内湾の研究

【内湾:諫早湾】

排水と窒素動態

諫早湾は、有明海の西岸にある内湾です。この海は、1997年に国営の干拓事業が行われたことと、有明海でおきた環境異変(赤潮、海苔の色落ち、貧酸素水の発生、アサリの減少など)の関係が疑われてきました。(文章中の業績番号は、業績ページにある番号と対応します。)

諫早湾の場所(左)と潮受け堤防(右)

当然ですが、海岸線を開発すれば海には確実に影響が出ます。そして、この公共工事が本当に必要だったかどうかについては、今後のためにも議論すべきでしょう。しかし、2000年頃から有明海で起きた環境異変と堤防建設の因果関係については、少なくとも堤防建設だけで全ての説明がつくと私は考えていません。この話は長くなりますので、細かい説明は省きますが、私のスタンスとしては、「過去に何があって現状のようになったのか?」、という不確定なことがたくさん含まれることよりも、まずは「今の諫早湾はどういう状況で、どこに問題があるのか?」という点に興味をもって研究を進めています。堤防建設の影響があろうがなかろうが、諫早湾では毎年のように貧酸素水が発生しています。特定の前提に拘って研究を進めるよりもフラットな観点から諫早湾を研究し、確実にできる現状の把握に集中しようと考えた訳です。

諫早湾で調査をはじめるきっかけとなったのは、今は広島大学で助教をしている梅原さんが、博士課程の研究の一環として干拓調整池で発生するアオコ問題に関わっており、彼の研究のお手伝いを始めたことです(業績 P11, P18)。そのときに、干拓調整池からは定期的に調整池の水が排水されているのですが、排水に関する報告があまり無いことに気がつきました。そこで、単純な考え方なのですが、排水される時に、集中的に諫早湾内の水質を調べれば、諫早湾に対して排水がどういう影響を与えるのかが分かると考えました。このときはかなりの力技で調べました。

力技で調べていた時の漁船。真ん中の船に必要な調査器具の全てが搭載されています。

その結果、排水された懸濁物は排水門の近くに堆積し、それに含まれる有機物が分解されることで、高濃度のアンモニア態窒素が再生産される過程があることが分かりました(業績 P8, P12)。下の図では、生元素の中でも窒素の量に注目しています。molが苦手だなと思った人は、単位を無視してもらっても結構です。この図から分かることは、排水と一緒にたくさんの有機物が海に流れ込み(136という数字)、そのままほとんどが海底に沈みます(134という数字)。さらにそのうちの約半分が分解されることで(〜70 という数字)、諫早湾内にアンモニウムを負荷していることが分かりました。このアンモニウムの濃度は9 µMに達し、結果として植物プランクトンに使われます。人間にとって都合が悪い増え方をする植物プランクトンの増殖を赤潮と呼んでいますので、ここでは排水によって増えたアンモニウムが赤潮の発生に一役買っていると言えます。

排水時の窒素の動きの模式図。

この時には、現場調査しかしていませんので、いまいち再現性が無いというか、本当に排水がそんなに大きな影響を与えているのかについて、もう少し追求したいと考えました。そこで、長崎大学・助教の高巣さんと一緒に、排水の再現実験を行いました。これは割とシンプルな実験で、諫早湾の海水に調整池の水を混ぜてみて、どれくらい酸素が減るのかを調べる実験です。結果は、やはり調整池の水を混ぜる方が酸素をたくさん使い、アンモニア態窒素を再生産するということで、現場の現象が再現できたことになります(業績P29)。ただ、現場で推定した値と比べると、室内実験の結果が低くなっていますので、海底堆積物の再懸濁のような現象も含めた追実験が必要だと考えています。この研究は、4年生で卒業した桑原さんと星本さんの卒業研究の一環として実施しました。(下の実験の模式図は桑原さんが作ってくれたすごい図です。パワーポイントだけでここまで作れることに感動しましたので、掲載しています。)

こんな実験をやっていたというイメージ

ベントス群集

諫早湾では底生動物についても、過去に調査されていましたが、どうも海底の環境との対応関係については整理されていないことが分かりました。そこで、まずは、底生動物と海底環境(主に粒度組成、有機物量、酸揮発性硫化物態硫黄など)を一緒に調べました。その結果、堤防の近くの海底では泥っぽくて嫌気的(酸素が少ない)であり、湾口の方では砂っぽくて好気的なことが分かりました。そして、底生動物の種数や多様度も、このような環境と対応することが分かりました(業績 P20)。当たり前と言えば当たり前ですが、記載的な研究としては重要だと考えています。

左側の図は、ベントスの種数(棒グラフ)とクラスター解析による分類の結果。とりあえず種数が多いと生物多様性が高いと思ってもらって構いません。右側は、それぞれのグループの泥分と酸揮発性硫化物量の結果。細かいことは抜きにして、場所によって数値が違ってそうなことが分かれば良いです。

諫早湾では夏に海底で酸素不足になることが知られています。この海水に溶け込む酸素(溶存酸素と呼びます)が不足している海水のことを貧酸素水と呼びます。そして有明海は干満差が大きいことから、上げ潮と下げ潮の間の約6時間で海水が数km移動します。すると、泥っぽいところ(湾奥・湾央)で発生した貧酸素水は、潮汐流で砂っぽいところ(湾口)にも移動することが分かりました(業績  P14)。上の図にもありましたが、泥っぽいところは生物多様性が低く、砂っぽいところは生物多様性が高い環境です。簡単にいうと、汚れたところからきれいなところに貧酸素水が流れこむことで、きれいな場所に貧酸素水のダメージが与えられている可能性があることが分かりました(業績 P27)。底生動物に関する結果は、修士まで進んだ石松さんが主に取り組んできた研究です。

これからの研究

諫早湾における自動観測データを用いた水質変動の解析

諫早湾では九州農政局が、6カ所の観測塔を設置し、1時間毎に水質を観測しています(九州農政局)。これは世界にも類をみないに貴重なデータであり、このデータを解析することで、湾内における酸素消費過程や基礎生産過程を推定できると考えています。また、排水の頻度や気象条件との関係についての解析も視野に入れています。

貧酸素水の流入が非発生域の底生動物群集に与える影響

上記の底生動物に関する研究で、貧酸素水の移流が砂地に生息する底生動物群集に対して悪影響を及ぼす可能性があることが分かりました。次は、実験的に諫早湾の海底堆積物を採取し、溶存酸素濃度および硫化水素濃度を調整する暴露実験を行い、本当に野外で起きているような現象が発生するのかを追求します。