ねこふんじゃった大分析

みんながよく知ってる「ねこふんじゃった」。

だけどほんとに、よく知ってるのかな?

ここでは「ねこふんじゃった」を多方面から分析し、その魅力および音楽的価値について考察していきたいと思うのであります。

1 プロローグ・「ねこふんじゃった」世界の名前

作曲者不詳のこの曲ですが、世界各地で、様々なバリエーションをもって愛好されています。

各地での、いろんな呼び名を見てみましょう。

・ノミのワルツ(ドイツ、ベルギー)

・公爵夫人(デンマーク)

・ねこ行進曲(ブルガリア)

・犬のワルツ(ロシア)

・チョコレート(スペイン)など。

-「ピアノあそび」より-

何だか町のノラネコが、あちこちの家で「タマ」とか「チビ」とか、いろんな名前で呼ばれていたりするのに似てる・・・


2 「ねこふんじゃった」譜面にすると

みんな、「ねこふんじゃった」というとバカにするけど、この曲、何調だと思います?

恐れ多くも♭♭♭♭♭♭(変ト長調)又は♯♯♯♯♯♯(嬰ヘ長調)ですぞ!

超フクザツ!

また、そのリズムはというと、4分の2拍子、冒頭は2拍目のウラから16分音符で始まる、という、ハイレベルなアウフタクト(弱起)の曲なのです。譜面で見せられたら難しいぞ~

ねっ、「ねこふんじゃった」って、高度で難しい曲なんですよ!

どうだ、恐れ入ったか!


3 「ねこふんじゃった」の歌詞

この歌詞は、誰が作ったのか知りませんが、実によくできている!

まず冒頭の「ねこ」という部分、これはどうしたって「ねこ」と聞こえるし、次に左手で低音を一発、続けて右手で和音を二発。この「♪ぶんちゃっちゃ」は、ど~したって、「ふん・じゃった!」以外には考えられないじゃありませんか。「ふん」で ぐっと沈んだ感じ、そして「じゃった」で 一気に浮上し、安定感をかみしめる喜びが、こみ上げてくるではありませんか。(^^;)

この曲には、後になって何種類か歌詞が作られたりしていますが、私に言わせれば邪道!この曲の構造と、演奏時の快感を考えると、そしてこの曲が 純粋に器楽曲であることを考えると、イミありげな歌詞は不要!イミのない所がよいのです。

なので、「猫が踏まれてかわいそう」と心配しなくて大丈夫。

「♪ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、ねこふんじゃ、ふんじゃ、ふんじゃった~♪」 と弾き語りする、というのが、正統派の演奏方法です。


4 「ねこふんじゃった」の学習方法

この曲の学習方法。それは、我が国に古くから伝わる、仙人の術や武芸の修行と同じ方法なのです。師匠はクラスメート、あるいはその他の友人など。弟子は、師匠の演奏をひたすら記憶し、必死で模倣するのみ。楽譜などなし。師匠の目を盗んでは、うろ覚えのフレーズをオズオズと弾きつつ、完成を目指します。ちょっとでもミスったり、つっかえたりすると、横から師匠がグイと押しのけ、ものすごいスピードで演奏を見せつける。無言。教えてくれるなんてとんでもない。弟子は「今に見てろ~」と思いながら、日夜練習に励むのです。

本来、芸と名の付くものは、そうやって体得していくものなのです。そういった意味で、「ねこふんじゃった」は、音楽のみならず、広く学習そのもののあり方を 改めて問いかける、貴重な伝統芸能といえるでしょう。

みなさん、先生から、手取り足取り、親切に教えてもらおうなんて、甘いこと思っちゃダメよ。しっかり目と耳を開いて、自分で盗み取っていかなくちゃ!!


5 「ねこふんじゃった」の魅力 その1 -スピード感-

前回までは、「ねこふんじゃった」が いかに高度な内容を持った曲かということを分析してきました。

今回からは、この曲の魅力を、一つ一つ解き明かしていこうと思います。

では。

魅力その1.スピード感。

この曲は、前にも書きましたが、弾こうと思えば いくらでも速く弾くことができる。

小学生の頃、よく友人と、「いっせーのせっ」で どちらが先に弾き終わるか、という競争をしたもんです。

なかなかアップテンポの曲が弾けない(弾かせてもらえない)初心者にとって、これはすごく嬉しい曲です。弾き終わって、全力疾走の後にも似た爽快感を感じるでしょ?


