■人手不足は当社だけではない
・人手不足は深刻な「高止まり」状態が続いていて、2025年7月時点で正社員の不足を感じている企業は50.8%でした。(出典:帝国データバンク)
・中小企業の社長とお話しすると、例えば15年くらい前は採用できたけど、ここ10年弱はなかなか採用が出来ないなど、長い期間の人材不足感を感じられているケースもあります。
・そして、人材募集・求人票をハローワークや地元紙へ掲載しても、なかなか応募がない、応募書類が届いたが当社が求める人材ではなかった、など上手くいかなかったお話もお聞きすることがあります。
■優秀な人材がなかなか定着せず、従業員の生産性も上がりません。中小企業支援の現場では、そのような声を聞くことが度々あります。人材の流出は、生産性低下の大きな要因の一つで、これを解消することが生産性向上に直結します。
1.人材が次から次へと辞めていく会社
・私が経営支援に関わらせて頂いた事業者で、人材が次から次へと辞めていく会社がありました。中小企業の中では事業規模が大きく従業員数も多い、地域経済や地域雇用を支える事業者で、事業内容も社会になくてはならない、そのような会社です。例えば20名採用すると10年後には半分も残っていない、そのような定着率の低い会社でしたので、私は人材面の経営支援として、従業員モチベーションアップ、人材採用、人事評価制度の改善、生産性向上などに関与することになりました。
・社長を始め取締役全員、部長へのヒアリングを行い仮説を立て、従業員代表へのヒアリングを行い、様々な要因を掘り下げ、現状の課題を整理していきました。これはとても時間がかかることでしたが、丁寧に繰り返し、人が辞めていく原因を掘り下げ、プロジェクトチームの皆様と話し合いました。
・その中で、先ずは第一歩として、全従業員を対象とした従業員満足度調査を実施することになりました。
2.従業員満足度の高い会社
・従業員満足度が高い企業(職場)には、次の五つの特徴が共通するといわれています。①「企業のビジョン・経営理念への共感度が高い」、②「人事制度・評価制度に対する信頼感がある」、③「自身の仕事が与える影響が可視化されている」、④「人間関係にストレスがない職場環境の整備に努めている」、⑤「業務内容に応じた就業規則や福利厚生が整備されている」。まずはこの五つについて、自社の現状を把握することから始めてみてはいかがでしょうか。(出典:中小機構)
・近年、日本の労働力人口は減少傾向にあり、かつてのように「辞めたらまた雇えばいい」という考え方は通用しなくなりました。中でも各企業の推進力となるような優秀な人材の価値は日に日に高まっています。そのような人材が集まり、また長く定着してくれる企業になるには、従業員が満足できる職場環境を整えていく必要があるでしょう。従業員満足度が高い企業は、生産性や顧客対応への意欲も高いという傾向があり、業績面にもプラスに働くことがわかってきています。つまり、従業員満足度向上へ向けた取り組みは、人材面に課題を抱える企業だけでなく、どんな企業にとっても有効といえるでしょう。
・従業員満足度の高い企業に共通するのが、先に挙げた五つの特徴になります。①の「企業のビジョン・経営理念への共感度」が高いほど、自分の仕事と自社に対する誇りや信頼度が高まり、能動的に行動する社員が育ちやすくなります。そのためには、経営層がビジョンや理念をわかりやすい言葉で発信し続けることが大切です。②「人事制度・評価制度に対する信頼感」が高いと、「この会社で働いても大丈夫だ」という会社に対する信頼の獲得に直結します。役職と権限が適正に貸与され、自身の行動や成果に対する評価が納得できる制度は、従業員の労働意欲を高めるために必要な要素といえます。
3.従業員モチベーションアップと動機づけ衛生理論
・動機づけ・衛生理論とは、ハーズバーグが提唱したモチベーション理論で、「動機付け要因」と「衛生要因」の2つの要因が、人間の仕事に対する満足と不満にそれぞれ影響するという考え方です。動機付け要因は仕事内容に起因し、満足感や達成感をもたらす要因(例:承認、責任、成長)です。一方、衛生要因は仕事の周辺環境に起因し、不満を解消する要因(例:給与、労働条件、会社の方針)です。
衛生要因の不満が解消されても、それが仕事への満足感やモチベーションの向上に直結するわけではありません。
・動機付け要因が満たされなければ、人は仕事に満足せず、成長意欲も持ちにくいとされます。従業員の真のモチベーションを高めるには、衛生要因で不満を解消し、動機付け要因を充実させることが重要です。このため、従業員満足度調査を行う際に、動機づけ要因と衛生要因に分け、会社の対応を検討します。中小企業の経営資源は、当然ですが大企業と比べると限定的ですので、ニュースで見るような大企業が行っていることを同じようには出来ませんし、従業員が求めること全てを対応することは出来ません。
