動機と背景

この研究の動機は主に3つ

1)豪雪帯の場合、冬季に寒さや飢えで死亡する哺乳類は少なくないわけなのですが、(降雪により死体が一度雪に埋まった後、地上に現れるはずの)融雪期にそうした死体がみられることはまれ(私の経験上)。消えてしまった死体はどこに行ってしまったのでしょうか?・・・研究開始当初の素朴な動機

2)死体は死肉食者(「スカベンジャ」と言われ、哺乳類や鳥類が該当します)にとっては紛れもなく餌資源。そして、冬季においてコンスタントに得られる餌資源の可能性アリ(死体探知能力がある種にとって)。もしかしたらそうした資源って多雪地生態系にとって不可欠な要素なのでは!・・・ちょっと専門的な動機

3)死肉食者として最も活躍するクマ類は冬眠中。目で餌を探す猛禽類は雪に埋まった死体を見つけられないかも。では、誰がどうやって死体を消費するのでしょうか?・・・死肉食について少し勉強し後に出てきた動機

方法

結構シンプルで、大まかには以下の手順

  1. 2010年から2020年にかけて、イノシシ(肉片)、ハクビシン、ウサギ、ニホンザル、タヌキ、ニワトリ(肉片)を白神山地各所において厳冬期に設置。ただし、すぐに持ってかれないように麻ひもで死体は固定

  2. 少なくとも調査開始時点において、雪に埋もれて死体が見えなくなるような条件に統一

  3. カメラトラップを複数設置して、死肉食をしにやってくる動物(スカベンジャ)をとらえる


主な成果

  • 肉片しか用いなかった実験を除き、ほとんどの死体は完全に消費され、実験に用いた大型死体であるサルでも平均28日で完全に消失

  • スカベンジャとして優れた能力を持っていると考えられている鳥類は本研究でも7種確認したが、雪で埋まったエサは効率的に探知不可能 ⇒哺乳類が食べた跡(すなわち多少は雪上に肉片が見える状態)になってようやく見つけられる

  • タヌキとテンが圧倒的に高い頻度で死体を消費していき、発見に要する時間も短い(実験開始から90時間ぐらい ⇒死肉食を専門とする種(obligate scavengersと言います。ハゲワシなど)のいる生態系と大差ない

  • サルの死体はスカベンジャに人気が高い(死体サイズが大きいことが要因かもしれません。もっと研究は必要でしょうね)⇒集まるスカベンジャの種数と個体数が最多

  • 雪で埋まると死体が凍らないというのが、こうした効率的な死体消費の鍵の可能性 ⇒氷点下にならない雪中では腐敗が多少は進むので、臭い情報は出され続ける。ちなみに、完全に死体が凍ってしまうと、スカベンジャも(文字通り)歯が立たない、と言われています(ポーランドにおける研究事例アリ)

  • (思いがけない偶然の発見として)タヌキがタヌキの死体を採餌 ⇒通常、種内捕食(カニバリズム)は見られない現象だが(同種であれば感染しやすい病気もあるだろうから)、飢餓状態であればしてしまうのか・・・

  • 【まとめ】冬季における死体という資源供給は、多くのスカベンジャにとって約束された資源 ⇒「日和見的に見つけたら食べる」のではなく、積極的に採餌戦術に取り入れている可能性がどうやら高そう。寒冷豪雪を必ずしも得意とせず冬季死亡率が相対的に高い可能性のあるサル(の死体)は、こうしたスカベンジャ・ギルドを支える有益な資源になっているのかも⇒サルが提供しうる生態学的な役割の一つとして見なせるのでは

※本論文はオープンアクセスですので、どなたでも読むことができます。こちらから

昼間もたまに現れるテン

タヌキ・テンの取りこぼしを狙うクマタカ

時に集団で採餌するタヌキ

後記

細々と進めていた研究課題だったため、着想・研究開始から、論文化までなんと10年以上。

死体(ほとんどがロードキル)を集めるのもなかなか難航したのもその原因の一つ。数多くの方々にご協力いただきました!

サンプル不足で今回紹介しきれなかった哺乳類種の死体実験の結果もあるので(そこにも興味深い結果アリ)、こちらは将来公開を目指します。

論文化の際に、スイスの研究者であるマークス・クラウスさんに、非常に建設的なご助言頂き、研究の発展方法までもご紹介頂きました。本当にありがたいです!

大学からの支援話もあったため、今回は思い切ってオープンアクセス権(著作権は自分持ち)を購入しています。誰でもアクセス可能ですので、幅広い方々に見ていただければありがたいです。

豪雪に生きる哺乳類のたくましさをあらためて理解する研究になりました。