エリーゼのために大分析
昔から ピアノ少女(少年)の心を魅了してきた「エリーゼのために」。
その魅力とは・・・? 音楽的な内容は・・・?
さあ、今こそ その素顔に迫ろうではないか!
1.エリーゼって誰?
長い間、謎の女性「エリーゼ」は、この曲が作られた頃にベートーヴェンとつき合っていたテレーゼ・マルファッティという 18才の少女ではないかというのが定説になっていました。
当時 39才だったベートーヴェンは、テレーゼとの結婚を真剣に考えていたようですが、彼女の両親の反対に合い、実りませんでした。
ベートーヴェンの自筆原稿に記された「Fur Elise」という文字が そのまま曲のタイトルとして親しまれているのですが、「これはホントは『Thelese(テレーゼ)のために』なのだ。ベートーヴェンの字がキタないから、Elise(エリーゼ)と見間違えられたのだ」ということになっていたのです。
ところが、このほど、ドイツの音楽研究者クラウス・マルティン・コピッツ氏が、「エリーゼ」は、当時のテノール歌手ヨーゼフ・アウグスト・レッケルの妹で、自身もソプラノ歌手であったエリザベート(1793~1883)である可能性が高いという説を発表したのです。 (2009.7.29朝日新聞の記事による)
彼女は 兄を通してベートーヴェンとも親交があり、エリーゼと呼ばれていた記録もあるそうです。
さあ、ますますおもしろくなった「エリーゼって誰?!」
あなたはどう思う?
2.「エリーゼ」は何拍子?
突然ですが、「エリーゼのために」って、何拍子でしょう?
なんだか ミ♯レ、ミ♯レ、ミ♯レ、・・・と、小刻みに続きますが・・・何拍子かな?
答えは なんと、3拍子。
そう、ズンチャッチャ、という、軽快なリズムなんですよ。
細かくいえば、最初の「ミ♯レ」は、第3泊から始まるのですが。
ほんとに ズンチャッチャ、で合うかどうか、ためしに歌ってみてね。
3. 「エリーゼ」の構成
今回は、曲の構成について分析してみましょう。(専門的になってきたね)
「エリーゼのために」は、「ロンド形式」というスタイルの曲です。
ロンド、というのは「輪舞」などという字を当てられるように、「廻る・めぐる」という意味で、あるテーマAが 何度もくり返し出てくるものです。
A(テーマ) → B → A → C → A ~ ・・・ etc ・・・ A → coda(しめくくり)
ちょうど「ダグウッド・サンドウィッチ」という 何段にも重なったサンドウィッチみたいに、パンに当たるのがA、ハム・卵・etcがB、C・・・という感じです。
この場合のAは、おなじみのあのメロディー。(ミ#レ、ミ#レ、ミ#レ・・・)
ダグウッド及びダグウッド・サンドウィッチについて詳しく知りたい方は『ブロンディ』という書物を読むこと。
4. 「エリーゼ」は何調?
ところでみなさん、この「エリーゼのために」、いったい何調だと思いますか?
黒鍵がいっぱい使ってあって、むずかしそう・・・
ところが実は、この曲はイ短調。
ハ長調と同じで、調号には♯も♭もなし、なのです。
途中、部分的にヘ長調に転調していますが、それでも♭ 1個だけです。
そーんなに 難解な曲ではないのですよ。
5. オルゴールの中の「エリーゼ」
今回はオルゴールのお話。
今でこそ、自分の好きな曲や思い出の曲などで オリジナルのオルゴールを作って貰える時代ですが、昔はオルゴールといえば、そのほとんどを「エリーゼのために」と「乙女の祈り」が占めていたといっても過言ではないでしょう。
オルゴールの、あの透明ではかなげな音色・・・
謎めいた魅力の「エリーゼ」にぴったり。
遠い日にオルゴールを聴いて、「よしっ」と奮い立ったエリーゼ少女も多いんじゃないかな。
6. エリーゼのために~リメイク
今回は、いろんなスタイルにリメイクされて活躍してしている「エリーゼ」を見てみましょう。
古くは「情熱の花」というポップスとして、ザ・ピーナッツという双子の歌手(お若いみなさんは知らないでしょうが)が歌い、ヒットしました。
また、'80年代には「キッスは目にして」という題名でリメイク、某化粧品会社のCMとしても使われていました。
その他にも、いろんな場面で、いろんなバージョンで、「エリーゼのために」は登場してみせてくれます。
もうこうなると「エリーゼ」は、クラシックでありながらも、ポピュラーのスタンダードナンバーとして充分やっていけるだけのスタンスを、しっかり確立しているといっていいのではないでしょうか?