・前述の『②「人事制度・評価制度に対する信頼感」が高いと、「この会社で働いても大丈夫だ」という会社に対する信頼の獲得に直結します。』、の通り、中小企業の皆様からは、人事評価制度の構築や改善についてのご依頼が増えています。中小企業の社長の皆様も、すでに人事評価制度の信頼感が従業員のモチベーションアップに直結することに気付いている、それを実感しています。私が長年に亘り、総務・人事に関わり、ベンチャー企業での組織構築・人事評価制度設計にも携わり、今でも組織の採用・人事・評価などに関わっていますので、具体例を交えながら、様々な支援をさせて頂いています。人事評価制度についてはあらためてお話したいと思います。
■従業員のモチベーションを上げるには
・福岡県内全ての商工会で「従業員の確保と活用による生産性向上セミナー」の講師を担当した際に、従業員のやる気アップについてもお話をさせて頂き、中小企業の社長から、どうすれば従業員のモチベーションを高めて、生産性向上が出来るのか、利益を上げられるのかという、多くの声をお聞きしました。
・従業員モチベーションを上げるには、給与を上げればよい、逆に言うと給与を上げなければ、モチベーションを上げることは出来ない、そのような声もお聞きしました。
・しかしながら、厚生労働省のデータによると、人材育成に積極的な取り組みを示した場合には、労働生産性や従業員モチベーションがアップするとされています。(出典:厚生労働省)これは、従業員が会社から大事にされていると実感することと業務上の能力が向上することとの両面があって、単純に給与を上げるのではなく様々な角度からの従業員モチベーションアップの方法があります。
■組織風土改善の事例
・従業員モチベーションアップの方法として、組織風土改善があります。会社全体に活気がみなぎる会社、おとなしい会社、社風はそれぞれで、業種や職種にもよって様々です。トップダウン、ボトムアップ、色々な組織があります。
・東京駅(JR東日本管轄)の新幹線ホームは、1日最大400本を超える列車が発着する日本最大級のターミナルです。列車が到着してから、折り返し列車が発車するまでの時間は通常12分。4カ所ある乗り場からは、最短3分間隔で列車が発車していきます。この短い時間に最大17両ある車内の清掃を行うプロフェッショナルが、JR東日本テクノハートTESSEI、通称「TESSEI」の東京サービスセンターの人々です。1本の列車を原則23名のチームで担当し、わずか7分間で客席からデッキ、トイレまでをきれいにしていきます。見事なチームワークは「7ミニッツ・ミラクル(7分間の奇跡)」とも言われ、小学校の教科書にも載っています。(出典:トレタビ、写真も)
・かつては「3K(きつい、汚い、危険)」の職場とされ、離職率も高かった状況から、清掃業務を「おもてなし」というサービス業へと再定義し、従業員に仕事への誇りを持たせることに成功しました。また、顧客からの感謝の可視化: 乗客が清掃員に拍手を送ったり、感謝の言葉を伝えたりすることで、従業員は仕事へのやりがいを感じ、モチベーション向上に繋がりました。
■従業員に任せた事例
・私のお客様で食品関係の製造業の事業者様で、従業員は約30名、パート職員も多く、社長が工場長を兼務していました。社長は、営業も技術もそして製造現場の工場長も兼ねて、多忙を極めていました。どうしても工場の製造現場に目が行き届かなかった部分もあったのでしょう。工場の従業員に製造ミスが散見され、残業が多くなり労働生産性が低下して、利益を圧迫する状況となっていました。
・ここで支援に入らせて頂いて、3点の改善施策を実行していきました。製造ミスに関する製造手順を「見える化」してロスを削減すること、製造原価を把握する原価計算と標準的な原価をあらかじめ把握する標準原価計算を導入して原価分析を行うこと、そして、成長見込みを感じる従業員へ工場責任者を任せる権限委譲を行うこと。
・従業員へ工場責任者を任せたことにより、その従業員のモチベーションを上がり、他の従業員にもモチベーションが波及していきました。イレギュラーかもしれませんが、工場責任者を2名選任して、残業時間の管理と生産性向上について競わせる体制としたことが良かったようです。この2名の工場責任者は良い関係性を保ち切磋琢磨して、工場従業員を牽引する存在へ成長していきました。
■従業員のやる気を高める人事評価制度
なかなか人材採用が出来ない、良い人が定着しない、頑張っていた従業員ほど辞めていく、中小企業の社長からそのような声を聞くことがあります。人材採用を積極化する場合には、どれほどの人数を採用するのか、専門性がある職種なのか、など多様な観点から人材採用戦略を構築することが必要です。また、これは人材戦略の両輪なのですが、人材採用と共に大事なのが、現有戦力すなわち雇用している従業員の専門性を高める、業務スキルを上げる、モチベーションをアップする、これらもとても大事な事です。
