この研究の動機と背景

1)生態系エンジニア(生息地の生物・物理環境を変化させることができる生物種)としての霊長類に関する議論は徐々にみられるようになったものの、その多くは種子散布に紐づけられるもの。しかもそれらの研究のほとんどは熱帯か暖温帯が対象地(たとえば、Chapman et al. 2013. Int. J. Primatol. 34:1-14のレビューが参考に)。「種子散布以外の霊長類の機能とは?」、「熱帯・暖温帯以外では何らかの機能を果たせるのか??」といった疑問が・・・生態学的な動機と背景

2)ニホンザルはしばしば害獣として扱われ、2013年の政府による加害群半減計画以降、徹底した捕獲が各地で実施されている。その中で、「絶滅はまずいけど、できるだけいないほうがよい」という世論が高まりつつある。ただこの議論において、ニホンザルが生態系で果たす役割についてはほぼ考慮されていない。「サルが森から消えると、何が起きるのか」については、もっと知っておく必要がある・・・生物保全上の動機

3)私の研究の原点である、白神のサルについてもっと知りたい・・・きわめて個人的な動機

研究の流れ

  1. 多雪帯に生息するサルの採食が植物に及ぼす影響【植物個体レベルの影響】:ここではサルの葉食と樹皮・冬芽食が植物個体にもたらす影響を、サルの採食を人為的に再現した実験により評価。サルの採食頻度が高いブナ・ホオノキ・ウワミズザクラ・ミズキ・アオダモ・ヤマグワ・コシアブラ・ハリギリ・タラノキの9種を対象に4年間、個体成長と枯死の有無をモニタリング

  2. 多雪帯に生息するサルの採食が植物に及ぼす影響【植物群集レベルの影響】:樹木への影響がより大きいことが予想された樹皮・冬芽食が植物群集に及ぼす効果を評価。ここでは①サルの採食頻度が高まりやすい環境条件の特定(10m×10mのサンプリングプロットを52個用意し、環境条件を評価)、②採食圧が高かったプロットと、低かったプロットで、それぞれそこに成立した樹種構成を評価。これら2つの評価に際して、サルの採食樹木の選択性(2012年から2020年にかけての食痕カウント調査をもとに算出)を加味。

  3. 上記の調査は、いつもどおりに白神山地。


※研究概要は2022年の生態学会でポスター発表しました。こちらでみれます。


主な成果

  • 葉食にしても、樹皮・冬芽食にしても、枯死に至る影響は限定的(20%以下)で、枯死がみられたのはパイオニア種のタラノキぐらい。

  • ただし、葉食は、樹高成長・シュート数に負の影響をもたらしやすい。ただ一方で、樹皮・冬芽食は補償成長(食べられることで逆に成長が促進される)が確認される樹種も。

  • 豪雪期のサルの採食場所選択は、好適な餌資源の量とは独立に決定される⇒行動制約要因のほうが強く作用している(これは以前の研究でも示唆されました)

  • 植物群集に及ぼす影響として、群集の多様性やバイオマスの低下はもたらさないものの、サルが好む樹種が増加する傾向がみられる

  • どうやら、雪によってサルの採食圧(すなわち攪乱)が適度にコントロールされることで、植物群集をサルにとって都合が良いように徐々に変化させていく、と解釈できそう ⇒ 生態系エンジニアとしてのサルの機能の検出

ブナの採食痕

クワの採食痕

豪雪地の白神山地

後記

白神山地で長年継続していたルーティン・ワークを論文化した成果。10年ちょっと前に、ヤマグワのみを対象に議論した内容を、いろいろな樹種、さらには群集レベルに広げてみました、という内容です。

ひたすら夏山を歩いて毎木調査、ひたすら冬山をスキーで滑って食痕調査という、極めて単調な作業。結構しんどい調査でした(まあ、辛いのは「いつもどおり」なわけですけど)。

長期調査でしか見えてこない成果を出せたという意味で、白神にこだわってよかった、といったところです。


論文のPDFはお渡し可能です。お気軽にお問い合わせください。

PS 初期版は計算式に編集ミスがあり(しかも結構たくさん・・・困ったものです)、2021年8月17日に修正版が掲載されました。それ以前のものにはエラーがありますのでご注意ください