海や干潟、河川では、さまざまな生物が生息し、炭素や窒素などの物質が絶えず移動しています。
河川や地下水、外洋から栄養塩や有機物が供給され、植物プランクトン、底生微細藻類、海藻などが有機物を生産します。それらは二枚貝や魚類などに利用され、さらに魚類や鳥類による捕食などを通して生態系の中を移動していきます。
一方、生物自身も生態系を変化させています。二枚貝は海水を濾過して物質を移動させ、魚は海底を掘り返し、鳥は干潟の生物を捕食します。
私たちの研究室では、こうした現象を見つけ、その仕組みを調べるだけでなく、
その現象は、生態系全体から見てどれくらい重要なのか?
を明らかにすることを目指しています。
そのため、研究対象を特定の生物や場所に限定していません。河川、干潟、藻場、内湾、さらに外洋水の影響を受ける沿岸域までをフィールドとして、生物生産、物質循環、それらを動かすさまざまな生態学的プロセスを研究しています。
個体や一地点で測定した値をそのまま示すだけでなく、個体群、干潟、湾などのスケールへ広げ、できるだけ比較しやすく、直感的に理解できる量へ変換することを大切にしています。
主な研究フィールドは、緑川上流から河口干潟、水俣・八代海、鹿児島湾口まで広がっています。研究対象となる環境は異なりますが、「現象を生態系全体の中で評価する」という考え方は共通しています。
1.生物は沿岸生態系をどれくらい動かしているのか
生物は、環境から一方的に影響を受ける存在ではありません。
餌を食べる、排泄する、移動する、海底を掘る、他の生物を捕食する。こうした一つ一つの活動によって、生物自身も周囲の環境や物質循環を変化させています。
私たちは、生物の活動を個体の行動や生理現象として調べるだけでなく、
それを個体群全体まで積み上げたとき、生態系にどれくらいの影響を与えるのか
という視点から研究しています。
二枚貝と物質循環
この考え方につながる研究の一つが、干潟に生息する二枚貝と物質循環の研究です。
二枚貝は、海水中の植物プランクトンや有機粒子を濾過して食べます。取り込まれた物質の一部は成長や繁殖に利用され、一部は排泄物として環境へ戻ります。したがって、高密度な二枚貝個体群では、一個体の摂餌や排泄を積み上げることで、干潟全体の炭素や窒素の循環に大きな影響を与える可能性があります。そのため、成長や死亡といった個体群動態と、摂餌、排泄、二次生産、栄養塩循環を別々に考えるのではなく、同じ生態系の中でつなげて考えてきました。上に示しているように、二枚貝の成長は摂餌、排泄、呼吸などと密接につながっており、個体群動態そのものが物質循環と切り離せません。
例えば、干潟に高密度で生息するホトトギスガイでは、個体群の生産を維持するために必要な餌量を一次生産量と比較しました。その結果、推定された摂餌量は現場の一次生産量の約23倍に相当し、二枚貝の生息場所だけではなく、周辺の広い範囲から有機物が供給される必要があることが示されました。また、ホトトギスガイがつくるマットには大量の有機物が蓄積し、その窒素量が二枚貝自身の二次生産量に匹敵することも明らかになっています。
このように、「二枚貝がいる」ということから一歩進んで、その個体群が周囲の生産や物質循環をどれくらい動かしているのかを評価してきました。
関連論文
小森田智大(2025)干潟の物質循環過程における懸濁物食二枚貝類の役割.日本ベントス学会誌 80: 2–13.
この総説では、博士研究を含む二枚貝・基礎生産・物質循環に関する一連の研究をまとめています。
Takenaka et al. (2018) Accumulation of organic matter within a muddy carpet created by the Asian date mussel, Arcuatula senhousia, on the Midori River tidal flats, Japan. Plankton and Benthos Research 13: 1–9.
小森田ほか(2018)生産量より見積もったホトトギスガイによる基礎生産者への摂餌圧の定量的評価.Laguna 25: 105–110.
捕食者は生物個体群にどれくらい影響するのか
同じ考え方は、捕食にも適用できます。
例えば、エイ類やカモ類が干潟でアサリを食べていることが分かっていても、それだけでは彼らによる捕食がアサリ個体群にとって重要な死亡要因なのかは分かりません。そこで、防除実験、定点カメラ、ドローンなどを組み合わせ、カモの来訪や採餌行動とアサリ個体群の変化を調べています。カモ類を対象とした研究では、調査条件下でアサリ個体群への捕食の影響は比較的小さいことが示されました。重要だと思われていたプロセスを測定した結果、「実はそれほど大きくなかった」と分かることもあります。その大きい・小さいを量として判断できることも、生態系における重要性を評価する意味の一つです。
関連論文
Honda et al. (2025) Impact of duck predation on the population of Manila clam (Ruditapes philippinarum) in tidal flat. Estuarine, Coastal and Shelf Science 318: 109247.
