薬物依存の概念




上記いずれの薬物にも精神依存性が存在する。それが依存性薬物である。 Morphine, Ethanol には,精神依存性に加えて,身体依存性が存在する。一方,Methamphetamine, Cocaine, Nicotine には,身体依存性は存在しないとされている。依存(性) ,精神依存(性) ,身体依存(性) については,下記の「薬物依存の概念」と「薬物依存の用語」をご参照ください。


本画面テーマ


7.1.  薬物依存の概念


7.2.  薬物依存の成立プロセス


7.3.  薬物依存の用語


7.4.  依存性薬物の分類


7.5.  実験動物を用いた薬物依存性

          に関する前臨床医学測定評価法


7.6.  薬物依存の概念の明確化と

          研究推進に貢献した

          柳田知司博士


7.7.  薬物依存症と薬物乱用社会の

          過酷な現実


 7.1.  薬物依存の概念


中枢神経作用を有する薬物(医薬品とその他の化学物質を含む)を反復摂取した場合に,生体(主として脳内神経系)に持続的変化が生じる。このような変化のうちのひとつの側面について,薬物依存 (drug dependence) という概念が設定された。れまでは,薬物濫用(乱用),薬物嗜癖,薬物習慣性,薬物中毒などと様々な用語により表記され,混乱し状況があった。しかし,薬物依存という科学的かつ明確な定義により,この混乱した状況が整理された。それによって,この分野の研究薬物依存症の診断法と治療法,薬物乱用の抑止などに発展がみられるようになった。


 

ヒトでの薬物依存の中核には,精神依存 (psychic dependence) という脳内神経の状態変化についての概念がある。精神依存の脳内状態変化は,薬物に対する脅迫的な摂取渇望 (craving) に特徴づけられる。それによって,行動レベルでは薬物を激しく追い求める薬物探索行動 (drug seeking behavior) が現れる。それゆえ,ヒトでは薬物に対する摂取渇望の制御が研究および治療の最重要課題となる。


 

上記を受けて,実験動物を用いた薬物依存研究においては,薬物探索行動としての薬物自己投与行動が,研究の重要技術ならびに課題となる。薬物が水溶性の場合には,留置カテーテルを介した静脈内経路での薬物自己投与行動により観察する。また,薬物が水溶性でない場合には,カテーテルを胃内に留置して,媒体に懸濁した薬物の自己投与行動により観察する。




本WEBサイト  薬物依存と行動解析  &  オペラント行動と神経科学  における薬物自己投与行動関連 参照




薬物依存研究において,先に述べた生体の持続的変化についての脳の生化学的,生理学的,分子生物学的,遺伝子解析学的側面の理解と把握も重要な課題となる。しかしながら,薬物依存の本質が,精神依存にあり,また,それが薬物探索行動としてあらわれるという前提あってのことである。依存性薬物を単に投与したモデルについて,脳の生理学的,分子生物学的,遺伝子解析学的検索を実施したとしても,それが薬物依存の本質的解明に無条件でつながるわけではない。


 

また,薬物依存以外にも,ギャンブル依存やゲーム依存などのように,特定の事柄に対する依存も存在している。これらには,薬物依存と共通した脳内メカニズムが存在するに違いない。しかし,薬物依存には,ギャンブル依存などと異なり,摂取した薬物の薬理作用との複合した脳内神経ネットワークがあらたに加わってくる。それゆえ,この点でギャンブル依存などとは,同一には論じられない側面存在する。確かに,薬物依存をギャンブル依存などと統合して脳内機序を考えることについては,研究としての魅力があるかもしれない。しかし,このことによって,薬物依存の焦点がぼやけ,薬物依存でせっかく明確になった依存の概念が,ギャンブル依存などで使用されている用語と混ぜこぜになって,本来の薬物依存の概念がぼやけてしまっては,元も子もなくなるであろう。




薬物依存研究において,以上のように薬物依存が生体(脳の神経系)の一つの状態変化という認識にたち,それが困ったとか障害であるという価値観は一方的には付与せず,中立的かつ客観的科学的視点での研究遂行がまずは重要となる。一方,薬物依存に起因する個人の健康,日常生活,社会生活への悪影響や障害については,薬物依存症 (drug dependence disorder) という用語が別に用意されている。このような薬物依存症には,精神科領域などでの予防,診断,治療と,さらには,化学物質(薬物)の乱用に関する法的規制と取り締まりなどが,ゴールとして存在する。


