オペラント行動

と神経科学




    

本画面テーマ


6.1.  B. F. Skinner


6.2.  実験動物のオペラント行動


6.3.  学習行動の成立原理


6.4.  動物実験の倫理



6.1.  B. F. Skinner

(1904 - 1990)


Skinner, B.F. は 米国 Harvard  大学の心理学研究室で,主としてラットとハトを用いたオペラント行動に関する実験的研究を行った。その上で,行動に関する基本原理としての強化理論体系を構築した。生体生まれた時点から,偶発的に様々な自発行動(反応)を発するが,それらは環境側の刺激フィードバックを受ける。そして,その生体の生存に適した刺激フィードバックのみが,その行動を強化し,以後その行動の持続的な発現頻度が増し,定着する。これが生体の学習原理であり,強化理論の本質である。ここでは,ヒトの行動についても動物の行動についても,行動それ自身が実証科学研究の対象となり,そこには行動をとおして動物の心を探るなどといった視点は存在しない。しかし,一方において厳然と存在するヒトの心や意識の重要な課題などを,動物の行動をとおして理解しようという問題意識までも,Skinner 学派否定しているわけではない。心理学が歴史的にもの問題を散々取り上げて,結局は自然科学の研究領域で市民権を得られなかったところを,Skinner 学派の視点は大きく変えたといえる。生体の行動に関する強化理論は,いわゆる主観的心理主義の入り込む余地のない客観的科学的視点であり,強化行動の側面は神経科学分野でも取り入れられてきた。


このような立場は,不毛な神学的論議や精神論を避けた人間行動の本質的理解につながると考えている。なお,この領域の学問は,実験行動分析学 (The Experimental Analysis of Behavior)  と呼ばれ,そこには行動に対する科学的観察視点にのっとた方法論的思想と実際の行動制御技術の両輪を包括した学問体系である。


Skinner 学派の築き上げたオペラント行動に関する実験行動分析学が包括する学問体系とそれに基づく技術は,神経科学の他にも行動薬理学,薬物依存学,教育学,経済学その他の多くの領域に広く応用され,この学問体系の普遍性と有用性が示されている。


下記 URL は,Harvard  University, Department of Psychology のホームページでの Skinner に関する記載。

https://psychology.fas.harvard.edu › people › b-f-skinner


写真は Animal Behaviour, Life Nature Library, 1966 から。



オペラント行動に関する書籍を下記に挙げておきたい。


1)  Holland, J.G. and Skinner B.F.: The  Analysia of Behavior,  A Program for Self-Instruction. McGraw Hill Book Company, Inc. 1961.

上記は,オペラント行動について理解する上で最も適切な教科書の一つであろう。本書は,プログラム学習により,読み進む構造となっており,一つ一つの知識と概念を確実に学習してから,次のステップに進むようになっている。通常の読書のように,理解してもしなくても,ページを読み進めてゆく場合とはわけが違う。本書を読み終えた後には,爽やかな達成感が残る。半世紀以上前の教科書ではあるが,オペラント行動科学の基本について適切に学ぶことができる。これが遺伝子工学,分子生物学,免疫学など最新の医学/生物学の領域においては,古い教科書には歴史的意義は存在しても,正しい知識を吸収するには不十分な場合もあるかと思う。これらの領域では,研究対象をひとつひとつの要素に分解して,とことん分析/解明し続け,これまでの概念が大きくかわることがある。一方,行動科学研究も日進月歩してはいるが,行動という生体の最も高度にして統合された機能の枠組みについての考え方は,それが正しい限りにおいてであるが,変わることがない。これが,記の教科書が色褪せない理由と考えている。



2)  Skinner B. F. : The Behavior of Organisms: An Experimental Analysis. 1938, Appleton & Century, Reprinted by the B. F. Skinner Foundation in 1991 and 1999.


