ニホンザルの分布回復がもたらす被害リスクを評価する

Enari & Suzuki (2010). Risk of agricultural and property damage associated with the recovery of Japanese monkey populations.

Landscape and Urban Planning, 97, 83-91.

リスク評価

はじめに

東北に生息するニホンザルは、明治から昭和初期にかけての乱獲や大規模な森林破壊により、各地で地域絶滅しました。その結果、その生息分布は依然として孤立・分断しており、環境省のレッドリストにおいて「絶滅の恐れのある地域個体群(LP)」に指定されている地域もあります。一方で、地域住民から、サルは農業・生活被害をもたらす「害獣」として認識されている場合が多いのも現状です。

そこで、本研究では、「猿害リスクの最小化」と「本種の分布回復」という2つの目標に対する合理的な解決策を模索することを目的に、広域スケールの猿害リスク評価を実施しました。

方法

当該リスクは、各市町村の「サルの接近可能性」と、「被害に対する脆弱性」の2つの指標から評価しました。接近可能性は「ニッチ因子分析による生息地適合性」の逆数 (すなわち「生息地不適合性」) を利用したコスト距離、被害脆弱性は地理的条件による被害発生のしやすさ(主に林縁からの距離)をもちいて評価しました。

結果と考察

その結果、ニッチ因子分析から、北東北の広い範囲でサルの潜在的生息地が多く残されていることが示され、今後加速度的に分布回復が進行することが予見されました。一方で、これから新たに猿害発生が予期される市町村は、今現在猿害が発生している市町村より、被害に対する脆弱性が高いことが明らかとなりました。

この予測結果は、今後サル分布回復に対して予防的対処を講じない場合、被害問題が更に深刻化することを意味します。そこで、この研究から作成された猿害リスクマップにより、猿害問題の深刻化を効率的に抑制するために必要とされる予防的対処を優先的に実施すべき地域を特定しました[左図]

本研究で開発した「猿害リスクの可視化」は、「潜在的な猿害被害者 (将来的に猿害を被ることが予測される住民) 」を含めた多様な利害関係者間のリスク・コミュニケーションの活性化に寄与し、予防的対処を講じるための合意形成に貢献できると考えられます。

後記

この研究は博士課程の研究後にはじめて行ったものでした。

もうちょっと込み入った経緯を紹介しますと・・・

博士を飛び級で修了させようとした結果あえなく失敗しました(正直なところ、かなりショックでした)。

博士論文は2年目にすでに書き上げていたので、博士3年目の空白の一年間をどう過ごすか悩んでいたところ、当時着任されたばかりのK先生からのご推薦で、北海道のNPOに修行のために滞在し、その際に景観生態学(GIS)のいろいろな知見と技術を学ばせていただきました。

その結果生まれたのがこの論文。もう一つの卒業論文といってもよいでしょうね。