 

そこで,まずは,下記に薬物依存の成立プロセスについて述べたあとに,薬物依存に関連した用語について個別に説明を加えた。これにより,薬物依存の全体像把握が形成され,薬物依存に関する的を得た研究が発展することを願った。

 


7.2.  薬物依存の成立プロセス


図1. 中枢神経作用をもつ多種類の薬物のうちのいくつかのものについて,その反復摂取により,薬物依存という状態が生体に形成される。薬物依存は,精神依存と身体依存に分類される。薬物依存の形成ならびに維持における主役は,精神依存となる。これは,薬物に対する強迫的渇望で特徴づけら,脳内神経ネットワークにそのような構造が形成確立されてしまったと考える。動物実験では,ヒトでの精神依存の状態に類似したものとして,静脈内/胃内薬物自己投与行動により,薬物探索行動を通して観察できる。一方,精神依存に基づいて反復摂取された結果として,身体依存という状態も,別途,生体に形成される。身体依存は,neuroadaptation とも呼ばれ,薬物の反復摂取の結果として現れる生体の適応現象の一つである。身体依存形成の有無は,薬物の反復摂取を中断したときに,退薬症候(離脱症候)の発現の有無により検出できる。これは,薬物の種類により,嘔吐,痙攣,発汗などの激しい症候がある。なお,この図では,身体依存について,精神依存の部分集合として記載した。それは,すべての依存性薬物に身体依存が形成されるわけではないからである。さらに,以上のような薬物反復摂取をとおして,依存の核心ではないが,薬物に対する感受性変化が生体に発現する場合がある。これは薬物に対する耐性や増感作用であり,薬物依存に対して,少なからぬ影響をもたらす。

 


一方,非依存性薬物の反復摂取によっても,身体依存に相当する生体の適応現象が生ずる場合がある。これは,非依存性薬物の離脱(退薬)症候の発現としてあらわれる。たとえば,抗炎症や免疫抑制に使用されるステロイド剤(副腎皮質ホルモン)を治療のために服用していて,突然中断すると炎症の増悪や原発性副腎皮質機能低下症などの退薬症候が起こる。この様なケースについては,薬物の主たる作用が中枢神経系ではなく,また精神依存が主要な課題ではないために,図の表記中の薬物依存の枠組みからははずしてある。



本WEBサイト オペラント行動と神経科学  &  薬物依存と行動解析 参照


7.3.  薬物依存の用語


薬物依存 (Drug Dependence)

薬物依存については,World Health Organization (WHO) が,生物科学的視点から明確な定義づけを行った。 すなわち,薬物依存は,薬物を自発的に反復摂取した結果に起こる生体(脳)の状態変化であり,これは精神依存と身体依存の両側面に分けられる。このことにより,薬物中毒,薬物習慣性,薬物嗜癖,薬物乱用(濫用)などの様々な用語の使用が引き起こしてきた混乱からの整理がなされた。従来から使用されていたこれらの用語は,日常用語としは存在していても,薬物依存を科学的に論じる上では混乱を引き起こしがちであるという理由によって,薬物依存の用語に統一すべきと考えられた。


 

また,薬物依存は,あくまでも生体の状態についての客観的記述であり,それが良いとか悪いとか,障害や弊害があるなどの状態を述べるものではない。薬物依存の状態により,個人の健康,その日常生活あるいは社会生活において問題が生じたときには,精神科領域などでの診断,治療の対象となる。そして,これには薬物依存症 (drug dependence syndrome or disorder) という用語が別途用意されている。また,薬物依存症が高じて薬物乱用が,社会的に問題を引き起こす場合には,法的な規制や取り締まりの対象となる。


 

薬物依存に関して,上記に述べたような嗜癖など他にも様々な定義や考え方が存在する。それぞれは,薬物依存の一面をとらえているかもしれない。しかし,極めて入り組んだ複雑な側面をもつ薬物依存については,様々な側面を盛り込もうとすると混乱が生じてくる。そこで,上記に述べた WHO の薬物依存に関する定義から理解を深めるのが一番分かりやすく,薬物依存の問題の本質に触れることができると考えている。






