受付終了
新作公演『ちょうどいい入り口』の出演者、および制作助手を募集します
受付終了
新作公演『ちょうどいい入り口』の出演者、および制作助手を募集します
演劇作家の加茂慶太郎です。
8月に開催する新作公演『ちょうどいい入り口』の出演者を一部募集いたします。
募集によせて、本公演に込める思いをしたためました。
長い文章ですが、募集要項とあわせて目を通していただきたいです。関心をお寄せくださる方とお会いできることを楽しみにしています。
この公演は、いくつかの挑戦をしています。
それを一言で表すならば、「演劇の持続可能性を模索する」ことです。
それは、金銭的・体力的コストを可能なかぎり下げることから始まります。
今回の公演は2日間劇場を利用し、3公演実施します。高い目標ですが、150名の動員を目標としています。金銭コストを下げるべく、できるだけコンパクトなスケジュールで劇場を押さえています。また、通常は週末におこなわれることの多い演劇公演ですが、今回はあえて平日(火・水曜日)におこないます。私は今後も福岡市を拠点として演劇をつくっていきたいと考えていますが、収容人数50〜100名程度の会場を2日間押さえようと思うと、土日を希望通りに予約することは難しいのが現状です。平日でも問題なく、土日と遜色ない動員数で公演を開催できるようであれば、今後の活動の選択肢に幅が生まれます。今回の公演でそれを試してみたいと思います。「土日では観ることができない」というお客さまにご覧いただける機会としても前向きに捉えています。
さらに今作では、演劇で一般的に用いられる、音響・照明による演出をおこないません。
これは、コスト削減の意味合いもありますが、私の志向する作風によるところが大きいです。のちほど詳しく記します。作りたい演劇が音響や照明の効果を必要としていないので、機材費や人件費を削減することができます。
これらによって、チケット料金も下げることができます。
今回の公演は一般チケット2,000円、学生&U22チケット1,000円とする予定です。劇場でおこなう演劇公演のチケット相場からすると、怪しいくらい安価であるかもしれません。しかしこうして観客の金銭コストを下げることが、演劇の持続に繋がると考えています。演劇は劇場に行くまで、どんなものが見られるのか分かりません。映画もそれは同じですが、チケットは演劇のほうが高価です。そして相性や好みという要素も大きく、劇場を出ながら後悔した経験は、私自身一度や二度、いえ、100や200では収まりません。同じ作家や劇団の作品でも、別のものであればまた違った感想だったかもしれませんが、「もう一度観に行ってみよう」と思えるかどうか……。価格が低廉であれば、少しはその可能性も高まると考えます。逆に作品との相性が良かった場合には、チケットも安価であったならば、より一層嬉しい気持ちで劇場を後にできます。浮いた気持ちとお金で、さらなる良い体験をしていただきたいです。そして何より、作品が好みであったならば、また劇場で次もご覧いただきたいのです。
演劇は多くの人にとって「非日常」をもたらすものなのだと思います。
いつもより少しおめかしをして観劇に行く人もいるんじゃないでしょうか。壮大なドラマが見られる大きな劇場でも、出演者との距離が近い小劇場であっても、日常の時間から離れて劇的な時間に浸ることができる。それが演劇の、大きな魅力の一つだと思います。その非日常性を保ちつつ、もう少し演劇を日常に近づけることができないかと、よく想像します。ふらっと劇場に行けば観られる演劇があるとか、同じ演目を好きなときに観られるとか、そんなことがあってもいい。音楽くらい、とまではいかずとも、もう少し生活のそばにある存在としての演劇(観劇)があり得ないだろうか。これについても後述しますが、「日常的な非日常」みたいに演劇が現れることを私は夢見ています。
私は今後しばらく、このチケット価格を維持したいと考えています。そして持続可能性を模索した先で、まずは1ヶ月くらい、断続的に上演を続けるロングラン公演をやりたいと思っています。気に入った公演を、また劇場で日を置いて体験することができる、誰かを連れて行くことができる、そんなふうにできれば、より持続可能性が高まっていく。生活に少し近づいた演劇ができると考えます。