本田ら(2023)有明海に面する緑川河口干潟においてエイ類による捕食がアサリ個体群に及ぼす影響の定量的評価. 日本ベントス学会誌 78: 22-27.
2.沿岸の生物生産を測る
植物プランクトン、底生微細藻類、海藻などによる一次生産は、沿岸生態系のエネルギーの出発点です。しかし、生物量が多いことと、たくさん有機物を生産していることは同じではありません。
そのため私たちは、単位面積・単位時間あたりに、どれだけの有機物がつくられているのかを測定することを重視しています。
干潟の底生微細藻類
干潟の表面には、底生微細藻類(Microphytobenthos: MPB)と呼ばれる微細な藻類が生息しています。MPBは目立ちにくい存在ですが、干潟では大きな一次生産を担い、二枚貝をはじめとする多くの生物を支える重要な基礎生産者です。一方、干潟では潮汐によって海底が水中に沈んだり空気中に露出したりします。海底へ届く光も、潮位、濁度、天候などによって大きく変化します。そこで、培養実験だけでなく、海底の光環境を連続的に測定する係留観測を組み合わせることで、実際の環境変動を考慮した一次生産量の評価を進めています。2025年の研究では、短期間の現場培養だけから月単位の代表的な一次生産量を推定すると、大きな誤差が生じる可能性が示されました。
さらに、一地点で測った一次生産を、より広い空間へ拡張する研究も進めています。マルチスペクトルカメラを搭載したドローンで干潟を撮影し、現場で採取したChl-aと画像情報を対応させることで、干潟全体の底生微細藻類の分布を評価しようとしています。これは、一地点の測定値を「面」へ広げ、生態系全体での重要性を評価するための研究でもあります。
関連論文
Ozaki et al. (2025) Validation of the in situ slurry method for measuring primary production of microphytobenthos in tidal flats as compared to culture experiments and mooring systems. Plankton and Benthos Research 20: 194–204.
尾崎ら(2022)係留系による高頻度観測とタンク法を併用した底生微細藻類の基礎生産量と現場法の検証. 土木学会論文集B3(海洋開発), 78: I_655-I_660.
藻場を「面積」だけでなく「機能」から評価する
一次生産の研究対象は微細藻類だけではありません。水俣では、ウニによる磯焼けから回復しつつある藻場を対象として、生態系全体の生産と呼吸を調べています。藻場の回復は、一般に海藻の被度、現存量、種組成、藻場面積など、生態系の「構造」を指標として評価されます。
しかし、海藻が戻った場所で、
実際にどれだけの有機物が生産され、どれだけ消費されているのか
という生態系の「機能」が回復しているかは、別に評価する必要があります。
そこで、水温、塩分、光、溶存酸素などを10分間隔で連続観測し、総一次生産量(GPP)、生態系呼吸量(R)、純生態系生産量(NEP)を推定しています。現在の観測では、海藻の繁茂期に総一次生産と生態系呼吸がともに増加し、有機物の生産と消費が活発な、代謝回転の速い生態系が形成されることが示されています。つまり、「藻場が戻った」という景観上の回復だけでなく、生態系としてどれだけ機能が戻ったのかまで評価することを目指しています。
3.物質はどこから来て、生物生産をどれくらい支えているのか
沿岸域の生物生産は、その場所だけで完結しているわけではありません。河川から物質が運ばれ、地下水が海底から流出し、外洋水が内湾へ侵入します。
そこで私たちは、
生物生産を支える物質はどこから来るのか?
その供給は、生物生産をどれくらい支えているのか?
