癌治療の世界の黎明

癌治療の世界の黎明

日本は世界一のがん大国


私は半世紀にわたってがん患者さんを診てきました。近年明らかにがん医療が大きく変化しています。

欧米では、死因の第一位は心臓病ですが、わが国では、1981年以来がんが第1位です。がん総死亡者数は半世紀で4倍にも増加し、年間37万人ががんで亡くなっています。欧米ではここまで増加してはいません。

この基本的原因は日本人が世界トップクラスの長寿のためで、がんが老年病だから死亡の絶対数が増えているのです。欧米では大体3人に1人ががんになりますが、わが国では、男性の62%、女性の47%ががんになりますから、半分以上です。間違いなく日本は世界一のがん大国です。

我が国では大腸がん乳がんや卵巣がん、前立腺がんなど西洋型がんの増加が見られます。逆に胃がんや肝がんなど日本型がんが減少しています。背景にライフスタイルの変化があり、特に食生活の西洋化が指摘されています。日系米国人やブラジル人のがん死因を見ると、西洋型のがんが現地人並みになり、特に食生活因子の大きさが示唆されています。やはり遺伝よりも環境なのです。




水上治がんシリーズ2

がん予防10か条


がんは治療するより、発病そのものを予防する方がよいことはいうまでもありません。またその方が医療費そのものも少なくて済みます。近年の医学の進歩により、がんが予防可能であることがわかってきました。

2007年に世界がん研究基金とアメリカがん研究財団が、がん予防に関する勧告を発表しました(食物、栄養とがん予防:世界的展望)。この報告書は517ページにわたる膨大なもので、引用文献5000近く、がん予防に関する最新情報が書かれています。その後定期的に追加情報が出ています。

今月は、私がバイブルにしているこの文献を参考にしながら、国立がん研究センター研究所などの勧告も加味し、日本人に合うように10か条にしてみました。



第1条 穀類・豆類・いも類・海藻を豊富に食べ、総摂取エネルギーの45~60%にする。1日に600~800グラム(調理した量)、または7皿以上。これらはなるべく精製度の低いものが望ましい。砂糖からのエネルギーは、総エネルギーの5%以下に抑える。

これらの食品をよく食べている人にがんが少ないことが知られています。日本食はこれらの食品が豊富ですから、なるべく日本食を心がけるといいのです。精製度の低いものとは、玄米・胚芽米・玄麦パンなどのことです。砂糖は炭水化物食品の中でも、特に吸収がよく、とり過ぎると害がありますが、がんとの関係は不明です。

第2条 野菜・果物を豊富に食べ、これから総エネルギーの7%以上を摂取する。1日当たり400~800グラム、または5皿(1皿は約80グラム)以上の多種類の野菜や果物を食べる。

野菜・果物には、カロチン・ビタミンC・E、亜鉛・セレン・銅・マンガンなどのミネラル、フラボノイドなど、がんを防ぐ栄養素が豊富です。野菜・果物は、あらゆるがんの発生を抑制します。必ずしも緑黄色野菜にこだわることなく、どんな野菜でもいいですし、どんな果物でもいいですから、たっぷり食べる習慣をつけて下さい。果物の摂り過ぎは、そのまま加工しないでとる限り、肥満や高血糖や高中性脂肪血症などを起こしません。果物はむしろ体重を減らします。

尚、近年注目されている防がん食品として、キノコ類、ニンニク、ナッツを意識的に摂るようにしてください。

第3条 肉類は週に500グラム以下にする。肉よりは魚や豆などのほうが勧められる。

肉食の多い人に、大腸がん・膵臓がん・乳がんなどの、西洋型のがんが多いことが知られています。日本でも、これらのがんが増えており、食生活の洋風化が原因と考えられています。

昨年度の日本人平均肉摂取量は、80グラムであり、これ以上増やすべきではありません。肉より魚や大豆などの豆類を食べる方が危険は減ります。

和食がおすすめです

第4条 脂肪は肥満しない程度に。動物性脂肪は少なめに、リノール酸を減らし、オレイン酸を増やす。オリーブ油やカノーラ油が一番お勧めできる油である。

動物性脂肪は西洋型のがんを増やすので、あまり摂らない方がいいのです。植物性脂肪の重要な構成成分であるリノール酸は、容易に酸化されて過酸化脂質となり、これはがんを促進しますので、お勧めできません。