精神依存 (Psychic Dependence) 

薬物依存の主軸ともいえる精神依存は,薬物に対する強い渇望によって定義付けられる。精神依存は,そのような渇望が存在する生体(脳の神経系)の状態をいう。これとリンクして,行動レベルでは,強迫的な薬物探索行動が現れる。動物実験では,薬物(静脈内/胃内)自己投与法により,この部分を再現できる。



本WEBサイト  薬物依存と行動解析  &  オペラント行動と神経科学  における薬物自己投与行動関連 参照

 


一方,薬物依存の問題を離れて,食物や水分に対する飢餓状態を考えてみよう。これは,脳内の特定関連部位の神経興奮に基づいており,この生理的仕組みは,生体が生まれた時から自然にそなわり,生体の環境への適応や生存に必要な条件となっている



薬物の精神依存は,特定薬物を何度も経験することによって,後天的に脳内神経ネットワークが強固に形成されたと考えられる。これが,個人の健康,日常生活や社会生活に障害や弊害をもたらす状態に進み,薬物依存症に至ると問題が発生する。以上により,薬物依存症の予防あるいは治療については,精神依存に対処することが最も重要と考える。ここでは,薬物に対する激しい渇望を,単に理性による制御の問題としてのみ考えることはできず,その背景には生物学的基盤が形成されてしまったと考えねばならない。






身体依存 (Physical Dependence)

これは薬物依存の精神依存とは別のもう一つの側面である。身体依存は,精神依存における薬物に対する渇望を引き起こす脳内の状態とは別に,薬物反復摂取が生体に引き起こした新たな身体神経順応状態 (neuroadaptation) をいう。生体が,この身体依存の状態にあるかどうかについては,反復摂取している薬物をやめた時の身体的な退薬症候の発現により明確になる(退薬症候/離脱症候については下記項目参照)。モルヒネ などの身体依存が形成された場合には,その薬物摂取が途切れると発汗などの特徴的な退薬症候もさることながら,他に激しい苦痛が起こる。ここで,陶酔感などが得られた初期のモルヒネ 探索行動は,やがて苦痛からの逃避あるいは回避行動としての薬物探索行動にその性質が変わってしまう。以上により,薬物依存における身体依存は,精神依存を前提とした概念となる。それゆえ,図1には身体依存を精神依存の部分集合として示した。






退薬症候 / 離脱症候 (Withdrawal Syndrome)

薬物依存の状態において,その薬物摂取を突然中断したときに発現する身体の反発現象である。モルヒネ依存の退薬症候として,発汗,あくび,流涙,鼻漏,散瞳,痙攣,嘔吐などがある。一方,ベンゾジアゼピン誘導体依存の場合の退薬症候には,頻呼吸,頻脈,振戦,反射亢進,痙攣発作などがある。アルコール依存の退薬症候としては,手や全身の震え,発汗,不眠,嘔吐,幻覚,幻聴,見当識障害などがある



退薬症候は,以前には禁断症状ともいわれていた。禁断症状には,薬物を突然中断したとことに起因するとのニュアンスが感じられる。しかし,薬物を突然中断したとしても,体内の薬物の血中濃度あるいは組織内濃度はゆっくりと消失してゆくので,禁断という用語は適切ではないと考えられた。また,症状 (symptom) は,自覚症状というように,頭痛や腹痛などの身体の状況を,患者がその主観に基づいて医師に訴えることをいう。一方,医師が患者の状況を客観的他覚的に診断する場合の身体的変化を徴候 (sign) という。これらの症状と徴候を合わせたものを症候群 (syndrome) といい,そこで,上記二つの側面を含めて,退薬(離脱)症候と包括的に呼ぶことが,禁断症状というより適切と考えられるようになった。






薬物依存症 (Drug Dependence Syndrome or Disorder)