6「ねこふんじゃった」の魅力 その2 -黒鍵を駆使できる-

「スピード」と共に、「黒鍵」も、初心者にとっては高嶺の花。

それが、この曲では、ほとんど全曲を通して黒鍵ばっかり、というのが、すごいところです。「スピード」と「黒鍵」。この2つをクリアしたとなれば、あの、ショパンの「黒鍵のエチュード 」を弾いたのと同じくらいの満足感!(初心者としてはね)

もし「ねこふんじゃった」の曲がなかったら、全国の初心者のピアノは、黒鍵にカビが生えるんじゃ?

7「ねこふんじゃった」の魅力 その3 -両手を使える-

今でこそ、初心者用の教材もいろいろ工夫されていますが、わたしがピアノを習い始めたはるか昔 は、初心者用のテキストといえば「バイエル」しかありませんでした。

あの、上巻の ドレドレド~に始まる片手練習をエンエンとやらされて、「こんなはずじゃなかった・・・」と思った人も多いはず。

そこへいくと「ねこふんじゃった」は、両手を思い切り使えて、「そうよ、これがピアノよ!」と大満足できたのです。この、「両手で弾ける」魅力には、それだけではなく、もっともっと 魅力の要素が含まれているのです。それは次回で分析しますので、お楽しみに。

8 「ねこふんじゃった」の魅力その4 -ビジュアルな技-

初心者でも両手で弾ける「ねこふんじゃった」。

だけどそれだけで喜んじゃいけない。うれしいことはもっとある。

すなわち和音を弾き、両手をクロスさせる!

すごい!すごいよね!

しかも、前回までに分析したように、ほとんど黒鍵で、その上超スピードで弾くとなれば、これはもう、ピアノ演奏のかっこよさは全てクリアできてるんじゃないでしょうか。初心者のレパートリーで、ほんとに「弾いた!」という感動に浸れるのは、この曲をおいてほかにはないんじゃないでしょうか。

そして!この「ねこふんじゃった」は、単にかっこよさ、おもしろさだけではなく、音楽的な価値に裏付けされて、さらなる輝きを放つのです。それは次回で・・・ふっふっふ・・・


9 「ねこふんじゃった」のアカデミック分析① -和声学-

今回からは、「ねこふんじゃった」のアカデミック度を証明していきたいと思います。

この曲を構成している和音は、G♭とD♭7 の2種類です。機能で言うと、Ⅰ(トニック)とⅤ7(ドミナント)の和音です。

音楽には「主要三和音」というものがあり、Ⅰ(トニック)・Ⅴ7(ドミナント)・Ⅳ(サブドミナント)の3つの和音がそろって初めて、ごく基本的な楽曲の形ができあがるのです。

「ねこふんじゃった」が、Ⅰ・Ⅴ7のみで構成されているということは、言い換えれば、基本形以前の略式スタイルである、ということができます。ほかにⅠ・Ⅴ7のみでできている曲というと、「ぶんぶんぶん」「かっこう」「ちょうちょ」などの童謡。「きらきら星」ですら、Ⅰ・Ⅴ7・Ⅳの3つが使用されているのですよ。

「ぶんぶんぶん」と同じ和声構造でありながら、あれだけ楽しくて、かっこよくて、スピード感とスリルにあふれた曲ができるんです。

試しに、この2つの曲のメロディと、演奏してる姿を、心の中に描いてみてください。弾ける人は弾いてみて!

「ねこふんじゃった」って、つくづくスゴイと思いませんか?


10 「ねこふんじゃった」のアカデミック分析② -音楽の三要素-

「音楽の三要素」とは、すなわちリズム、メロディー、ハーモニーの3つを指す言葉ですが、「ねこふんじゃった」のすごいところは、初心者がひとりで演奏できる易しさでありながら、この「音楽の三要素」をすべて満たしている点です。ほかに同程度の易しさで、「三要素」をクリアしている曲は、まず見当たらないと思います。

とりわけ「ハーモニー」に関しては、それ単独でも、初心者用の曲でクリアするものは、おいそれとは見つからないはず。

これを見ても、「ねこふんじゃった」の偉大さがわかりますね。


11 「ねこふんじゃった」のアカデミック分析③ -広い音域-

今回は、「ねこふんじゃった」の音域の広さに注目したいと思います。

たびたび引き合いに出して恐縮ですが、「バイエル」の前半は、ほとんどド・レ・ミ・ファ・ソの5つの音で、すべて弾けるようになっています。一番初めの練習などは、「ドレドレドー」これだけです。(^_^;)