記は,オペラント行動に関するバイブルと呼ばれている全編を読み切るには,少し努力が必要である。85年以上前に,若き Skinner が,Harvard 大学の学位論文として執筆した内容を含めて書籍にした。


特筆すべきは,本書の終わりに近い部分に,W.T. Heron との共同研究に関する記載がある。すなわち,ラットのレバー押しオペラント行動に対して,caffein と bezedrine (amphetamin) の反応増加効果について述べている。Amphetamine は食欲抑制効果があるにもかかわらず,餌を獲得するためのレバー押し反応の増加について特記している。ここから,おおよそ 30年後に,主として米国において,薬物とオペラント行動に関する知見を包括した行動薬理学という学問領域が開花した。

 



3)  佐藤正哉:オペラント行動と実験行動分析学 -その双生児の来し方行末 -   心理学評論 1975年 Vol. 18 No.3, 129-161.


Skinner 学派の研究業績についての歴史的概観とその将来について,和文で丁寧に記載してある。下記 URL により,PDF の閲覧可能。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjpr/18/3/18_129/_pdf/-char/en




本 WEB サイト内 薬物依存と行動解析 も参照されたい。

6.2. 実験動物の

オペラント行動


6.2.1.  ラットの餌強化

オペラント行動


動物が安定した高頻度のレバーを押し反応を示し,餌粒などを持続的に獲得することは,オペラント行動としてよく知られている。上記の写真は,2個のレバー付きオペラント実験箱(スキナーボックス)内のラットである。この実験条件における2種類の弁別行動について説明したい。その一つは,ランプ点灯の有無に関する外部感覚刺激を動物が手がかりとする明暗弁別行動であり,もう一つは,薬物投与によってもたらされる内部感覚を動物が手がかりとする薬物弁別行動である(写真は,著者らの実験から)。



ランプ点灯の有無に関する明暗弁別行動:

2個のレバー上にあるそれぞれのランプを試行毎に左右ランダムに点灯する。点灯側のラットのレバー押し反応には餌強化し,非点灯側のレバー押しには強化しない訓練を反復する。その結果,ラットは,ランプ点灯側レバーのみをほぼ 100%  の正確性で押すようになり,ランプ明暗弁別行動確立される。このようなラットに,中枢性アセチルコリン神経阻害薬スコポラミンなどを皮下投与すると,選択率が 100% からチャンスレベルである 50% に向けて減少する。このとき,薬物の至適用量条件を設定すると,正反応と誤反応の合計反応数には生理食塩水コントロールと比べて大きな差がみられない。このことから,この実験では,単に薬物の非特異的抑制効果を検出しているのではなく,薬物による明暗弁別行動に対する特異的障害効果を検出していることがわかる。このようなことから,明暗弁別行動を認知機能を測定する単純な実験系と仮定すると,この行動は薬物の認知機能障害などを測定する動物モデルとして利用されうる。


Hironaka N, Miyata H, Ando K (1992) Effects of psychoactive drugs on short-term memory in rats and rhesus monkeys. Japanese Journal of Pharmacology. 59(1): 113-120.

DOI: 10.1254/jjp.59.113



薬物の与える内部感覚効果についての弁別行動:

薬物弁別行動で上記同様に2個のレバー実験条件とする。ただし,ここではランプ点灯のような外部感覚刺激を弁別の手がかりとはしない。しかし,投与された薬物の効果を動物が感知し,それを弁別の手がかりとするような実験設定をする。たとえば,メタンフェタミン皮下投与後には,左のレバー押しに対して,また別の日には生理食塩水皮下投与後には右のレバー押しに対して,それぞれ餌強化する。このような訓練を反復すると,メタンフェタミンと生理食塩水投与後の内部感覚の違いを,ラットが左右のレバー押し反応のちがいにより弁別するようになる。このことから,ラットは内部感覚としてのメタンフェタミンの効果を,生理食塩水投与の場合と違うと弁別したと捉える。この方法は,ヒトでの薬物投与後の自覚効果を検索するための有用な動物実験法となる。薬物の自覚効果は,薬物の精神依存形成と深く関わっており,後に記載した薬物静脈内自己投与実験と方法論的に深い結びつきがある。


Ando K, Yanagita T (1992) Effects of an antitussive mixture and its constituents in rats discriminating methamphetamine from saline. Pharmacology, Biochemistry and Behavior, 41(4): 783-788.

