●海へ行くべきか、行かざるべきか ― サケ科魚類の回遊多型

多くのサケ科魚類の生活史には、川で一生を過ごす「残留型」と海へ回遊する「降海型」の二型がある。降海型は海での豊富な餌を利用して大型化するのに対し、残留型は小型のまま早熟する。サクラマスでは、オスは残留型と降海型の両方が見られ、メスは大部分が降海型となる。

このような生活史多型は、川での成長条件に依存した条件戦略であると指摘されており、川で十分に成長ができた場合に残留型になると考えられる。しかし、川での成長条件と残留型の出現頻度に関する研究は多数あるにもかかわらず、その進化的機構を示した例はほとんど見当たらない。いっぽう、体サイズに依存した海洋生存率や繁殖成功度などの生活史パラメータに関する知見が近年蓄積されてきた。本研究では、野外観測値に基づく生活史モデルを構築して、それぞれの生活史型ごとに初期の体サイズに依存した適応度を計算した。

モデルによる適応度計算の結果、いずれの生活史型においても、初期の体サイズ(~個体の地位)が大きいほど適応度は上昇した。しかし、初期の体サイズが大きい場合は残留型の戦術をとることで適応度が最大化されるのに対し、初期の体サイズが小さい場合は降海型になることで適応度が最大化された。ただし、メスの場合、残留型と降海型の適応度が等しくなる変換点の体サイズは、非常に大きい体サイズとなり、残留型の戦術をとることは広い範囲で適応度の最大化には至らなかった。また、オスの場合、海へ回遊するコストが増加すると、変換点の体サイズは小さくなり、回遊コストの増加に伴い幼形成熟を開始する体サイズの閾値が小さくなると予測され、野外データからも予測された結果が得られた。

これらの結果は、地位依存条件戦略(status-dependent conditional strategy)の考え方を支持した。

鮭と鰻のWeb図鑑「回遊型と残留型

Sahashi, G., & Morita, K. (2013). Migration costs drive convergence of threshold traits for migratory tactics. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 280(1773), 20132539.

Morita, K., Tamate, T., Kuroki, M., & Nagasawa, T. (2014). Temperature‐dependent variation in alternative migratory tactics and its implications for fitness and population dynamics in a salmonid fish. Journal of Animal Ecology, 83(6), 1268-1278.

Sahashi, G., & Morita, K. (2018). Adoption of alternative migratory tactics: a view from the ultimate mechanism and threshold trait changes in a salmonid fish. Oikos, 127(2), 239-251.

●サケの資源変動要因と生物多様性に配慮した資源管理方法

日本のサケ類の漁獲量は20世紀後半に大幅な高位水準となり、主に人工ふ化放流事業の成果と考えられているが、気候変動の効果は無視できないことを統計モデルや周辺地域との比較により示した。地球温暖化は単に平均気温が上昇するだけではなく、季節の移り変わりのパターン、例えば、冬が終わるとすぐに夏がくるという“二季化”という傾向も近年認められる。そこで、季節の移り変わりのパターンを評価する指標を考案するなど、サケの回帰率を説明できる要因について研究をおこなってきた。

日本では昔から漁業が営まれているが、20世紀後半からは「獲る漁業」から「育てる漁業」への転換がうたわれ、種苗放流も盛んに行われてきた。しかし、その放流の効果が科学的に証明された例はあまり多くなく、逆に放流を通じて対象魚の適応度が低下するといった負の側面が知られるようになってきている。これからは、放流だけに頼るのではなく、魚が本来持つ自然の再生産力を最大限に活用することが大切である。人間による人工繁殖だけで世代交代を維持させるのではなく、人工繁殖で生まれた放流魚も親となれば自らの力で自然界で子孫を残すことができるように環境を整え、そして、自然産卵で生まれた野生魚も種親として種苗放流をおこなう——という放流魚と野生魚を融和させた資源管理の考え方について提唱した。

鮭と鰻のWeb図鑑「放流 だれのために放つのか?

Sahashi, G., & Morita, K. (2022). Wild genes boost the survival of captive-bred individuals in the wild. Frontiers in Ecology and the Environment, 20(4), 217-221.

森田健太郎. (2020). サケを食べながら守り続けるために. 日本水産学会誌, 86(3), 180-183.

森田健太郎, 大熊一正. (2015). サケ: ふ化事業の陰で生き長らえてきた野生魚の存在とその保全. 魚類学雑誌, 62(2), 189-195.

Morita, K., & Nakashima, A. (2015). Temperature seasonality during fry out‐migration influences the survival of hatchery‐reared chum salmon Oncorhynchus keta. Journal of Fish Biology, 87(4), 1111-1117.

