1.背景
温泉や公衆浴場の浴槽は、レジオネラ属菌に汚染され、入浴者が感染発症することから問題になります。患者届け出数は年々増加傾向で、2017年は1,700件あり、例年50名程が亡くなっています。分子疫学から、患者の半数は浴槽水に関連すると考えられています。これは公衆衛生上の問題の一つであり、対策が必要です。
対策の一つとしてモノクロラミン消毒があり、その詳細と、ここに至った経緯等について、順を追ってご説明します。
2.レジオネラ属菌とは
比較的消毒に弱い、芽胞を作らない、細菌です。しかし、ぬめり(バイオフィルム)の中や、レジオネラが感染・増殖するアメーバの中では消毒しきれず、生き残ります。入浴者が落とす汚れの垢をエサに、雑菌が増え、雑菌を食べるアメーバが増え、アメーバに感染し増殖するレジオネラが増えます。レジオネラは、飛沫(エアロゾル、ミスト)になって肺に吸い込まれ、肺胞マクロファージに感染して増殖し、重いレジオネラ肺炎を発症したり、発熱(ポンティアック熱)します。レジオネラは、土壌に生息する、どこにでもいる菌で、浴槽は容易に汚染を受けます。園芸をする方にも感染することが知られています。
浴槽でのレジオネラ集団感染を契機として、水泳プールのように、浴槽水の塩素消毒が徹底されるようになりました。しかし、高pHや鉄、マンガン、アンモニア態窒素などが含まれている温泉では消毒が上手くできないことがあり、塩素消毒の臭気も敬遠され、代替となる消毒方法が求められていました。
3.対策
まず大前提として、浴槽、ろ過器や配管の洗浄が必要です。
次いで、残留性のある消毒を加えます。きちんと洗浄したつもりでも、わずかな汚れからレジオネラが増えてしまうので、これを抑えます。万一、洗浄が足りなくても、レジオネラ属菌が消毒されることで、何とか安全性は維持されます。ただし、注意を要し、洗浄が必要な状態です。汚れが多く残った状態で無理に消毒を加えても、消毒剤と汚れが反応して効果を維持できなかったり、強い臭気が発生したりします。臭気を避けるために消毒を止めると、高濃度の生きた菌が出て来て、危険です。
循環式浴槽、あるいは24時間風呂とも言われる、大きな浴槽に砂ろ過のろ過器を有する浴槽があります。入浴者が落とす汚れの垢は、ろ過器に集まります。これを逆流洗浄して除くのですが、洗浄は容易でなく、不徹底だと汚れが溜まります。適切に管理されないろ過器は、レジオネラの巣になり危険です。
ろ過器や循環配管のない、掛け流し式と呼ばれる浴槽であっても、貯湯槽や給湯配管が汚染されます。温泉は、湧出した直後はレジオネラが検出されませんが、貯めている間に汚染されます。貯湯槽と給湯配管は、レジオネラが生残できない60℃以上での維持が推奨です。
みなし掛け流しと呼ばれる、湯を足し続けて、常にあふれさせながら使う場合があります。しかし、汚れは単に薄まるだけで、レジオネラ対策にはなりません。
定期的に全ての湯を落とし、洗浄、消毒を加えることが大事です。長時間連続の浴槽の運用は危険で、定期的な洗浄、消毒の時間を十分に用意する必要があります。
シャワーヘッドや蛇口の清掃も必要です。
4.洗浄について
浴槽、ろ過器、配管の徹底した洗浄が必要です。物理的にブラシで洗うことが好ましいのですが、手の入らない部分には過酸化水素、過炭酸ナトリウム、塩素などの、高濃度の薬剤を用い、洗浄不足に注意が必要です。洗浄後は、水泳プールのように、わずかに残留性のある消毒を加えて、汚れが増えにくい状態を維持します。繰り返しになりますが、汚れを除かずに単に湯を張り替えただけでは、レジオネラは若干薄まるだけで、除くことができません。強い薬剤や加熱の消毒によりレジオネラは一時的に減少、殺菌されるかもしれませんが、栄養になる汚れのバイオフィルムが残れば速やかに増殖してしまいます。
5.消毒について
遊離塩素消毒は、水道、水泳プール、多くの浴槽で使われている、従来から馴染みのある消毒方法です。ところが、遊離塩素は汚れ(アンモニア態窒素)と反応して、有機クロラミンによる臭気が発生し、トリハロメタン等の消毒副生成物が生じます。
遊離塩素とは別に結合塩素消毒(モノクロラミン消毒)があり、国内外の水道で使われています。臭気がほぼ無く、トリハロメタンが少ない利点があり、研究班では結合塩素による浴槽の消毒を検討しています。
6.モノクロラミン消毒(結合塩素消毒)
遊離塩素とアンモニアの反応から、モノクロラミンが生成します。機械的に生成する方法と、手投入により生成する方法があります。アンモニアが不足すると、ジクロラミンやトリクロラミンが生じて臭気を発する恐れがあり、遊離塩素とアンモニアの比率をきちんと守る必要があります。モノクロラミンは安定ではないので、使用現場で生成し、添加する必要があります。モノクロラミン消毒は、遊離塩素消毒に比べて消毒効果が低いのですが、レジオネラの消毒には効果的です。例えば、遊離塩素消毒の効果が不安定で、レジオネラの生きた菌が検出されて苦慮していた施設でも、モノクロラミン消毒ではレジオネラがよく抑えられていました。浴槽中の濃度が安定で維持管理しやすく、臭気がほぼ無く、トリハロメタンが少ない利点があります。