DOI: 10.1016/0091-3057(92)90227-7




ラット・オペラント行動を利用した著者のその他論文

Ando K (1975) The discriminative control of operant behavior by intravenous administration of drugs in rats. Psychopharmacologia (Berl), 45: 47-50.

 DOI: 10.1007/BF00426208

 

Ando K (1975) Profile of drug effects on temporally spaced responding in rats. Pharmacology, Biochemistry and Behavior, 3(5): 833-841.

DOI: 10.1016/0091-3057(75)90114-8


6.2.2.  コモンマーモセットの

ジュース強化オペラント行動


小型サル コモンマーモセットにおいて,2個のレバー付きオペラント実験箱内で,ランプ点灯側のレバー押しに対してジュースで強化する。マーモセットのレバー押しオペラント行動は,一応形成できる。しかし,ラット,アカゲザルなどに比べて,行動が安定しないと考えている。その理由として,レバー押しの動機付けを高めるために,ラットやアカゲザルなみの強い給水制限あるいは給餌制限をかけることが難しい点にあるそれは,身体的にタフではない,この小型サルの衰弱回避を考えてのことである。そのほか,マーモセットは様々な刺激に対していちいち敏感に反応する行動特性を有し,落ち着きが欠如していることも挙げられる。これらのことにより,マーモセットには,ラットやアカゲザルほどには安定したオペラント行動ベースライン確立はみらないとの印象をもっている。


前臨床医学研究での薬物効果の評価などには,動物の安定的なベースライン行動の確立が前提となるので,この領域におけるマーモセットの利用には,個人的には慎重になっている。しかし,この問題については,もう少しマーモセット の学習行動に関する知見の集積を重ねて,客観的に評価することが重要であろう(写真は,著者らの実験から)。


6.2.3.  コモンマーモセットの

視聴覚強化オペラント行動

( iPad スクリーン上の動画タッチ反応による )

様々な刺激に対して敏感に反応するマーモセットの特性を利用して,iPad スクリーン上に,無音条件で9個のサル類の動画を同時に提示し,そのうちのいずれかへのタッチ反応を形成した。その反応に対する強化刺激は,タッチしたサル動画の拡大とサルの鳴き声を用い,この条件下でのマーモセットのスクリーンタッチ反応は確立できた。これは,sensory reinforcement あるいは audiovisual reinforcement に基づく行動とも考えられ,餌やジュースなどを強化刺激として用いなくても確立された学習行動である(現在,国際学術誌に原著論文投稿中:写真は,著者らの実験から)。


Ando K, Inoue R, Nishime C, Nishinaka E, Tsutsumi H (2015) Attempts to measure cognitive function of the common marmoset for the purpose of detecting its impairment in Parkinson’s disease model.  Reported in Society for Neuroscience, October 21 2015.


6.2.4.  アカゲザルの

遅延見本合わせ

(ジュース強化による)


アカゲザルの個別飼育ケージ内の壁面パネルに,三個の円形刺激盤を取り付けた。この刺激盤は,それぞれタッチセンサーとの連動があり,サルの刺激盤へのタッチ反応を逐一記録した。中央の刺激盤は,見本刺激提示用として,試行ごとに赤あるいは青のいずれかを点灯する。この中央の刺激の消灯から一定時間経過後に,左右の選択刺激盤に,それぞれ赤あるいは青のいずれかを試行ごとに左右ランダム配列で提示した。そこで,先ほど提示されていた見本刺激と同色の選択刺激盤タッチ反応をオレンジジュースで強化した。反復訓練により,サルは,見本刺激を消灯した一定時間経過後にも,見本刺激と同色の選択刺激への反応を示し,その正選択反応率は,安定的に 80%以上であったこのような正選択反応には,外部手がかりが一切ないので,動物でも脳の中に何らかの色に関する記憶痕跡を手がかりとしていると考えられる。このモデルを用いて,記憶障害の治療法に関する前臨床医学研究評価などが行われている写真は,著者らの実験から)。