話を移して、演劇そのものについての私の考えを述べます。
「劇場に行く」こと、「そこで(他の人と)時間を過ごすこと」が演劇の根幹です。演劇とは、そのうえで起こる“できごと”の一つであって、舞台上にあるもののみを指すのではないと私は考えています。
もちろん舞台上には人がいて、その人は動いたり喋ったりするし、それによって場面が連なっていきます。それを観ている人、観客はそのあいだ、想像力を駆使しています。どんな演劇も、観客の想像を頼りに作られているはずです。観客は、信じたり疑ったり、そこに物語性を見出したりしながら上演を見ます。出演者は、特別な技術や雰囲気を持っているかもしれませんが、(観客と同じように)生活のある人間です。そんな人が目の前で、決められたとおりに喋ったり動いたりしているだけだったりするのに、あたかも“そう”見えたり感じられたりする。そこには、フィクションが生じています。それを私は演劇と呼んでいます。演劇を“できごと”だと私が言うのはそのためです。私はこれまで観客として、泣けたり笑えたり、大きな気づきを得たり、普段悩んでいたことが急に解決したり、今まで気になっていなかったものが気になりだしたり、好きだったものが嫌いになったり……といろいろな体験をしてきましたが、観劇によって起こるそうした変化は、舞台上にあるものと観客一人ひとりの想像がかけ合わさって生まれる、とても個人的なものなのです。だから同じ作品を観ても感想が人によって違うのは、あたりまえで自然なことです。
どうしても、「観る」という行為は、何かを一方的に受け取るような行為と思えてしまいやすいですが、演劇は、実は観客の能動的な行為によって生じています。舞台上のものはそのきっかけにすぎません。演劇は観客のものだと、私は思っています。
主導権が観客にあること。私はそれを大切にしたいです。私が観客だとして、私は、私の想像する自由を舞台上のものに奪われたくない。私の見たいように見させてほしいと思うのです。なぜならお金を払って観に行っているのは自分であって、客席に座っているのも、観ているのも自分だからです。当たり前に自分の時間として過ごせて、そのうえで体験を持ち帰れることを望んでいます。それは極論、どんな演劇であっても可能なことですが、なかなか難しいことのように感じます。なぜならば、演劇(の主流)はこれまで、「観せる」方向に発達してきているからです。例えば客席を暗くして、舞台上のものに集中・没入できるようにする。出演者はリアリティある演技によって登場人物としての説得力を高め、見ている人にそう信じやすくさせる。音楽によってムードを高める、照明によって視線を抽出する、シーンを飛ばすことで物語を分かりやすくする……。そうした“演出”によって、私は「見せたい」ものを見せられている、受け身の感覚を覚えます。そんな状態であっても、主導権を握っているのは実は観客なのですが、私の場合はそれを実感することが難しい。私はもっと、観ている自分の時間として過ごせている感覚がほしい。これは、もしかしたらすごく変わっていることなのかもしれません。きわめて個人的な願望だと思います。
転じて、それが演劇のつくり手としての個性になるわけですが、私は、演劇の「観せる」チカラを極力放棄して作品をつくりたいと思うのです。客席は暗くなりませんし、いいタイミングで音楽が流れることもないです。シーンも飛びません。出演者が登場人物を“演じる”こともないし、“物語”を舞台上に用意することもないです。それでも演劇を起こすことはできると考えています。むしろ、そうして初めて純粋な演劇を味わうことができるとすら思います。いまの(主流な)「観せる」パワーをもった演劇は、演劇の進化系の一つです。それとは別の方向に、「観せない」方向に進化する余地がまだあるのではないか。それを探りたいという気持ちもあります。昨年からこの気持ちをもちはじめ、すでに何作か発表していますが、今なお挑戦しているまっただ中です。