モノクロラミン消毒は水道にも使われる消毒の方法であり、長年、飲用されてきた実績と安全性があります。浴槽水中の濃度は、3mg/Lが適していると考えられ、研究班では実施例を蓄積中です。国内の水道では、汚染のある場合に結合塩素(モノクロラミン)として1.5mg/L以上が求められます(水道法施行規則第 17 条第 3 号)。米国では濃度の上限を4mg/Lとしています。水生生物への毒性があり、河川へ排水するには中和が必要です。下水への排水には問題ありません。
pHは中性からアルカリ性に対応し、pH7から10の実施例があります。酸性側pHがどこまで許容されるのかは、今後の検討課題です。低pHは塩素ガスが発生するので、遊離塩素ともども、対応不能です。いわゆる、混ぜるな危険、です。高濃度の遊離塩素の取扱も注意を要します。消毒は、理解のない人に実施を任せて良いことではなく、適切な理解や管理と指導の下に行います。
高pH、アンモニア態窒素が多い等の、従来の遊離塩素消毒が不得手とする泉質に、モノクロラミン消毒は対応可能です。硫黄は、遊離塩素消毒ともども、対応不能です。
モノクロラミン消毒は、消毒であって、洗浄をサボることはできません。洗浄が不足すると、雑菌が増えて、従属栄養細菌数が高くなることが分かっています。
7.各種マニュアル、通知、指導との関係
従来より、浴槽の(遊離)塩素消毒は指導されていました。モノクロラミン消毒は塩素消毒の一種であり、従来の消毒の延長線とみなして問題ない方法と考えられます。ただ、結合塩素やモノクロラミンといった具体的な単語が表記されていないことから、躊躇される場合があります。これを受けて、2015年に厚生労働省生活衛生課の”「循環式浴槽におけるレジオ ネラ症防止対策マニュアル」の改正について”、2019年に”公衆浴場における衛生等管理要領等の改正について”の中で、「モノクロラミン消毒」が記述されました。現状、温泉と公衆浴場の管理は各自治体によってなされていることから、各自治体の条例への反映や保健所の理解が進むに従い、モノクロラミン消毒は徐々に普及すると考えられます。
8.最後に
繰り返しになりますが、モノクロラミン消毒を使っても、浴槽、ろ過器、配管等の洗浄をサボることはできません。まずは、よく洗浄することが大事です。綺麗で衛生的な、安心・安全な入浴が実現されることを期待します。
9.参考資料
レジオネラ属菌、全般、対策等:
日本建築衛生管理教育センター、第4版レジオネラ症防止指針(平成29年7月)
枝川亜希子ら、講座「環境水からのレジオネラ・宿主アメーバ検出とその制御1~13」、日本防菌防黴学会誌、Vol.46, No.4, pp.177-178 (2018)他
流行状況:
国立感染症研究所、感染症発生動向調査 週報(IDWR)より、2017年第51・52週(第51・52合併号)https://www0.nih.go.jp/niid/idsc/idwr/IDWR2017/idwr2017-51-52.pdf(2018/11/12現在)
レジ情報2010-4 e-mail、legionella2010-4@e-mail.jp、レジオネラ症感染事故防止対策の推進、情報共有と連携を目的に、元保健所職員が退職後も続けている公衆衛生ボラティア活動の情報配信(2018/11/12現在)
国立感染症研究所、病原微生物検出情報、Vol.34 No.6(2013年6月)、https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-vol34/3614-iasr-400.html(2018/11/12現在)
通知、マニュアル等:
静岡市、静岡市公衆浴場法等の施行に関する規則(平成 25 年 4 月1日施行)より、第 10 条(2)浴槽水にモノクロラミンを投入する方法、http://www.city.shizuoka.jp/000145433.pdf(2018/11/12現在)
厚生労働省健康局生活衛生課長、健衛発0331第7号(平成27年3月31日)「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアル」の改正について、https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000132562.pdf(2018/11/12現在)
静岡県、循環式浴槽に係る消毒方法の見直し「モノクロラミン消毒の追加」(平成28年4月1日施行)、http://www.pref.shizuoka.jp/kousei/ko-510/160607.html(2018/11/12現在)
浜松市、旅館業法施行細則及び公衆浴場法施行細則を改正し、浴槽管理にモノクロラミン消毒を追加しました(平成28年4月1日)、https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/seiei/seikatsueisei/monochloramine.html(2018/11/12現在)