Ando K, Hironaka N, Shuto K (2003) Effects of vinconate on scopolamine-induced memory impairment in rhesus monkeys. Japanese journal of neuropsychopharmacology, 23(1): 43-46.

https://www.researchgate.net/publication/10808352_Effects_of_vinconate_on_scopolamine-induced_memory_impairment_in_rhesus_monkeys




アカゲザル・オペラント行動を利用した著者らのその他論文

Ando K, Johanson CE, Schuster CR (1987) The effects of ethanol on eye tracking in rhesus monkeys and humans. Pharmacology, Biochemistry and Behavior, 26(1): 103-109.

DOI: 10.1016/0091-3057(87)90541-7

 

Ando K, Johanson CE, Schuster CR (1986) Effects of dopaminergic agents on eye tracking before and after repeated methamphetamine. Pharmacology, Biochemistry and Behavior, 24(3): 693-699.

DOI: 10.1016/0091-3057(86)90576-9

 

Ando K, Johanson CE, Seiden LS, Schuster CR (1985) Sensitivity changes to dopaminergic agents in fine motor control of rhesus monkeys after repeated methamphetamine administration. Pharmacology, Biochemistry and Behavior, 22(5): 737-743.

DOI: 10.1016/0091-3057(85)90522-2

 

Ando K, Johanson CE, Levy DL, Yasillo NJ, Holzman PS, Schuster CR (1983) Effects of phencyclidine, secobarbital and diazepam on eye tracking in rhesus monkeys. Psychopharmacology (Berl), 81(4): 295-300.

DOI: 10.1007/BF00427566

 

Ando K, Takada K (1979) Trialwise tracking method for measuring drug-affected sensory threshold changes in animals. Neurobehavioral Toxicology, 1 (Suppl 1): 45-52.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/299584/

 

Ando K, Yanagita T (1978) The discriminative stimulus properties of intravenously administered cocaine in rhesus monkeys. In Colpaert, F and Rosecrans, J Eds. Stimulus Properties of Drugs: Ten Years of Progress. Elsevier/North-Holland pp. 125-136.

Corpus ID: 141952534



6.2.5.  ラットの脳内微弱電流

自己刺激行動


ラットがレバーを押すと脳内の特定部位に微弱電流を提示する。大脳基底核の適切な部位への刺激条件とした場合には,ラットは頻回なレバー押し反応を示す。このことから,自己刺激-報酬系と呼ばれる部位が脳内に存在することが明らかとなった。このような強化行動は,動物が自然界では決して遭遇することないものであり,この点で餌やジュースなどの強化行動とは基本的に異なるが,特定刺激を積極的に求める正強化行動という点では,餌やジュースなどの行動と共通性がある。報酬と強化の違いについては薬物依存と行動解析 のページを参照されたい。



図は,Psychobiology: The Biological Bases of Behavior, Animal Behaviour, Readings from Scientific American, 1966, W.H. Freeman & Company から。


Olds J (1958) Self-stimulation of the brain. Science, 127 (3294): 315-324.

DOI: 10.1126/science.127.3294.315

http://dx.doi.org/10.1126/science.127.3294.315



上記の処置された実験動物画像については,本ページ最下段 「6.4. 動物実験の倫理」 をご参照ください。


6.2.6.  ラットの薬物静脈内

自己投与行動


ラットがレバーを押すと,一定用量の薬たとえば,モルヒネ )が,カテーテルを介して静脈内に注入される。ヒトで依存性が知られている薬物については,ラットもこの実験方法で積極的に自発摂取することが証明された。この方法は,薬物の精神依存性を測定するラットでの標準化され実験法とされている。この行動は,上記の脳内自己刺激行動と同様に,動物が自然界で遭遇することはなく,実験的設定でのみ観察できる正強化行動といえる。



図は,Psychobiology: The Biological Bases of Behavior, Animal Behaviour, Readings from Scientific American, 1966, W.H. Freeman & Company から。


Weeks, J (1962) Experimental  morphine  addiction : Method for automatic intravenous injections in unrestrained rats. Science, 138 (3537): 143-144.

