創業 1889年
創業地 京都市下京区正面通大橋西入ル
本社 京都市南区上鳥羽鉾立町11番地1
創業者 山内房治郎
形態 非同族経営
主要取引銀行
京都銀行(地)
三菱UFJ銀行(都)
概要
かるた類からゲーム機を取り扱うメーカーにメガ進化した。
ファブレス型経営でゲームソフトウェアが本体、慎重な経営方針で規模拡大には及び腰な姿勢。このためかIPは潤沢なのにグッズ等その他の収益が知名度に対して渋い。
謎の多さが魅力の一つ。
+++++++++++++++++++++++++++++++++
・1889年 山内任天堂骨牌株式会社創業
山内房治郎が経営する灰孝本店の姉妹企業として創業された。
花札ブームに興じて創業したとされる。
創業者が記録を残していないため、著名な企業であるにも関わらず社名の由来が不明である。
・1900年頃 花札「大統領」を商標登録。
札遊びの際、大統領!などの掛け声もあってよく売れたが、田村将軍堂が「大将軍」、日本骨牌が「大隊長」など似た名称を使用しており、大石天狗堂とはリンカーンの絵柄を巡って裁判沙汰になっている(最終的に和解)。当時の花札メーカーとしては、商標登録は余り一般的ではなかった¹。
・1902年 日本初、トランプを製造。
退屈しているロシア捕虜兵を見兼ねて製造したとされているが、真相は不明。恐らくUSPCCの製法、図柄を真似て作成したとされる²。当時は紙で製作するのが一般的であった。
房次郎氏は村井氏と交流があり、煙草の販路に乗せる事でトランプを普及させた。村井兄弟商会の村井氏が1901年に設立した東洋印刷の工場は現在任天堂のかるた工場が建てられている。
・1947年 株式会社丸福を設立。
現任天堂株式会社の前身法人。89年創業の山内任天堂の子会社だったが、製造業務をこちらに移した。
・1957年 日本初のプラスチック製トランプを製造
‣1959年 ディズニートランプを発売
大ヒットしたキャラクタートランプである。当時のディズニー社と交渉し独占販売権を獲得したが、どうやってアメリカまで渡米しロイ・ディズニー(ウォルト・ディズニーの兄)を説得したのか謎である。
・1960年 ダイヤ交通株式会社設立。
過渡期に設立されたタクシー会社で、現在はヤサカグループに入っている。トランプ会社らしいダイヤをモチーフにしたロゴが目印だった。
京都のタクシー業界は老舗のヤサカタクシーとmkタクシーで二分されているため、間に入っていくのは無理があっただろう。
‣1967年 ウルトラハンド発売
トランプ・かるた事業の伸び悩みを受け異業種参入の一環として、機械工学系の技術を使用した玩具製品が販売されていくようになった。
当時の東京オリンピックで体操選手が使用した技、ウルトラCが流行語になっていた。以降も任天堂製品でウルトラ〇〇という名称が使用されている。
・1970年 大証一部に上場。
今は亡き大証の三銃士、村田製作所、日本電産。
トランプを切る動作が任天堂を示す手サイン。
‣同年 光線銃発売
シャープの技術者と協力して開発したもので、玩具としては高価格だったが売れた。
花札についてはこちら↓
‣1977年 テレビゲーム15、テレビゲーム6発売
任天堂初のTVゲーム機で、アタリ社のポンのゲームシステムをそのまま真似た製品。当時のゲームプログラムがいかに法律上保護されていなかったか、無法地帯ぶりが分かる一品。
これ以前にもインベーダーのコピーゲームを作っていた。
同社がTVゲームに関わるのはこれが初めではなく、世界初のゲーム機マグナボックス・オデッセイの付属機器である光線銃は任天堂製である。
・1980年 ニューヨーク州に現地法人任天堂アメリカを設立。
山内溥の娘婿荒川實氏 が現地法人を立ち上げた。初めは従業員が彼一人しかいなかったものの、徐々に規模を拡大し日本から近いワシントン州シアトルのレドモンドに移転した。
‣同年 ゲーム&ウォッチ発売
携帯型のゲーム機で電卓の液晶パネルを利用している。当初は社会人をターゲットとし、CMも大人に請求した内容だったが若年層の支持が大きかった。
‣1981年 アーケード「ドンキーコング」発売
発売後のヒットによりユニバーサル社から訴えられた裁判が有名であるが、日本でも開発を担当した池上通信機 にゲームプログラムの著作権の帰属を巡って裁判を起こされている。プログラムの著作物が著作権法 に明記されるようになったのは1985年のことで、池上通信機との契約内容もどちらにソースコードの著作権があるかは記載されていなっかった。
また、岩崎技研工業も開発に関わっており後に数人が独立してインテリジェント・システムズを起業している。
‣1983年 ニンテンドーファミリーコンピューター発売
10万台売れればヒットという時代に100万台を達成したメガヒット商品。
シャープとの共同開発で、日本にTVゲーム機を根付かせた。
‣1989年 ニンテンドーゲームボーイ発売
携帯機で白黒(緑)画面が特徴。
大ヒットしたため、後継機が多数販売された。
‣1990年 ニンテンドースーパーファミコン発売
音響にソニーのチップを採用している。
‣1995年 バーチャルボーイ発売
3D技術を用いたゲーム機だが専用ソフトが僅か19タイトルのみと売上も振るわなかった。