それに比べて、「ねこふんじゃった」は、まるまる2オクターブ以上の音域を持っているのです。

せっかくのピアノですから、できるだけ広範囲を利用したいものです。その点、「ねこふんじゃった」は、ピアノを有効利用しているといえるでしょう。

12 エピローグ・「ねこふんじゃった」の使命

最後に、我が国のピアノ音楽、特にピアノ教育の分野における「ねこふんじゃった」の役割について考えてみたいと思います。

これまで分析してきました通り、「ねこふんじゃった」という曲は、スピード感とリズム感にあふれ、しかもピアノという楽器の特性を生かし切って、広い音域を 両手が駆けめぐり、ピアノ音楽の醍醐味を満喫させてくれる曲です。

それなのに、弾き方は超かんたんなのです。

現在、初心者向けのピアノ教本は、数え切れないほど店頭にあふれています。どの著者も、基本から指導しつつ 同時に音楽性を身につけられるよう、心を砕いているはずです。けれども残念ながら、「ねこふんじゃった」に匹敵するほどのピアニスティックな魅力にあふれる曲は、未だに現れていないのではないでしょうか。

長年にわたる多くの音楽家たちの研究と努力をものともせず、最小のテクニックで、あれだけの音楽性の高さを楽々とクリアしてしまう「ねこふんじゃった」・・・

こうしてみると、この曲は、現代の音楽家たちの前に高くそびえる金字塔、もしくは、彼らに対する挑戦状のようにさえ思えてくるのです。

そうです。「ねこふんじゃった」こそ、ピアノ曲の原点、指導者の道標なのです。私たちピアノ指導者は、「ねこふんじゃった」の楽しさ、ピアニズムに迫り、それを越える曲を生み出す努力を、もっとすべきではないでしょうか。そういった意味で、「ねこふんじゃった」は、初心者のもの、というよりも、むしろ専門家たちに向けて、自らの非力さを思い知らせ、新たなる研鑽をうながすための、大きな課題を投げかけているように、私には思えてならないのです。

「ねこふんじゃった大分析」はこれにて完結。

ご愛読感謝!


13 追記

その後の研究により、「ねこふんじゃった」の新たな謎がいくつか解明されましたので、ここに付け加えます。

1.作詞者

日本で最初に「ねこふんじゃった」という題名を考え、また作詞をしたのは、丘灯至夫さん。昭和29年のことで、丘灯至夫さんは、後に「高校三年生」などの作詞をした人だそうです。

実にこの作詞により、日本中知らない人のない「ねこふんじゃった」の歴史が始まったのです。

2.作曲者

大阪樟蔭大学の桶谷弘美助教授が立てた仮説によると、この曲の作曲者はロシアのピアニスト、アントン・ルビンシティンではないかというのです。

彼が活躍していた当時、両手の1本指だけを使った「チョップスティック(お箸弾き)のような」鍵盤遊びが盛んだったそうです。(みんなが知ってる『トトトのうた』もその一つ)

桶谷助教授の仮説は、ルビンシティンが、演奏会でのアンコール、または余興などにこの曲を披露し、それを見た観客が喜んで、口伝えに伝承していったのではないかというものです。

ルビンシティンが演奏ツァーで渡り歩いた、ロシア、北欧、中央ヨーロッパ、アメリカなどで、「ねこふんじゃった」が広まっているという事実もあるそうなのです。

私はこの説を信じたいです!だって楽しいし、夢があるもの。

それにね、私は、かの20世紀の大ピアニスト、ホロヴィッツが弾いてる「トトトのうた」を、CDで聴いたことがあるんです。ホロヴィッツだって「チョップスティック」を公式の場で演奏したんだから、ルビンシティンだって、やったにちがいない!

(あ~、あのホロヴィッツのCD、一度図書館で借りて聴いたきり、二度とみつからなくなってしまった。だれか知りませんか~?)・・・というわけで、一年ぶりに思わぬ大更新となった「ねこふんじゃった大分析」でした。

今回の出典は「大きな古時計の謎(監修:長田暁二『みんなの歌』研究会編・飛鳥新社)」です。