Morita, K., et al. (2006). A review of Pacific salmon hatchery programmes on Hokkaido Island, Japan. ICES Journal of Marine Science, 63(7), 1353-1363.

●ダム建設による生息場所の分断化がイワナ個体群に与える影響

生息場所の分断化は、生物多様性に深刻な影響をもたらすことから、保全生態学の重要な研究課題となってきた。とくに川に生息する魚類は、ダムや堰という常習的な環境改変によって、生息地の分断化が生じやすい生物といえる。戦後、日本の渓流には治山砂防のためにダムが多数設置され、魚類の遡上を妨げる場所が多くなった。北海道のイワナを対象として、このようなダムによる川の分断化がサケ科魚類の個体群に与える効果について研究を行ってきた。

イワナには、川で一生を過ごす残留型と、海へ回遊し大型化する降海型の生活史二型が見られるが、降海型はダムの上流で繁殖できない。ダム上流部から海へ下る個体は、通常の1割ほどに低下しており、ダムの上流部では海へ下る性質が低下したことが分かった。しかし、ダム下流由来の個体をダム上流部に移植すると、その多くが海へ下らずに残留型となり、生活史の変化は可塑的な部分が大きいことが分かった。これは、降海型の消失による自種の密度低下に起因する移動性の低下と考えられた。ただし、同一環境下においても、ダム上流由来の個体ほど僅かに下流方向へ移動しにくい傾向にあり、移動性に一定の遺伝的変化が生じていることも示唆された。

ダムが設置され、降海型が遡上できなくなった場合でも、サケ科魚類は残留型のみで個体群が維持される場合がある。しかし、ダム上流に生じた小さな個体群は、個体群サイズの縮小や遺伝的多様性の低下によって、絶滅リスクが高まることが予測される。ダム上流部においてイワナ生息の有無を調べた結果、流域面積が小さく、設置年が古いダムの上流部において、イワナが生息しないことがあった。設置年の古いダム上流部では、その下流部よりも遺伝的多様性が低くFAも高かったが、それらと適応度形質に明瞭な相関はなかった。一方、個体群存続可能性分析の結果、流域面積が非常に小さいという条件では、人口学的確率性と環境確率性の作用により絶滅が生じることが示唆された。

いくら自然環境が豊かでも、その下流に魚の上れない壁があるかないか、つまり海への回廊が閉ざされているか否かはサケ科魚類の運命を大きく左右するのである。

鮭と鰻のWeb図鑑「ダムの影響」

Morita, K., & Yamamoto, S. (2002). Effects of habitat fragmentation by damming on the persistence of stream‐dwelling charr populations. Conservation Biology, 16(5), 1318-1323.

Morita, K., & Yokota, A. (2002). Population viability of stream-resident salmonids after habitat fragmentation: a case study with white-spotted charr (Salvelinus leucomaenis) by an individual based model. Ecological Modelling, 155(1), 85-94.

Morita, K., Morita, S. H., & Yamamoto, S. (2009). Effects of habitat fragmentation by damming on salmonid fishes: lessons from white-spotted charr in Japan. Ecological Research, 24(4), 711-722.

●大きい魚は冷たい水を好む:体サイズ依存の適水温と温暖化の影響

回遊と生息水温

海での移動は何ら制限されることはない。日本の川を下ったサケの稚魚は、まずオホーツク海で暮らした後、冬になると南下して北西太平洋で越冬し、夏になると北上しベーリング海で豊富な餌を食べて成長する。2年目以降は、冬になると南下してアラスカ湾で越冬し、夏になると再び北上してベーリング海で暮らすという生活を繰り返えす。このような南北移動のおかげで、生息域の水温は四季を通じて3~12℃の範囲と安定している。人間に喩えると、夏は北海道で、冬は沖縄で暮らすようなものだ。恒温動物の人間と違い、変温動物のサケにとって、生息水温=体温は代謝率などを決める重要な要素であり、生息水温の安定化は恒常性を維持する上で欠かせない。また、ベーリング海といえども、夏場は表面水温が10度以上になることも少なくないが、深場に潜ることにより、体温を低下させることができる。夏のベーリング海では30~40mほど潜ると、水温が3~5℃くらいにまで低下する。実際、ベーリング海のサケは水深40mくらいまで頻繁に潜ることが知られており、その目的は餌を食べるということもあるが、結果的に体温を著しく低下させている。

サケが生息する水温は、年齢や体サイズによっても異なる。ベルクマンの法則というのを理科の授業で教わった記憶がある人もいるだろう。これは、寒冷な高緯度に住む動物の方が、温暖な低緯度に住む動物よりも体が大きいという現象である。魚類においても、大きい魚ほど深い場所や冷たい水を好むことが知られており、サケにおいても、北に行くほど、深い場所ほど、獲れるサケの魚体は平均的に大きくなる。