東京都、公衆浴場の設置場所の配置及び衛生措置等の基準に関する条例及び公衆浴場法施行細則の一部改正について、および、旅館業法施行条例及び同法施行細則の一部改正について(平成30年6月27日 施行)、http://www.reiki.metro.tokyo.jp/reiki_honbun/ag10108791.html、http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kankyo/eisei/ryokan/H30jyoureisaisokukaisei.html(直接にモノクロラミン消毒の単語はありませんが、”ただし、これにより難い場合には、塩素系薬剤による消毒とその他の方法による消毒とを併用する等、レジオネラ属菌が検出されない水質を維持すること。 ”に含まれるとされています。参考、平成29年度 東京都生活衛生審議会より諮問内容、”結合残留塩素であるモノクロラミン等の単独使用が認められるよう、基準を見直す”、http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kankyo/eisei/seiei_shingikai/shingi29.files/29singikai-tousin.pdf)(2018/11/12現在)
品川区、公衆浴場の設置場所の配置および衛生措置等の基準に関する条例(平成30年11月22日改正)、https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/reiki/reiki_honbun/g110RG00000593.html(併用に限らず、モノクロラミン等の単独使用の消毒方法を認めることとする、https://gikai.city.shinagawa.tokyo.jp/wp-content/themes/shinagawakugikai/pdf/30103005.pdf)(2019/11/11現在)
厚生労働省大臣官房生活衛生・食品安全審議官、生食発0919第8号(令和元年9月19日)「公衆浴場における衛生等管理要領等の改正について」より、別添2 公衆浴場における衛生等管理要領、別添3 旅館業における衛生等管理要領、https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000555445.pdf(2019/10/30現在)
モノクロラミン消毒による浴槽の対策例:
杉山寛治、小坂浩司、泉山信司、縣邦雄、遠藤卓郎、モノクロラミン消毒による浴槽レジオネラ属菌の衛生対策. 保健医療科学, 59, 109-115 (2010)
杉山寛治、モノクロラミン消毒による浴槽水の衛生対策. ビルと環境, 148, 34-41 (2015)
杉山寛治、長岡宏美、佐原啓二、神田 隆、久保田 明、縣 邦雄、小坂浩司、前川純子、遠藤卓郎、倉 文明、八木田健司、泉山信司、モノクロラミン消毒による掛け流し式温泉のレジオネラ対策、日本防菌防黴学会誌,295-300, Vol.45, No.6 (2017)
水道のモノクロラミン消毒:
水道法施行規則、昭和32年12月14日厚生省令第45号、第17条、三、”供給する水が病原生物に著しく汚染されるおそれがある場合又は病原生物に汚染されたことを疑わせるような生物若しくは物質を多量に含むおそれがある場合の給水栓における水の遊離残留塩素は、〇・二mg/l(結合残留塩素の場合は、一・五mg/l)以上”、http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=332M50000100045#335(2018/11/12現在)
Federal Register / Vol. 63, No. 241 1998、National Primary Drinking Water Regulations: Disinfectants and Disinfection Byproducts、https://www.gpo.gov/fdsys/pkg/FR-1998-12-16/pdf/98-32887.pdf(2018/11/12現在、ここでは結合塩素消毒に使われるモノクロラミンをchloramineと呼んでいる)
10.本ページの説明、謝辞
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本研究は、厚生労働科学研究費補助金 健康安全・危機管理対策総合研究事業 「公衆浴場等施設の衛生管理におけるレジオネラ症対策に関する研究(研究代表者:前川純子、平成28~30年度)」、および「公衆浴場におけるレジオネラ症対策に資する検査・消毒方法等の衛生管理手法の開発のための研究(研究代表者:前川純子、令和元年~)」 の一部として実施しました。入浴施設や研究協力者ら多数の関係者からご協力頂きました。
最終更新日、2019/11/11