売れなかったが問屋に押し付けることで赤字を回避した。
この失敗の責任から横井軍平氏が退職したのではないかと報じられたが本人に否定されている。
‣1996年 ニンテンドー64発売
64 を採用した3Dゲームを得意とするゲーム機。何故か今まで共同開発してきたシャープを切って製作された。
アメリカでのセールスは好調だったものの、日本ではセガやソニーに後陣をはいした。
・同年 一心会を設立
任天堂の一次問屋先である初心会を解散し再結成した組織。
…だったが宗教団体が先に使用していたという理由で結成の一週間後に初心会に名前を変更している³。(一体なんだったのか、この圧倒的スピード感)親睦団体だった初心会を販売組織に改革することが目的。
・1997年 初心会解散。
任天堂がゲーム業界に参入する以前からの問屋先を集めた組織だったが、各メーカーの独自販路の拡大や専門店の減少を受け解散に至ったと思われる。
‣2001年 ニンテンドーゲームキューブ発売
CDを採用したゲーム機。
主力ゲームソフトが振るわずソフトメーカー数も少なかった。
‣2004年 ニンテンドーDS発売
Wiiと同じく普段ゲームをしない層に購入を呼びかけた携帯ゲーム機。
‣2006年 Wii発売
ニンテンドーの社名が付かないゲーム機。
ライト層へのアピールに成功し好調な販売台数だった。株価最高額を更新し、他企業が軒並み不調だっため全体の時価総額で2位に浮上した。
‣2012年 WiiU発売
Wiiの後継機。ソフト本数が異様に少なく、ミリオンを達成したソフトが僅か4本とゲームソフトの収益も見込めなかった。ハード売上も低調でこの時期に3期連続赤字に転落した。
‣2017年 ニンテンドーSwitch発売
エヌビディアから発売されたゲーム機エヌビディア・シールド・ポータブル のTegraプロセッサ を流用したハイブリッド型ゲーム機
またNISSHAのタッチパネル(静電容量式タッチセンサー)が採用されている。株を相互保有していた京都企業でもある⁴。
‣2025年 ニンテンドーswitch2発売
+++++++++++++++++++++++++++++++++
性別:男性
外見年齢:19歳程度
一人称:僕(京都弁)
口が悪く態度も冷然としていて、冷たい印象を与えやすい。滅茶苦茶年功序列。かなりの変人でよく相手を困惑させる。京都の会社ならこれでもまだマシな方、思ったことはっきり言ってしまう性癖がある。
花札屋と呼ばれるのが嫌い。というか花札家業が嫌いで、異業種に参入しようとした。今は落ち着いているが、今度は玩具屋、ゲーム屋と呼ばれる事を嫌っている。(エンターテイメントと言って欲しい。「山内溥談」)
ヘビースモーカーだが近年は控えている。好きなスポーツはゴルフとテニス、飛行機が嫌い。SHR-M1とか音響系はソニー製品を愛用してる。
元々理工学を勉強してこなかったため、シャープに教えを請い死ぬ思いで習得した過去がある。
ディズニーの大ファンで、映画をよく見ている。多分年パスとディズニー+も加入してる。白雪姫の小人とミッキーが好き。
オタクではないので知っている漫画、アニメは大体セカンドパーティーの影響。好きな漫画は銭ゲバ。
ソニーのことは実は嫌いじゃないが、互いに何を言っているのか分からないので、相互理解は絶望的。マイクロソフトのことも嫌いじゃない。セガも同様。
江橋祟(2014)「花札」法政大学出版
京都印刷一千年史編集委員会 (1970)「京都印刷一千年史 」京都府印刷工業協同組合
京都に乾杯「任天堂本社」https://www.kyotonikanpai.com/spot/04_03_toba_takeda_yodo/corporate_nintendo.php#google_vignette(閲覧日2026年5月23日)
東洋経済新報社(1996)「ソフトが日本を救う」週刊東洋経済 第5345号特大号
デヴィッド・ジェフ 訳篠原慎(1993)「ゲームオーバー任天堂帝国を築いた男たち」角川書店
日経新聞社(2024)「「京都持ち合い」の政策保有株を分析 京セラ、京都FGに迫る売却圧力」日経ビジネス2024年2月12日号
日本かるた文化館「(二)主要なカルタ屋の動向」https://japanplayingcardmuseum.com/116-4-2-cartabusiness-trend-mainmakers/
任天堂「会社の沿革」https://www.nintendo.co.jp/corporate/history/index.html(閲覧日2026年6月1日)
任天堂「どうぶつの森」 https://www.1101.com/nintendo/nin19/nin19_2.htm(閲覧日2026年6月1日)
吉海直人(2002)『インタビュー「大石天狗堂を訪ねて」前田俊行さんに聞く』「同志社時報」113pp50-58
ラリークランプ 訳棚橋志行(1995)「交渉術任天堂。、大リーグを買う」文藝春秋
レジナルド・フィサメィ 訳大田黒奉之 (2024)「崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男 」東洋経済新報社