簡単な生物エネルギーモデルを用いて、成長率を最大化する温度と体サイズの関係を調べた結果、同化と異化の両方が水温に対する増加関数であり、成長速度が年齢とともに低下する場合には、成長率を最大化する最適水温が体サイズとともに低下することが分かった。このメカニズムが低温域への個体発生的ハビタットシフトをもたらすと考え、サケ属魚類を対象として調べた。カラフトマスを用いた海水飼育実験の結果、体サイズと成長量の関係は負の傾きを持つ直線に回帰され、水温の増加に従い、切片と傾きの絶対値が増加した。つまり、体サイズが小さい場合には高水温の方が期待される成長量が大きいのに対し、体サイズが大きい場合には低水温の方が期待される成長量が大きかった。次に、北太平洋の北緯41度から49度の範囲の38地点でトロールによって捕獲したサケ属魚類について、地点ごとの体サイズおよび肥満度と水温の関係を調べた。捕獲された5種すべてにおいて、体サイズと水温の間に負の相関が認められた。データ数の多いベニザケ、サケ、カラフトマスについて、体サイズ別に肥満度と水温の関係を調べた結果、大型魚は水温が低いほど肥満度が高かったのに対し、小型魚は水温が高いほど肥満度が高かった。なお、飼育実験において、肥満度と成長率には正の相関があったことから、大型魚にとっては水温の低い場所ほど成長が良く、小型魚にとっては水温の高い場所ほど成長が良いと考えられた。低温域への個体発生的ハビタットシフトは、成長を高めるための適応的な行動と考えられた。

地球温暖化の影響

温暖化すると生物にはさまざまな影響がでる。第一にフェノロジー(開花や繁殖期などの季節的におこる自然界の諸現象)が変化する、第二に種の分布域が北上する、そして、第三に体サイズが小さくなる可能性があるという。先に述べたように、大きいサケの方が冷たい水を好むため、温暖化は大きく成長したサケに対して、マイナスの影響を及ぼす可能性がある。実際、1970年代からベーリング海で実施されてきた調査結果を見ると、40cm以上のサケの肥満度が僅かながら低下している傾向にあり、ベーリング海の水温上昇と有意な対応を示している。しかし、温暖化に伴うサケ資源への影響はまだ不十分にしか把握されていない。温暖化がサケに与える影響を具体的に監視し、予測するためのデータを充実させることが大切である。

Morita, K., Fukuwaka, M. A., Tanimata, N., & Yamamura, O. (2010). Size‐dependent thermal preferences in a pelagic fish. Oikos, 119(8), 1265-1272.

Morita, K. (2011). Body size trends along vertical and thermal gradients of chum salmon in the Bering Sea during summer. Fisheries Oceanography, 20(3), 258-262.

●サケ科魚類の生息密度の季節変化-越冬のための意外な動きを発見

河川性サケ科魚類の生態学的な研究は多くあるが、ほとんどは夏季に調査を行ったもので、冬季の調査、とりわけ結氷期の情報は非常に少ない。

亜寒帯河川における河川性サケ科魚類の生息密度の季節変化を調べるため、北海道東部を流れる庶路川の2支流において野外調査を行った。道東を流れる庶路川の 2 支流において、河川性サケ科魚類(ヤマメ 、イワナ、ニジマス )の生息密度の16カ月間にわたり調べた。1 つの支流では、冬期の水温が比較的高く、移入によりヤマメとニジマスの生息密度が冬に増加し、この支流における冬の優占種となった。特にニジマスは冬にだけこの支流に現れた。一方、イワナの生息密度は冬に減少したが、夏はイワナが優占種であった。もう一方の支流では、冬期の水温が 0℃近くまで低下し、移出によりヤマメとイワナの生息密度が冬に減少した。また、釧路川の4支流において秋と冬に野外調査を行った結果、冬の水温が高かった湧水の支流では、移入によりヤマメの生息密度が冬に増加したが、イワナの生息密度は冬が下がった。釧路川のいずれの4支流においても、秋よりも冬にヤマメの割合が高まった。本研究の結果は、河川性サケ科魚類の生息密度の季節的変化が種および場所によって異なることを示し、個体群過程を調べるためには、流域全体において四季を通じて調査を行う必要があることを示唆する。


Morita, K., Morita, S. H., & Nagasawa, T. (2011). Seasonal changes in stream salmonid population densities in two tributaries of a boreal river in northern Japan. Ichthyological Research, 58(2), 134-142.