薬物依存は,生体の状態を科学的客観的視点記述したものであり,良いとか悪いとか困ったとかの意味はないと先に述べた。しかし,薬物依存症となると,これは治療の対象となる病的状態である。ここに至るステップは,次の通りである。生体に精神依存状態が形成薬物に対する激しい渇望 薬物探索行動薬物過剰摂取健康,日常生活あるいは社会生活の面で明らかな弊害が発生この最終ステップでは,薬物過剰摂取を自身の理性などで制御するのは容易ではなり,薬物依存症となる。ここでも,薬物依存の本質は,精神依存であり,ここにターゲットを定めた制御あるいは治療が薬物依存症の根本的治療法となるであろう。



具体例を挙げると,適度なアルコール摂取は問題なしと考えられている。しかし,その摂取に制御が効かなくなり,仕事中も飲酒のことのみを考え続け,あるいは実際に摂取し,仕事に支障をもたらすようになった場合には,アルコール依存症といえる。なお,アルコール依存であっても,社会的に許容範囲内の制御できるアルコール摂取について考えると,アルコール依存とアルコール依存症とは区別すべきものと考えられる。アルコールを嗜むこと,アルコール依存,アルコール依存症は,一つの連続した流れにあり,どこで踏みとどまれるかは,精神依存に対する行動制御の問題となる。しかし,これは,すべてを個人の意思とか理性の問題としてのみとらえるべきではない。薬物依存では,個人の脳内神経に生物学的ネットワーク基盤が新たに,そして強固に形成されたと考えるべきである。生物は,いずれも食物や水分からの飢餓の状態を,意思や理性のみでは克服できないことと同様である

 

 



精神毒性 (Psychic Toxicity)

薬物や各種化学物質の肝機能など各種臓器に対する障害については,形態学的/病理学的検索などで毒性が把握されている。一方,薬物の精神毒性については,これらの検索では把握できない。しかし,毒性として認識しなければならないものがある。覚醒剤(メタンフェタミンなど)依存症の場合には,依存者が,幻覚や妄想を体験して,犯罪を引き起こすことがある。このような覚醒剤などによる幻覚妄想などについては,覚醒剤が発現する精神毒性という。






耐性 (Tolerance) 

薬物を反復摂取してゆくうちに,その薬物の当初の効果が弱まり,同じ効果を得るために薬物用量を増加させねばならない場合がある。これを薬物耐性と呼ぶ。この耐性という言葉には,耐性が起こった生体側の状態をいう場合と,耐性を引き起こす薬物側の特性について述べる場合とがある。薬物によっては,耐性を引き起こすものと,そうでないものがある。しかし,薬物に耐性が生じると,薬物依存の状態が深まり,やがて依存症への道筋を加速的にたどる場合がある。薬物耐性は,薬物依存の本質的部分ではないが,薬物依存が形成される中で随伴して生じる重要な側面といえる。






逆耐性 (Reverse Tolerance) / 増感作用 (Sensitization)

耐性は,一定用量の薬物の効果が,その反復使用により減弱することをいうが,逆耐性は,一定用量の薬物効果が,薬物反復摂取により,逆に増強されることをいう。実験的には,メタンフェタミンなどの覚醒剤の一定用量を,ラット/マウスに反復投与すると自発運動量が,どんどん増強されることなどで観察されている。また,覚醒剤使用をやめた依存者が,何年も経過して,微量の覚醒剤に,再び手を出すと,以前とは違った大きな効果を得てしまうことなどがある。これらは,逆耐性の事例であるが,一方で薬物の履歴現象とも呼ばれている。



著者は,逆耐性について,これをわざわざ耐性の逆と言う必要はなく,薬物の増感作用と呼べばよいと考えている。その理由は,耐性と逆耐性が同じ神経メカニムの上で成立し,方向性のみが逆であるという保証は何もないからである。生理学には,神経の抑制と興奮という概念があるが,興奮をわざわざ逆抑制と呼ぶことないであろう。一方,神経生理学には,脱抑制というのがあるが,これは,抑制性神経シナプス活動がはずれるという意味で,こちらには違和感を感じない。