オリーブ油の主成分オレイン酸は、加熱でも酸化されにくくよりよい脂肪酸です。実際、オリーブ油をよく摂る人は、そうでない人よりも、乳がんなどの発生が少ないという報告があります。ただし過剰の油は肥満を招き、第5条に抵触する恐れがあります。

第5条 BMIを18.5∼25に維持し、成人になって5キロ以上体重を増やさない。【BMI=体重kg/(身長m)2】

肥満の人はがんにかかりやすいことが知られています。

この理由は、簡単に言えば、がん細胞が栄養過多の方が肥えていきやすいからです。がんにかかりたくなければ、食事と運動に気をつけ、適正体重にコントロールしましょう。


第6条 速歩か同程度の運動を1日1時間、週に最低1時間活発な運動をする。

長年有酸素運動をしている人は、いろいろながんにかかりにくいのです。ある研究では日頃の歩行で、がんの危険が半分以下になりました。これは、運動が免疫力を上げることと関係しているようです。運動によって体内に活性酸素が増えるので、かえって運動は有害であるという意見がありますが、運動によって一時的に活性酸素が増えたとしても、それを処理する酵素が働いて体に害を及ぼしにくいようにしてくれるようです。

こまめな体の動かしも軽視できません。料理、庭いじり、掃除、洗濯などもトータルな運動量を稼げます。

近年の研究によれば、筋トレで筋肉量を増やすことも、がん予防に役立つ可能性が高いので、腕立て伏せやスクワット程度は週2-3回心掛けましょう。歳をとっても、県肉量をできるだけ維持してください。

第7条 タバコを吸わない。

タバコの煙には、多数の発がん物質が含まれています。また、タバコはがんの促進因子でもあります。

いうまでもなく、日本は世界有数の喫煙大国であり、そのために、特に男性の肺がんが激増しています。

筆者は喫煙する自由を認めますが、問題は受動喫煙です。タバコの副流煙(タバコの先から空中に漂う煙)の方が発がん物質が多く、そばの人をがんに引き込みます。ある報告では、男性が喫煙している場合、その妻は2倍肺がんになります。

美味しい空気を吸いましょう

第8条 アルコールを摂らない。

どうしても飲む場合は、男性は2ドリンク以下、女性は1ドリンク以下に抑える。1ドリンクとは、ビールなら大きめのグラス1杯(250ml),ワインならワイングラス1杯(100ml),ウイスキーならシングル(25ml),日本酒ならお銚子半分(90ml)くらい。従って、男性では平均して日本酒は1日1合、ビールなら中びん1本。

アルコールががんの促進因子であることはあまり知られていません。

アルコールが人をリラックスさせる効果があることは認めますが、どうしても度を超して飲んでしまう人が多すぎます。上記の量で止められる自信がなければ、アルコールは止めましょう。「君子危うきに近寄らず」、です。

一杯だけです

第9条 生きがいを見つけ、ネットワークを大切にする。

人の生き方ががんの発生に関与しているという報告が多数あります。生きがいを家族、仕事、趣味、ボランティア活動などに求める生き方が、がんを防ぐのによいのです。

ネットワークの中で生きている人は孤独な人よりも、がんになりにくいのです。日本人が世界でトップクラス長生きなのは、人とのつながりを大切にしてきたからだということが分かってきました。

東京でも独居率が5割に近づいています。若い時から自分に合ったネットワークの構築に勤めましょう。

第10条 がん検診を受ける。

日本人は、大腸がん検診、乳がん検診は欧米の半分近くしか受けていません。肺がん検診、胃がん検診、子宮頸がん検診なども受けるようにしましょう。

私は長年がん検診に従事し、多くの早期がんを発見し、命の恩人と感謝されてきました。米国では、大腸がん検診受診者が多く、大腸ポリープの段階で内視鏡で切除するため、大腸がん自体の発生が、この35年で4割も減りました。難治とされる膵臓がんの早期発見法もわが国で分かり始めました。

医学は進歩していますから、ぜひがん検診を受けるようにしてください。

自分のライフスタイルの中で、不十分な点を吟味し、補強しましょう。


これらの10箇条をできるだけ守るようにすれば、がん死の大半を防ぐことができるように筆者は考えています。

1~9条で2/3は発がんを防げるし、なっても検診でがんを初期で見つければ、9割治るからです。

今までに多数のがんの患者さんとお会いし、この10箇条をきちんと守っている人は全くいませんでした。