その中で、今回は、従業員のモチベーションアップに繋げる人事評価制度についてお話をしたいと思います。
1.従業員のモチベーションが上がるとどうなるか
・従業員のモチベーションが上がると、仕事に意欲的に取り組むため、集中力が高まり効率的な業務遂行が可能になります。これにより、同じ仕事でも、早くできるようになる、質が高まる、ことになり、更には難易度の高く付加価値の高い業務へシフトできる、こうなると労働生産性が高まっていきます。
・加えて、モチベーションが高い従業員は会社へのエンゲージメントが高まり、長期的に貢献する意欲が強まるため、優秀な人材が定着しやすくなり、離職率が下がります。そのため、熟練技術力の蓄積に繋がり、製品・サービスの質の向上や短納期への対応など、顧客ニーズへの対応力も高まります。
2. 人事評価制度で従業員のモチベーションアップ
・最近、人事評価制度を改善したい、又は新たに人事評価制度を作りたい、そのような中小企業の社長からのご要望が増えています。私は従来、人事評価制度を作る必要があるのは、少なくても社長を含めて7名以上の組織体制になってから、とお伝えしていました。その理由は、人事評価制度を維持するにはそれなりの業務が発生すること、組織階層が整えられ、それぞれリーダーが2名の部下を持つ2チーム制で3人×2チームの6名に社長を加えた7名、としていました。
・しかしながら、私の想定よりも、中小企業の社長が感じている危機意識が強いようで、2~3名でも新たに人事評価制度を作りたいとのご要望の声があります。その理由は、ひとつは将来の規模拡大に備えるということですが、もう一つは人数が少なくても公正な人事評価を行い、従業員のやる気を高めたい、そして利益を上げていきたい、ということでした。まさに素晴らしいお考えと思います。また、ある美容室の経営者は、優秀で顧客が付いている従業員ほど辞めてしまう、一方で、そのくらいの従業員に育ってもらわないと自社としても業務が回らないとお話されていました。評価と育成に注力されている経営者です。
・別の事例で、人事評価制度が既にあるが機能していない、使っていないという声もあります。どこか別の会社で使っていた人事評価制度が良さそうなので、同じものを入れてみた、良さそうなシステムがあるので導入してみた、それで結局は自社に合わずに使っていない、こういうことでした。人事評価制度は基本ベースがあるものの、自社の実情に即した制度で無ければ機能しません。
3.従業員のモチベーションを高める人事評価制度
・そのため、人事評価制度はオーダーメイドとなります。例えば、ジョブ型というのが流行っている、では導入しようとしても、自社に合っていれば良いですが、なんかしっくりこないというケースもあるでしょう。
・従業員のモチベーションアップに繋げる人事評価制度の構築で大事な視点は、社長の好き嫌いで判断するのではなく公正な評価軸を持つことで、従業員が公正に評価されていると感じることが大事です。そして、好き嫌いではないのですが、社長が重視する価値観は大切な評価軸に成り得ます。その価値観が従業員の行動指針となり、会社の存在意義にも繋がっているものと思います。それらを実現する従業員になってほしいというメッセージは発信して良いと思います。
・したがって、人事評価制度を設計するには1年程度は少なくても要することが通常です。簡単に当てはめるだけでは、なんかしっくりこないとなってしまいます。また、人事評価制度は出来て終わりではありません。それをPDCAサイクルで改善・運用する仕組みづくりが大事です。
■人材採用戦略を考えましょう
・人材募集を出して、すぐに応募が来て良い人が採用できる会社は恵まれています。これまでに人に関する取り組みを進めてこられたのだと思います。
・一方、なかなかうまくいかない会社では、人材採用を全社的な課題と位置付けて、人材採用戦略を考えていきましょう。
・人材採用戦略には、大事なポイントは3つあります。
① 人材採用の基盤づくり
② 応募したいと思える仕組みづくり
③ 入社後に安心して働ける環境づくり
の3つです。
これらを人材募集に際して一体的に可視化することは、求職者への訴求にも繋がります。
それぞれを見ていきますと、
① 人材採用の基盤づくりは、会社が求める人材像を明確にした上で、今回募集する人材像を設定します。これにより、選考基準を明確にすることができますので、採用ギャップを低減することに繋がります。
② 応募したいと思える仕組みづくりは、人材募集の情報発信媒体での戦術・工夫を考えます。採用条件の明確化はもちろんですが、先輩従業員の声を載せるなどの工夫もあります。
③ 入社後に安心して働ける環境づくりは、人事評価制度、人材育成制度など、入社後に成長を実感できる環境づくりも大切です。