DOI: 10.1126/science.138.3537.143

https://www.ncbi.nlm.nih.gov › pubmed


本WEBサイト 薬物依存の概念    薬物依存と行動解析 参照



上記の処置された実験動物の画像については,本ページ最下段 「6.4. 動物実験の倫理」をご参照ください。


6.2.7.  アカゲザルの薬物静脈内

自己投与行動


薬物静脈内自己投与実験は,アカゲザルでも実施された。現在においても,明確な医学生物学的研究目的があれば,実施可能と考えるが,動物倫理については,十分な配慮が必要となろう。脳の高度に発達し,したがって薬物の感受性が極めてヒトに近いアカゲザルのこの方法により,ヒトでの薬物乱用の背後にある薬物依存の問題が科学的に格段と解明された。薬物乱用は,個人的にも社会的にも極めて深刻な問題である。アカゲザルのこの方法により,新規化合物のヒトでの精神依存性の有無やその程度をラットなどよりはるかに的確に予測でき。ここで得られた妥当性の高い科学的事実は,ヒトでの薬物乱用防止目的を持って,薬物使用に関する法的規制などを定める上で重要な科学的実験的データとして利用されている。米国医薬品食品庁( FDA )なども,サル類を用いた薬物静脈内自己投与法は,医薬品の依存性評価に関して最も妥当性の高い評価方法とみなし,薬物依存性評価には,現在実施されうるもっとも科学的に妥当性の高い評価法を選択すべきとしていた。


なお,この方法を,米国ミシガン大学で開発した柳田知司博士(1930〜2016)は,帰国後に前臨床医学研究所を開設し,当時は,この研究所が,日本および世界の薬物依存研究の中心拠点のひとつとなっていた (本WEBサイト 薬物依存の概念  &  薬物依存と行動解析 参照



写真は,Psychobiology: The Biological Bases of Behavior, Animal Behaviour, Readings from Scientific American, 1966, W.H. Freeman & Company から。

 


Denau G, Yanagita T, Seevers M (1969) Self-administration of psychoactive substances by the monkey. Psychopharmacologia,  16 (1): 30-48.

http://dx.doi.org/10.1007/BF00405254


安東潔,川口武,河上喜之,柳田知司 (1993)    LY170053 のアカゲザルおよびラットにおける薬物依存性試験。実中研・前臨床研究報, 19 (2) :73-92.

LY170053: Olanzapine or Zyplexa ;  非定型抗精神病薬,双極性障害治療薬,制吐剤。


安東潔,川口武 (1997)    SM-9018 のアカゲザルおよびラットにおける薬物依存性試験。基礎と臨床, 31 (2): 321-341.

SM-9018:Perospiron, 抗精神病薬。




上記の処置された実験動物の画像については,本ページ最下段 「6.4. 動物実験の倫理」 をご参照ください。


6.2.8.  アカゲザルの

シガレット煙

自発喫煙行動

個別飼育ケージ内でアカゲザルがシガレット煙を自発摂取する行動を形成した。最初は,金属パイプ吸引行動をジュースにより誘導した。次に,徐々にシガレット煙にすり替えてゆくと,最終的には,ジュース無しで,シガレット煙に対する自発喫煙行動が形成された。自発喫煙装置としては,サルがパイプを吸うと,その吸引を感知してシガレットが自動点火され,サルが連日24時間の任意の時点で,いつでもシガレット煙を自発吸入できる仕組みとした。このようなサルの自発喫煙行動観察により,喫煙行動の維持要因がシガレット煙中のニコチンであることや,喫煙行動に及ぼす各種の環境要因実験的に明らにされた写真は,著者らの実験から)。



Ando K, Yanagita T (1981) Cigarette smoking in rhesus monkeys. Psychopharmacology (Berl), 72 (2): 117-1127.