を研究しています。
外洋と沿岸をつなぐ黒潮
鹿児島湾では、外洋を流れる黒潮の一部が湾内へ侵入します。船舶観測と水温・塩分を用いた混合モデルによる研究から、黒潮分岐流の侵入に伴って湾内の底層水が表層へ供給され、その栄養塩が湾口部の春季植物プランクトンブルームを支えることが示されました。その後、黒潮分岐流侵入後のプランクトン群集を時間的に追跡し、植物プランクトンや微小動物プランクトンが増加する過程についても研究しています。さらに現在では、人工衛星を利用して湾全体を観測しています。GCOM-C/SGLIによる250 m解像度の海面水温とクロロフィルaを解析すると、黒潮分岐流の侵入に伴う植物プランクトン変動は湾口だけに限定されず、鹿児島湾の広い範囲に及んでいることが分かりました。この事例では、黒潮系水の侵入に伴って湾内のChl-aが上昇し、その後湾外へ広がる様子を衛星から追跡できます。船で詳細に測ることと、人工衛星から広い海域を見ることを組み合わせることで、外洋と沿岸のつながりを異なるスケールから調べています。
関連論文
Komorita et al. (2021) Spring phytoplankton blooms in the Northern Satsunan region, Japan, stimulated by the intrusion of Kuroshio Branch water. Estuarine, Coastal and Shelf Science 259: 107472.
Komorita et al. (2024) Temporal changes in the microplankton community due to Kuroshio branch current inflow. Regional Studies in Marine Science 75: 103576.
Komorita et al. Spatial Analysis of the Impact of Kuroshio Branch Intrusion on the Phytoplankton Bloom in Kagoshima Bay Using GCOM-C SGLI Data. Continental Shelf Research, in press.
4.問いに答えるための「道具」を増やす
沿岸生態系を研究していると、一つの方法だけでは答えられない問いが多くあります。生物を採集すれば、「何がどれくらいいるか」を調べられます。しかし、その生物が何を食べているのかを知るには安定同位体が役立ちます。広い河川で魚類の生息状況を調べるには環境DNAが利用できます。短時間の調査では見えない変化を調べるには係留センサーによる連続観測が必要です。さらに、干潟全体を見るためにドローンを利用し、湾全体を見るために人工衛星を利用することもあります。このように私たちは、これまでの研究を通して、問いに答えるために使える道具を少しずつ増やしてきました。
現在利用している主な方法には、
・野外での生物・水質・底質調査
・培養実験と一次生産測定
・炭素・窒素安定同位体
・ラドン・ラジウム同位体
・環境DNA
・係留センサーによる連続観測
・定点カメラ
・ドローンによる空間観測
・人工衛星によるリモートセンシング
・Rなどを用いた統計解析・空間解析・機械学習
などがあります。
例えば河川では、環境DNAと炭素・窒素安定同位体を組み合わせ、緑川本流と支流におけるアユの生息状況や餌資源の利用を比較しています。人工衛星では、時間的に細かなフェリー観測と広域を観測できる衛星を組み合わせ、短期間に起きる沿岸海洋現象を時空間的に捉えています。
新しい技術を使うこと自体が目的なのではありません。
知りたい現象を捉えるために必要な方法を選び、必要であれば新しい方法を研究に取り入れる。
その積み重ねによって、数cmの堆積物や一個体から、個体群、干潟、河川、内湾、さらに沿岸海域全体まで、異なるスケールの現象を研究できるようになってきました。
関連論文
小森田ほか(2026)緑川本流と支流におけるアユ生息量差の要因解析:環境DNAと炭素・窒素安定同位体比の統合評価.河川技術論文集 32.
Ozaki et al. (2025) Plankton and Benthos Research 20: 194–204.
Komorita et al. Continental Shelf Research, in press.