7. エリーゼのために・謎の冒頭
「エリーゼのために」の冒頭部分。
あの、「♪ミ♯レミ♯レミシレドラ~」 この1フレーズに、「エリーゼ」の謎が、魅力が、すべて凝縮されている。
そう言っても過言ではないでしょう。
何もない ぽっかりと空いた空間に、いきなり
♪ミ♯レミ♯レミ・・・
と響く無機質な半音の行き来。
頼りになる和音もなく、リズムをとるベースもなく、ただただ無窮動に弾かれるクロマティックな響きは、聴く者を不安に陥れます。
「何なんだ、この曲は?」
「何拍子なんだ?」
「何調なんだ?」
冒頭のフレーズ部分に、これらを解明する手がかりは全くありません。
そして、このフレーズの最後の音「ラ~」にきて初めて、左手に「♪ラミラ~」というAmらしきコードの分散が弾かれるので、聴き手はワラにもすがる思いで、その不完全な和音とリズムの断片に飛びつきます。
そして曲が続き、伴奏に「ラミラ~」「ミミ♯ソ~」という分散音の規則的な連なりを確認するに至って初めて、「ああ、これはAmの曲で、三拍子なんだ」という 心からの安息に至るのです。
ところが!
ひとくさりの安定した調べが終わると、
♪♯レミ♯レミ♯レミ♯レミ~
つかの間の安息は破られ、またしても聴き手は「無気質の空間」に取り残されます。
しかも今度は、さっきより長いようだ・・・
この「無窮動な1フレーズ」が 安心しかけたころにしばしば襲ってくるので、聴き手はそのたびに緊張させられ、しかしその麻薬のようなフレーズに快感を覚え始め、終盤頃には、すっかり中毒となった その悪魔のフレーズを心待ちにするようになっていくのでした・・・
これが、ヒバリ先生による「エリーゼのために中毒フレーズ」の分析です。
8. エリーゼのために~その難易度
今回は、「エリーゼのために」の難易度をみてみましょう。
「全音ピアノピース」のレベル表によりますと、楽曲は易しい順に A.B.C.D.E.F の6段階に分類されています。
さて、我らが「エリーゼ」はどこに位置するのでしょう?
答えは B。
なんと「初級上」というランクなのです。
そうです。
みんなのあこがれ「エリーゼのために」は、実は富士山でも日本アルプスでもなかったのです。
庶民の味方「高尾山」(東京近郊の小学生が よく遠足で登る山です(^^;))であったのでした。
キミだって登れるよ!
さあ登ろう!!
9. 最終回
最終回の今回は、わが国のピアノレッスンの中で「エリーゼ」が果たしてきた役割について考えてみたいと思います。
みんなの憧れ「エリーゼのために」ですが、ピアノも上級になるにつれ、「エリーゼ」なんて、という気持ちになってくるのも事実です。
通俗曲、と言われることもありますし、「エリーゼ」に憧れるなんて、青かったな、なんて自嘲的になってみたり。
確かにその通りでしょう。
けれど、幼い日あるいは習いたてのころ、「エリーゼ」に憧れた気持ちは純粋だったはず。
その憧れゆえに、生涯 音楽と共に歩むことになった人も 数多くいることでしょう。
今や日本のピアノは、演奏技術・普及率など、どれをとっても その水準は世界に誇れるものとなっています。
ここまでピアノが盛んになるためには色々な要因があったのでしょうが、この「エリーゼのために」という小品も、ささやかに その要因のひとつを担っているとは言えないでしょうか。
事実、これほど多くの人に愛され、親しまれた曲は 他に類がありません。
そうです。
「夢・憧れへの誘(いざな)い」。
これこそ「エリーゼのために」が果たしてきた役割であり、使命なのです。
みなさんも、これから難しい曲、芸術的な曲を どんどん弾きこなしていくことでしょう。
だけど忘れないで。
「エリーゼ」に憧れた日の気持ちを。
「憧れ」って、とてもとても大切なのよ・・・
さよなら、エリーゼ!