不足などについては調べられていました。しかし、泥の中にどれほどの有機物がため込まれているのか、についてはよく分かっていませんでした。ホトトギスガイが食べる餌の量を考えてみると、ため込まれる有機物量も多いだろうことが想像できます。そこで、ホトトギスガイが底質にためこむ有機物量を調べてみたところ、海底にため込む有機物の量は、成長量と同じ程度になることが分かってきました(業績P17, P23)。二枚貝は植物プランクトンのように小さい生物(〜0.1 mm)を吸い込み、大きな粒子(〜数mm)として糞を排泄することから、貝が密集する場所では部分的に富栄養化(有機物が増えすぎること)してしまいます。この研究は、このような二枚貝の糞の動態を野外で明らかにした貴重な成果です。ホトトギスガイに関する研究は、博士課程を卒業した竹中さんの研究の一環として実施しました。

ホトトギスガイのマットの表面(上左)とその内部の泥(上右)および模式図(下)。黒くなっている部分は還元的になっており、アサリなどの砂を好む底生動物の生息地としては適切ではない。

漁場の持続性

持続的に漁業をやっていくためには、生態系の外から入ってくる肥料の供給量を把握しておく必要があります。これは、家計でいうと収入のようなもので、収入以上にお買い物はできません。もしもそれを超えてしまうと、いずれは家計が破綻してしまいます。同じようなことが海にも言えます。外(河口域の場合、通常は川)から流れこんでくる栄養塩よりも漁獲量が多くなってしまうと、いずれは栄養不足になってしまうことが予想されます。

北海道の太平洋側で流入する河川が無い小さな汽水湖(火散布沼:「ひちりっぷぬま」と言います。珍しい名前ですね。)があります。そこで調査をして分かったことは、冬の間に海から流れこんでくる栄養塩を底生微細藻類が取り込み、汽水湖の中に蓄えていきます。その後、夏になると冬の間に貯蓄した有機物を分解することで、汽水湖の生物が支えられているという事でした(業績P6)。そして人間は、その海から流れこんでくる栄養塩の一部を使ってアサリ漁などを営んでいます。これからの課題は、このような自然の物質循環を活かしつつ、漁業による生産性を高めていくことが必要だと考えています。

今後の研究

二枚貝の代謝が海域の生元素動態に与える影響の解明

これまでの研究と大きく関連しますが、二枚貝は摂餌や排泄を通して海域に甚大な影響を及ぼします。今の日本では、貝類の資源が減少しており、資源量を増やすことが喫緊の課題ですが、世界的には養殖漁が増加し続けており、養殖の影響を把握し、その影響を緩和することが望まれています。しかし、二枚貝の排泄についてはかなり未解明な部分が残されています。この点について、様々な室内および野外実験を通して研究を進めています。

ホトトギスガイによる摂餌圧が河口干潟の物質循環に与える影響の解明

ホトトギスガイの摂餌によって、彼らが生息する面積の約22倍に相当することが明らかになりました。それでは、干潟全域における基礎生産量とホトトギスガイの二次生産量を比べるとどうなるでしょうか?ホトトギスガイの生産は、どこからもたらされる有機物でまかなわれているのか、を明らかにします。

ホトトギスガイのマット形成過程の解明

これはやや趣味的な実験になります。ホトトギスガイは糞を蓄積しながら鉛直的に上に向かってマットを形成するのではないかと予想しています。野外において、どの程度の糞を蓄積するのかについては試算できたものの、室内で再現できた訳ではありません。そこで、室内実験でホトトギスガイがマットを形成する過程を再現するとともに、マットの中にたまる有機物が糞に由来することを証明します。

緑川河口干潟におけるアサリ個体群動態の長期変動

緑川河口干潟においては、共同研究を進めている熊本県水産研究センターによる膨大な調査努力によって20年以上にわたるアサリの調査結果が蓄積されています。このデータを解析することで、長期にわたるアサリの二次生産量を推定し、アサリが増えることで干潟の物質循環にどのような影響を与えるのかを解明します。