その他の薬物依存に関わる様々な用語

薬物依存に関する用語は,精神依存,身体依存,依存症がメインとなる。しかし,従来から,上記以外にも様々な用語が使用されてきた。



薬物中毒 (Drug Intoxication) というのは,アルコール中毒(アル中)というように馴染み深い用語であった。しかし,これは,その薬物の依存を意味するのか,あるいは薬物摂取時の急性アルコール中毒を意味するのか紛らわしい。両者は薬理学的には,全く別物である。したがって,アルコール依存(症)と大量のアルコール摂取による急性アルコール中毒は,それぞれ alcohol dependence (alcohol dependence syndrome or disorder) と alcohol acute toxicity とに分けて記載する必要がある。



薬物乱用 (Drug Abuse) というのは,薬物依存のような生体の状態に関する概念というより,社会的に薬物が不法に,あるいは濫りに用いられている状況を指す。実際に依存性薬物の法的取締基準などでは, 乱用薬物 (abused drugs) などの表記が用いられており,これはこれで適切な表現と考えている



薬物嗜癖 (Drug Addiction),薬物耽溺 (Drug Indulgence),薬物習慣性 (Drug Habituation) などは,永年,社会で使用されてきた馴染み深い言葉である。現在も,日常の言葉として使用されている。しかし,科学研究においては,薬物依存という用語に統一されることによって,問題の所在が明確になり,そのことによって薬物依存の研究は大きく発展した。したがって,科学研究で用いる用語と日常で用いる言葉は,使い分ける必要があると考えている。なお,米国ボチモア市に Addiction Research Center という National Institute of Health (NIH) 傘下の研究機関が存在し,薬物依存の世界的レベルの研究が遂行されている。国家の研究機関なので,Addiction という国民の理解を得やすい名前が残されていると解釈している。






薬物依存性 (Drug Dependence Potential or Liability)

依存を引き起こす薬物側の特性。薬物依存は,生体側の状態について記載した用語であると述べてきた。一方,薬物と生体との相互作用の結果から,依存を惹起しうる薬物側の特性を表す場合に,薬物依存性という。依存性薬物とは,そのような特性を有する薬物をいう。



薬物依存性についての英語表記のうち drug dependence potential は,薬物依存能という用語も当てはまるであろう。Potential については,まだ実際には依存形成が報告されていない薬物でも,化学構造的にみて,すでに依存性が認められている薬物との類似性から,依存形成の potential が存在し,したがって,依存性があることを予知される場合も含めたニュアンスと考えている。



Liability については,医学用語として易罹病性というのがある。したがって,drug dependence liability は,依存(症)を惹起しやすい薬物の特性というニュアンスであろう。また, liability には,法律的責任という本来の意味がある。家電製品などの製造物責任については,その取り扱い説明書の最初のページに細かく liability についての詳細な記載がある。そこで,製薬会社が医薬品を製造販売した場合にも,その医薬品の依存性についても,同様に記載する責任があり,このような場合には,drug dependence liability という用語を当てはめているのではないかと考えている。






7.4.  依存性薬物の分類


一般的な薬物の分類については,薬理作用,化学構造式,臨床適応などに基づいて,薬物はそれぞれ分類されている。しかし,依存性薬物の分類は,これらとは異なり,依存性の程度,乱用された場合の弊害の程度と医薬品としての有用性とのバランスを考慮して分類されている。以上の例として,米国司法省ならびに同麻薬取締局による規制化合物スケジュール (Control Substance Schedule) は,依存性薬物(化合物)の種類とその乱用状況を知る上で参考となる。 薬物の使用を取り締まるという視点で,薬物依存性の強さと医療目的のバランスを考慮して,Schedule I から Schedule V まで分類した。Schedule I  は,医療に用いられる可能性は低いにも関わらず,依存性が極めて強いものである。Schedule II  は,依存性は強いけれども,医療には有用性があるものが分類されている。以降の Schedule は,依存性の程度と医療目的をバランスにかけて分類されている。この分類は,依存性薬物の性質やそれに対する見方を理解する上でわかりやすいと考えた。ただし,米国で流通している薬物の商品名については,われわれにとって一部馴染みのないものもある。

 



Schedule I:

最も強い依存性を有し,医療に用いられる可能性が低い化合物(例として一部のみを記載,以下同様)

Heroin, Lysergic acid diethylamide (LSD), Marijuana (Cannabis), 3,4-Methylenedioxymethamphetamine (Ecstasy), Methaqualone, Peyote