どのようにしてそういう作品をつくるかというと、とにもかくにも出演者が「演技をしない」というところから始まります。舞台上で出演者は喋ったり動いたりしますが、それを演技、つまりは自分“ではない”誰かを演じることにはせず、自分“でもある”誰かとして、喋ったり動いたりするという行為のままに扱います。それを、私は広い意味で「振付」と捉えています。クリエイションでは「振付」をつくっていき、それを組み合わせて構成し作品とします。出演者は、上演当日リアルタイムにその場に存在し、その場で行為を実行します。出演者も人間なので、そのあいだ何かを感じたり、意識したりします。それはきっと存在に現れます。同じ振付であっても人によって踊りに差が出るように、ほうっておいても現れるものです。それをあえて「観せる」ことをしないことが重要です。
そして、そのような行為の羅列が、ただあればいいというものでもありません。観客の想像のきっかけにならなければなりませんし、一つひとつの行為にそれがおこなわれる説得力がないと、見続けること自体が苦痛になってしまいます。何がきっかけになるか、そしてどのくらいの説得力が必要かは観客一人ひとりによって異なると思いますが、そのバランスを見極め選択すること、すなわち演出することが作家としての私の頑張りどころです。これまで書いてきた「つくり方」はあくまで手法であって、このバランス感覚こそが作家としての個性であると思いますが、それは自分で簡単に言語化できるものではなく、しかしだからこそ、作品として表すのだと考えています。
今作では、「“人にそういう人だと思われたくない”イメージを言語化して、あえて自分の身に名札のようにつけてみる」という振付案を起点に、クリエイションを進めてみるつもりです。私の場合は、「不誠実」であるとか、いくつかの言葉が思い浮かびます。それを紙に書いて、例えばおでこの上に貼っつけて人と接してみる。自分はそこで何をしようと思うか、初めて出会った人がそのような状態であったならば自分は何を感じるのか、見知った人がそんな状態だったらそこに何を思うか、何をするべきか……。まだ分からないことだらけです。今回参加いただく出演者の方々とともに、振付を探っていきたいと思っています。
これまで頑なに「俳優」ではなく「出演者」と呼んでいるのは、私の作品の場合、出演する人が俳優である必要がないからです。演じることのプロフェッショナルでなくとも、行為を覚えることができれば、そして当日に高い集中力をもって存在・実行することができるならば、誰であってもよいのです。上手いも下手もありません。これもまた、「持続可能性」に繋がっています。
私の活動拠点である福岡市では、プロの俳優という存在はごく僅かだと認識しています。毎度そういった方々と創作できる保証はありません。そのような環境で、出演者の演技の巧拙に左右されずに作品の質を担保することができれば、作り続けることができると考えています。そして、俳優でない人でも演劇に出演できることは、「生活に演劇が近づく」ことの一助になると思います。
生活に演劇が近づくこと、それは私の願いであり、最近の活動におけるスローガンのようなものでもあります。
普段演劇を生業としている者の実感として、「多くの人にとって演劇は必要とされていない」と言ってしまいそうになるのですが、多分それは誤りです。福岡市でも、博多座やキャナルシティ劇場など大きな劇場での演目は完売しているものも多い印象です。演劇を観ている人はたくさんいます。でも、主語を「小劇場演劇」とした場合には、多くの人には必要とされていない気がします。それはこれまで、特に戦後の経済成長と技術革新の過程で、演劇の魅力が削ぎ落とされて解釈されていったことに起因すると考えます。「娯楽・教育・教養」以外の面がどうにも見えにくくなってしまった。それらは小劇場演劇にもできることですが、商業的な演劇のほうが得意としていることです。物語を無料でいくらでも観ることができる時代に、わざわざ劇場まで足を運んで観劇をすることは、やはり相当ハードルの高いことだと感じます。小劇場演劇は商業演劇と比べるとだいぶ手軽に作品をつくって発表できるぶん、当たりハズレも大きい。そのなかでますます、魅力を見出される可能性も下がっていったんじゃないでしょうか。そしてコロナ禍を経て、時間とお金の価値はそれまで以上に高まっていると私は感じます。少子化で人口がどんどん減っているのにコンテンツはどんどん増えている。人の趣味・嗜好はどんどん細分化していて、これから多くのものがどんどんニッチ化していくんだろうと予想します。「好きな人は好き」以上の地位までは望みませんが、演劇はまだまだ面白がることができるし、人間じゃないとできないこと、身体があるから楽しめることだからこそ、逆にこれから、ますます面白いと信じています。やがてはむしろ人々の熱中するものとなる明るい予感すら持っているのですが、その“やがて”を前に、見向きもされない時代を乗り越えることができずに力尽きてしまう筋書きが色濃く想像できるのです。「それならそれで、なくなってしまえばいい」とは、私は思えません。