Sahashi, G., & Morita, K. (2014). Fall–winter collection of two salmonid species: seasonal changes in population densities in four tributaries of the Kushiro river system. Ichthyological Research, 61(2), 189-192.

●移入されたニジマスとブラウントラウトが在来のイワナに及ぼす影響

外来種であるニジマスとブラウントラウトは、20世紀後半に特に北海道において分布域を拡大させ、しばしば在来種と置き換わることが指摘されている。種が置き換わる原因を明らかにするためには、長期的な時間スケールでの研究が必要であると考え、2002年から戸切地川上流においてサケ科魚類3種(イワナ、ニジマス、ブラウントラウト)の個体群動態をモニタリングしている。約8㎞の流程に設定した30カ所のリーチ(各約40m)において、毎年夏季に潜水目視によるサケ科魚類の個体数カウント(当歳魚を除く)および体長階級の判別を行ってきた。

ニジマスとブラウントラウトの侵入は淵から始まり、その後淵の密度の増加にともない瀬にも侵入していくことが分かった。特に、ニジマスとイワナはハビタットをめぐる競争関係にあり、ニジマスが淵に侵入することでイワナが瀬に追い遣られていることが明らかとなった。

イワナの生息密度は、2002年から徐々に減少し、近年では2002年時点の1割を下回っている。ブラウントラウトの生息密度は、2002年から2009年にかけて増加したが、その後減少したため、2020年は2002年とほぼ同水準の生息密度となった。ニジマスの生息密度は、2002年から2009年にかけて大きく変動し、その後増加に転じた。戸切地川では、過去20年ほどの間で、優占種がイワナからブラウントラウト、そしてニジマスへ変化した。Convergent cross mapping(CCM)を用いて種の置き換わりの原因を分析した結果、イワナからブラウントラウト、そしてニジマスへ置換が生じた理由は、何らかの理由で在来種が減ったところに外来種が定着したというreplacementではなく、外来種が侵入したために在来種が減ったというdisplacement仮説を支持した。

鮭と鰻のWeb図鑑「外来魚

Morita, K. (2022). Ups and downs of non‐native and native stream‐dwelling salmonids: Lessons from two contrasting rivers. Ecological Research, 37(2), 188-196.

Morita, K., Tsuboi, J., & Matsuda, H. (2004). The impact of exotic trout on native charr in a Japanese stream. Journal of Applied Ecology, 41(5), 962-972.

Morita, K. (2018). Assessing the long-term causal effect of trout invasion on a native charr. Ecological Indicators, 87, 189-192.

●イワナとヤマメの棲み分け理論の再考

なぜ、イワナはヤマメよりも上流に棲むのか?今西(1951)は夏季水温15℃を境に優占種が変わることを指摘している。その一方で、河川勾配なども重要な要因であり、水温だけでは説明しきれないという指摘も多い。

本研究では、イワナとヤマメの分布を規定する要因を再考するため、人為的撹乱の少ない北海道の一河川において調査を行った。

河口から10km上流までに調査区を10区設け、イワナとヤマメの生息密度および物理環境を調べた。イワナは主に上流域、ヤマメは下流域を優占し、両種の比率は調査区によって5~95%と大きく変化した。種組成と有意な相関が認められた物理的環境は、水温、標高、勾配、水深、川幅、そして流速であった。もっとも相関が高かった変数は流速で、上流域は勾配が急になるが、小滝が連続するため乱流が生じやすくなり、平均流速は上流に行くほど遅かった(上流∼20cm/sec、下流∼40cm/sec)。

シュノーケリング観察により、各個体が利用している微生息場所を調べた。いずれの調査区においても、イワナはヤマメよりも流速が遅い場所を利用した(イワナ∼11cm/sec、ヤマメ∼21cm/sec)。さらに、観察区内の全ての魚類を電気ショッカーで除去した後に、イワナもしくはヤマメを1個体ずつ放流して調べた。単独の場合においても、イワナはヤマメよりも流速が遅い場所を利用した。

イワナとヤマメの遊泳能力を比較するため、河川内に流速65cm/secに設定したスタミナトンネルを設置し、ヤマメまたはイワナを1個体ずつ入れ、遊泳持続時間を調べた。ヤマメの方がイワナよりも遊泳持続時間が長かった。

以上の結果から、標高傾度に沿ったイワナとヤマメの棲み分けには、水温だけではなく、流速が影響していると考えられた。

鮭と鰻のWeb図鑑「イワナとヤマメのすみわけ

Morita, K., Sahashi, G., & Tsuboi, J. (2016). Altitudinal niche partitioning between white-spotted charr (Salvelinus leucomaenis) and masu salmon (Oncorhynchus masou) in a Japanese river. Hydrobiologia, 783(1), 93-103.