Schedule II:

医療用として使用されるが,極めて強い依存性を有する薬物

Combination products with less than 15 milligrams of hydrocodone per dosage unit (Vicodin), Cocaine, Methamphetamine, Methadone, Hydromorphone (Dilaudid), Meperidine (Demerol), Oxycodone (OxyContin), Fentanyl, Dexedrine, Adderall, Ritalin


Schedule III:

医療に用いられており,依存性に関して,上記2分類よりは弱いが,なおかつ依存性のある薬物

Products containing less than 90 milligrams of codeine per dosage unit (Tylenol with codeine), Ketamine, Anabolic steroids, Testosterone


Schedule IV:

医療に用いられているが,弱い依存性のある薬物

Xanax, Soma, Darvon, Darvocet, Valium, Ativan, Talwin, Ambien, Tramadol


Schedule V:

咳止め,下痢止め,鎮痛を目的とした医療に用いられている薬物などで,上記よりさらに弱い依存性薬物,

Cough preparations with less than 200 milligrams of codeine or per 100 milliliters (Robitussin AC), Lomotil, Motofen, Lyrica, Parepectolin.






7.5.  実験動物を用いた薬物の依存性

に関する前臨床医学評価法


中枢神経作用のある新規化合物を医薬品として,新たに厚生労働省に申請する場合には,安全性試験の中の一つとして,Good Laboratory Practice (GLP) 基準での動物実験による依存性評価実験実施が求められている。全ての医薬品について,依存性試験の実施が必要というわけではなく,その化合物に中枢神経作用があり,これまでに依存性が知られている化合物と化学構造的,臨床適用,事例的に類似している場合などが該当する。クロルプロマジンなどの抗精神病薬やイミプラミンなどの抗うつ薬などについては,中枢神経作用が存在しても,依存性はないとされている。したがって,これらとの類似薬物には,依存性試験の実施は求められることはなかった。しかし,上記の臨床適応薬であっても,化学構造などで新しいタイプのものや中枢神経に対して興奮作用が存在する薬物については,依存性試験の実施が必要とされている。



前臨床医学研究所 柳田知司博士 (1930  - 2016) の指導のもとで,著者が実施してきた薬物依存性試験では,まずはラットとアカゲザルにおいて,新規化合物の中枢神経作用を肉眼的症候観察により把握した。ここでは,あらかじめ記録シートに定められ各症候項目について,発現の有無と程度記録した。



次に,アカゲザルの薬物自己投与行動について観察した。すなわち,レバー押しに対して,薬物を静脈内(薬物が水溶性の場合)あるいは胃内(薬物が水溶性でない場合は懸濁薬として)に注入する。1回のレバー押し反応に対して注入する単位用量は,先の中枢神経効果に関する症候観察を参考として定めた。すなわち,症候発現のみられた最小用量の 1/4 用量などを,まずは,はじめの単位用量として定めた。以後は,単位用量を2週間の観察期間ごとに,増減させてレバー押し反応による薬物自己投与行動の有無について観察した。ここで,サルによる物の自己投与回数が,媒体(生理食塩液や懸濁用媒体)のコントロールとの比較において増加した場合には,その化合物には,強化効果ありとした。薬物に強化効果が存在しただけでは,その薬物に精神依存性がるとはいえない。しかし,その薬物に精神依存性が存在するには,まずは,それに強化効果が存在することを示す必要がある。そこで,さらに薬物の精神依存性の強さを確かめるには,薬物に対する強迫的摂取行動をみる必要がある。そこで,アカゲザルでの累進比率スケージュール (progressive ratio schedule) による薬物自己投与行動の観察が,精神依存性の強さ確認のステップとして存在する。累進比率スケジュールについては,本WEBサイ 行動解析と薬物依存  に解説した。