5.現在進めている研究
これまでに蓄積してきた観測手法や研究成果を組み合わせながら、現在は次のような研究を進めています。
八代海の栄養塩供給と生物生産
八代海には、河川、地下水、外洋など複数の経路から栄養塩が供給されています。現在は、ラドン・ラジウム同位体、栄養塩、船舶観測、底生微細藻類の一次生産などを組み合わせ、それぞれの供給源が八代海の栄養塩収支にどれくらい寄与しているのかを調べています。しかし、海へ供給された栄養塩のすべてが、そのまま水柱へ届くとは限りません。途中に広い干潟があれば、底生微細藻類が水柱へ届く前に栄養塩を利用する可能性があります。
そのため、
どれだけ栄養塩が海へ供給されたのか
だけでなく、
そのうちどれだけが干潟で利用され、どれだけが水柱の生物生産へ届くのか
を同じ物質収支の中で評価することを目指しています。
最終的には、「河川、地下水、外洋から何%が流入し、そのうち干潟で何%が利用され、水柱へ何%が到達するのか」 というように、異なる供給源と生物による利用を同じ尺度で比較できる形にすることが目標です。
八代海の赤潮と一次生産
八代海では、Karenia mikimotoi などによる赤潮が発生します。赤潮研究では、単に細胞数や分布を調べるだけでなく、
赤潮によってどれだけの有機物が生産され、それを維持するためにどれだけの栄養塩が必要なのか
を調べています。従来、一次生産を測定するためには培養実験などの現場観測が必要でした。そこで現在は、水温、塩分、光、クロロフィルaなど、センサーから取得できる環境変数を利用して、機械学習から一次生産を推定する研究を進めています。さらに、推定した一次生産量を栄養塩の供給・消費と組み合わせることで、赤潮を物質収支として捉えようとしています。観測時には、堆積物や水中からの窒素供給と、生物による窒素消費を比較した結果、DINの純消費量は3.04 mmol N m⁻² d⁻¹と推定されました。観測時のDIN現存量から計算すると、この条件では赤潮を約2.71日維持できる量に相当します。赤潮を「発生した・しなかった」と捉えるのではなく、その赤潮を維持する生物生産と物質収支を量として理解することを目指しています。
水俣の藻場再生と生態系機能
水俣では、ウニによる磯焼けから藻場を回復させる研究を進めています。ウニが増加すると海藻が強く摂食され、藻場が失われることがあります。そこで、ウニを駆除することに加えて、地域に存在する陸上植物資源などを利用してウニの摂食圧を軽減し、藻場回復につなげる可能性についても研究しています。研究室のプロジェクトでは、水俣地域の海と陸の生物資源をつなげた藻場再生を検討しています。
ウニ駆除を行っていない場所と行った場所で、海底景観が大きく異なる様子が確認できます。さらに、前述したDOの連続観測を組み合わせ、「藻場が再形成されたか」だけではなく、「生態系の生産機能がどれだけ回復したか」まで評価しています。
ダムから海までをつなぐ流域生態系の再生
河川から海へのつながりを考えるうえでは、水だけでなく土砂の移動も重要です。ダムには大量の土砂が堆積する一方で、その下流では土砂供給の減少によって河床環境や干潟環境が変化することがあります。そこで緑川流域では、ダムに堆積した土砂を下流へ供給することで、
堰直下での回遊生物の遡上
河川底生動物の生息環境
感潮域の生物多様性
干潟のアサリなどの生息環境
を回復させることができないかを研究しています。この研究では、ダム、河川、堰、感潮域、干潟を別々に扱うのではなく、ダムから海までを一つの流域生態系として考えることを目指しています。河川のアユについては、環境DNAと安定同位体を組み合わせて緑川本流と支流の違いを調べる研究も進めており、河川環境・餌資源・河川の連続性などを含めた評価につなげています。
生物が干潟を変える力
魚類による底質攪乱や、魚類・鳥類による二枚貝の捕食など、生物の活動が干潟環境をどれくらい変えているのかを研究しています。現在は特に、魚類によるbioturbation(生物攪乱)に注目しています。魚が餌を探す際に干潟の泥を掘ることで、多数の掘削痕が形成されることがあります。そこで、環境DNAによる魚類群集の把握、ドローンによる掘削痕の広域観測、現場での行動観察などを組み合わせ、魚によって1日に干潟面積の何%が掘り返されるのか?という生態系スケールの量へ変換しようとしています。「魚が泥を掘る」という行動を、干潟全体がどれくらい動かされているのかという量へつなげる研究です。
外洋と沿岸をつなぐ生物生産
鹿児島湾とその周辺では、黒潮分岐流の侵入が沿岸の生物生産へ与える影響について、船舶観測、フェリー観測、人工衛星を組み合わせて研究しています。これまで湾口で詳細に捉えてきた現象を、人工衛星によって湾全体へ広げて評価することで、外洋との物質交換が沿岸の生物生産をどれくらい支えているのかを明らかにしようとしています。この研究は、八代海における河川・地下水・外洋からの物質供給研究ともつながっています。沿岸域を閉じた系として考えるのではなく、陸側と外洋側の両方とのつながりの中で生物生産を理解することを目指しています。
6.研究室に共通する問い
沿岸生態系では、さまざまな生物や物質が同時に関わっています。その中で、どのプロセスが本当に生態系を支え、どの変化が大きな影響を与えているのかを見極めるためです。それぞれのプロセスの大きさを比較できるようになれば、生態系のしくみをより正確に理解できるだけでなく、どこを守るべきか、どこを再生すべきか、どの変化を優先して考えるべきかという判断にもつながります。
何が起きているのか。なぜ起きているのか。そして、それはどれくらい大事なのか。
その先に、沿岸生態系の保全・再生・持続的な利用につながる理解をつくることを目指しています。