DOI: 10.1007/BF00431644

 

Ando K, Hironaka N, Yanagita T (1986) Development of cigarette smoking in rhesus monkeys. In Harris, LS., ed. Problems of Drug Dependence 1985.National Institute on Drug Abuse Research Monograph 67: DHHS Pub. No. (ADM) 86-1448. Washington, DC: Supt. of Docs., U.S. Govt. Print. Off., 1986. pp. 147-153.


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/3092061/




本WEBサイト薬物依存の概念  薬物依存の行動解析 参照



上記の実験動物の画像については,本ページ最下段 「6.4. 動物実験の倫理」 をご参照ください。



6.3.  学習行動の成立原理


まず,行動(反応)には,偶発的に起こる自発反応と,刺激に誘発される反応(誘発反応/誘発反射)が存在する。これらは,いずれも生得的なものである。それを踏まえて,学習行動には,オペラント 行動とレスポンデント行動の2種類が存在する。オペラント行動は,自発反応からスタートした学習行動である。一方,レスポンデント行動は,刺激に誘発された反応からスタートした学習行動である。生体の学習行動は,これらの側面から,分類あるいは分解して,行動の全体像を把握できると考えている。



本WEBサイト 薬物依存と行動解析  参照


6.4. 動物実験の倫理


実験動物を利用した研究には,明確な科学的あるいは医学的目的があり,動物倫理に配慮した条件下での実験実施が前提です。現在,わが国では「動物の愛護及び管理に関する法律」に基づいた動物実験の実施が求められています。その精神は,上図のような 3 R の原則に準拠したものです。すなわち,Reduction (使用する動物数を可能な限り減らす),Replacement (できることなら生きた動物は使用せず,細胞など他の方法で代替する),Refinement (動物に与える苦痛などを最小限にとどめる)です。このような条件下で,実際に研究が実施されるか否かについては,それぞれの施設の責任において,研究計画書について動物実験倫理委員会などでの厳しい審査が行われます。動物実験は,このような審査を経て,施設で承認されたものについてのみ実施されなければなりません。


ここに至るまでには,永い道のりがあり,過去にはとても容認できない動物実験が存在していたことも事実です。 B. F. Skinner が実施してきたオペラント行動に関する研究については,主として餌などの正強化刺激を用いてきました。学習行動を形成するには,負強化刺激である電気ショックなどに対する回避学習行動の形成などもあります。Skinner は,一貫して,ヒトを教育するには,負強化刺激ではなく,正強化刺激を用いるべきであると主張してきました。彼は正強化刺激のみで成り立つ理想社会について,Walden 2 という小説も執筆しました。


上記に記載した脳内自己刺激実験については,動物の脳内に電極を植え込むなどの外科的処置を行います。しかし,この実験に基づく研究により,脳内には報酬系という部位が存在することが明らかになりました。このことは,脳の仕組みを解き明かす上で,極めて重要な意義があります。また,薬物静脈内自己投与実験については,人における医薬品や薬物の依存性を評価する上で極めて重要な実験です。この実験に基づく研究成果は,依存性薬物のヒトでの使用制限規定などを定める科学的根拠を与えてくれま。これにより,社会で薬物が乱用される歯止めに大きな役割を果たしています。とくに,本WEBサイトの 薬物依存の概念 のページ内「7.7.  薬物依存症と薬物乱用社会の過酷な現実」をご参照いただければ,薬物依存に関する的を得た基礎研究は,他のいくつかのとるべき対策同様に喫緊の課題であることをご理解いただけると思います。また,サルでの喫煙行動実験ついては,ヒト同様の自発喫煙行動を実験動物に形成しました。これにより,喫煙行動の維持要因を科学的に探索し,禁煙などの治療に資する科学的データを提供した意義があり,動物実験を実施した明確な理由が存在したと考えています。