そうならないためには、今よりも少しでいいから、生活に演劇が近づくべきだと思っています。魅力を見出される必要があるし、作る側の生活にも寄り添わないと続いていきません。作り手は、続けること、そして魅力に自覚的であることが重要だと感じます。
身体を丸ごと預けて、想像の時間を持つこと。それは、生活のなかであまりできることではないと感じます。演劇の魅力は、そこにあるのではないでしょうか。時間を区切って、「非日常」に身を置くこと。どっぷりと、主体的な想像の時間を過ごせることが演劇の根本的な魅力の一つとしてあると私は考えます。それを低価格で、柔軟性をもって提供することは小劇場演劇の得意分野です。そして私の仕事は、その魅力を損なわず、かつ最大限発揮することです。
たいへん長くなってしまいましたが、以上が、今作『ちょうどいい入り口』に込める作家・企画者としての思いです。作品内外で持続可能性を模索しながら、観客主体の想像の時間をつくり出すことを目指しています。
この公演に出演してくださる方を募集いたします。
関心のある方、面白そうとワクワクしている方とご一緒したいです。クリエイションや本番の時間が、観客にとってそうである(そうであってほしい)ように、あなたの余りある想像力を発揮できる、実り多きものであることを願います。そうなるよう力を尽くします。
加茂慶太郎
出演者募集要項
募集人数
若干名
募集条件
・演劇経験不問
・本番(8月26日(火)・27日(水))に出演できること
・応募締切時点で満18歳以上であること
・本要項の諸要件をご理解いただけること
・事務所や団体等に所属の場合は管理者の許可を得ること
小屋入り期間・本番
2025年8月26日(火)・27日(水) 両日とも10:00〜22:30
26日(火) 仕込み、ゲネプロ、公演
27日(水) 公演(2回)、バラシ
会場:ぽんプラザホール(福岡県福岡市博多区祇園町8-3)
2日間、スケジュールの確保をお願いいたします。仕込み、バラシに可能な限りご協力いただけますと幸いです
リハーサル
全40回程度、合計100時間前後を予定
5月中旬〜7月中旬:週2回を想定
7月中旬〜本番まで:週3回を想定
場所:福岡市内公共施設(博多区、中央区近辺)
出演者のスケジュールに合わせて柔軟に調整します。基本的に、出演者が全員揃う日のみ実施する予定です
出演料
出演料として¥30,000(税込、交通費込)を公演終了後にお支払いいたします
その他補足事項
・参加決定後、諸々の連絡はLINEにておこないます。座組全体でグループを作成いたします
・本公演で出演者の着用する衣装は、基本的に出演者自身の私物をご着用いただくことを想定しています
・本作品は、今後再演もしくは他地域での上演をおこなう可能性があります。そちらへの出演に関しては改めて相談をさせていただきます
応募の流れ
参加応募のメールをお送りください。
後日、面談を実施いたします。
すべての応募者と面談を実施したのち、出演者を決定いたします。
応募メール受付締切
2025年4月19日(土) 23:59
面談について
応募者と加茂慶太郎の二者による面談です。
オンラインでおこないます。所要時間は最大60分です。
・応募動機
・応募者と演劇との距離感、最近の関心ごと
などをおうかがいします。
メール送信先・内容
メール宛先:kamokeitaro.contact@gmail.com
メール件名:『ちょうどいい入り口』出演者応募
・お名前(活動名で結構です)
・所属(あれば)
・面談可能日、時間帯
4月14日(月)〜20日(日)(8:30〜24:00)の期間で、面談実施可能な日・時間帯をいくつかご提示ください