その他,身体依存につては,アカゲザルでは,薬物反復投与法により,またラットでは,薬物混餌法によって,それぞれ薬物を数週間にわたり動物に連続投与したその後の休薬期間において,その薬物の身体依存性の有無については,退薬症候の発現の有無により判定した。特にアカゲザルでは,モルヒネ型ならびにバルビタール型の2種類の身体依存モデルを必要に応じて作成しておいた。ここでは,モルヒネあるいはバルビタール1日4回投与して,4週間後に休薬して,それぞれの退薬症候を観察した。その上で,新規化合物の急性投与による退薬症候抑制の有無により,その新規化合物のモルヒネあるいはバルビタールのいずれかとの交差身体依存性を評価した。上記いずれの薬物で身体依存を形成するかについては,新規化合物の化学構造式や薬理作用などから,バルビタール型あるいはモルヒネ型のいずれかをあらかじめ想定した。テストにより,もし新規化合物投与が上記のいずれかの退薬症候を抑制すれば,その薬物にモルヒネ型あるいはバルビタール型の交差身体依存性が存在すると判定した。



ある薬物に,実験動物を用いた前臨床試験で依存性が検出されたとしても,そのこと自身で,その薬物の価値が失われることではない。その薬物の臨床効果の有用性とのバランスで,また依存性があったとしても法的規制の中で,その薬物の適切な臨床適用が定められる。したがって,動物を用いた前臨床医学試験では,その薬物の依存性を的確に最大限検出することが重要となる。また,薬物依存性試験では,現代科学において知られている最も適切で鋭敏な試験方法により,依存性の有無を検出すべきとされている。





7.6.  薬物依存の概念の明確化と

研究の推進に貢献した柳田知司博士


柳田知司博士 (1930 - 2016)は,当時において世界の薬物依存研究の中心拠点のひとつであった米国ミシガン大学医学部薬理学教室に留学され,そこでアカゲザルを用いた薬物静脈内自己投与法を完成させた。この方法により,薬物依存の核心である精神依存を高次脳機能をもつサル類実験動物で研究する道が拓けた。帰国後は,実験動物中央研究所に前臨床医学研究所を開設し,そこで,薬物依存研究と前臨床医学研究強力に推進された。その業績の一端は,彼の多くの論文に記載されている。ここでは,「臨床薬理」に掲載された薬物依存の用語解説についてと「日本薬理学雑誌」に掲載された薬物依存研究に関する総説を記載した。これらは,下記URL のクリックにより,PDF で全文を読むことが可能である。薬物依存研究は,薬物依存の概念を明確に把握することが前提であり,これによってのみ適切な薬物依存研究が遂行されると考えている。


柳田知司著:薬物依存関係用語の問題点

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscpt1970/6/4/6_4_347/_pdf



柳田知司著:薬物依存研究の展望 - 精神依存を中心に

https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj1944/100/2/100_2_97/_pdf






7.7.  薬物依存症と

薬物乱用社会の過酷な現実


我が国の薬物乱用の問題も極めて深刻ではあるが,海外にはもっと深刻で悲惨な状況が多く存在している。下記に添付した youtube URL には,米国ペンシルバニア州フィラデルフィア市のケンジントンアベニューのホームレスの薬物乱用者を撮影した動画がある。これは,米国のこの現実を国民に認識してもらい,この状況を変えていかねばならないとの強い意図をもって,制作されている。



上記の意図を理解し,内容が極めて悲惨であることをあらかじめ了解していただいた場合のみ,下記 URL をクリックして動画をみていただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=l6dXUsjtOLU&list=RDCMUCOuf_kStlWnhuauw4ce8l-w&index=2





参考文献


安東潔,川口武,河上喜之,柳田知司: LY170053 のアカゲザルおよびラットにおける薬物依存性試験。実中研・前臨床研究報,1993, 19 (2) :73-92.

LY170053: Olanzapine or Zyplexa ;  非定型抗精神病薬,双極性障害治療薬,制吐剤。


安東潔,川口武:SM-9018 のアカゲザルおよびラットにおける薬物依存性試験。基礎と臨床,1997: Vo; 31, No. 2, 321-341.

SM-9018:Perospiron, 抗精神病薬


柳田知司:薬物依存関係用語の問題点。臨床薬理,1975:Vol;4,347-350.

 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscpt1970/6/4/6_4_347/_pdf


柳田知司:薬物依存研究の展望 - 精神依存を中心に。日本薬理学雑誌 (Folia pharmacol japon),1992: Vol;100, 97-107.

 https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj1944/100/2/100_2_97/_pdf