ご応募受付完了後、24時間以内に返信のメールをお送りします。
なお、こちら(kamokeitaro.contact@gmail.com)のメールが受信可能なメールアドレスからお申し込みください。
スケジュール
4月19日(土) 募集締切
4月20日(日) 面談終了(予定)
4月末 出演者の決定
出演者の決定にあたっては、年齢、性別等のバランス、また応募者の関心等を鑑み選考させていただきます。
ご応募いただいた皆さまへ、4月末日までに結果の連絡を差し上げます。
出演者および公演詳細の発表は5月下旬を予定しております。
本公演では、出演者の募集とあわせて、制作業務を補助いただく制作助手スタッフを募集いたします。
制作助手募集要項
業務内容
制作担当スタッフの業務を多岐にわたり補助していただきます。
(プレスリリースの作成・送付、公演情報サイトへの掲載、票券管理、フライヤーの発送・配架、当日運営等)
募集人数
1名
募集条件
・経験不問
・5月下旬から公演までの期間に福岡市近郊での業務(フライヤーの配架等)をおこなえること
・小屋入り期間(8月26日(火)・27日(水))に現地に帯同できること
・舞台芸術制作の業務に関心があること
・応募締切時点で満18歳以上であること
・本要項の諸要件をご理解いただけること
・事務所や団体等に所属の場合は管理者の許可を得ること
謝礼
業務の謝礼として¥15,000(税込、交通費込)を公演終了後にお支払いいたします
その他補足事項
・リハーサルへの参加は必須ではありません
・参加決定後、諸々の連絡はLINEにておこないます。座組全体でグループを作成いたします
・本作品は、今後再演もしくは他地域での上演をおこなう可能性があります。そちらへの参加に関しては改めて相談をさせていただきます
応募の流れ
参加応募のメールをお送りください。
後日、面談を実施いたします。
すべての応募者と面談を実施したのち、依頼させていただく方を決定いたします。
応募メール受付締切
2025年4月19日(土) 23:59
面談について
応募者と加茂慶太郎、および制作担当スタッフの三者による面談です。
オンラインでおこないます。所要時間は最大60分です。
・応募動機
・居住エリア、交通手段、稼働可能な時間帯など
・特に関心のある業務
などをおうかがいします。
メール送信先・内容
メール宛先:kamokeitaro.contact@gmail.com
メール件名:『ちょうどいい入り口』制作助手応募
・お名前(活動名で結構です)
・所属(あれば)
・応募動機(200〜300字程度)
・面談可能日、時間帯
4月14日(月)〜20日(日)(8:30〜24:00)の期間で、面談実施可能な日・時間帯をいくつかご提示ください
ご応募受付完了後、24時間以内に返信のメールをお送りします。
なお、こちら(kamokeitaro.contact@gmail.com)のメールが受信可能なメールアドレスからお申し込みください。
スケジュール
4月19日(土) 募集締切
4月20日(日) 面談終了(予定)
4月末 依頼させていただく方の決定
ご応募いただいた皆さまへ、4月末日までに結果の連絡を差し上げます。
ハラスメント防止ポリシー
わたくし加茂慶太郎は、公演関係者の心理的・身体的安全性の担保されたクリエイション、および公演運営をおこなう意志があります。稽古場に限らず、SNSや連絡ツール等の場面を含めた本公演にかかる全ての言動において、暴力を振るう、強い口調で威圧するなどの攻撃的な態度をとることは決してありません。他者の尊厳を傷つけることのないよう配慮を徹底します。また、関係者がいつでも相談できる相談窓口を設置し、クリエイションの初回において、ハラスメント相談員によるレクチャーおよび関係者一同での意見共有の場を設けるなど、ハラスメント防止策を講じます。
応募にあたりご不明な点は、どうぞお気軽にお問い合わせください。
問い合わせ先:kamokeitaro.contact@gmail.com
4月15日追記
表記の修正
文意の重複により誤解を招くおそれがあると判断したため、各募集要項に記載のあった「・稽古場・公演会場への交通費はご負担いただきます」の文言を削除いたしました。
募集内容・条件等に変更はございません。