◆住職雑感◆ 「つゆくさ」152号(平成25年1月発行)より
平成25年という年は、「日本がどんどん良い方向に進んでいく出発の年になる」と私は感じています。今から13年前になるのですが、「つゆくさ」83号で、平成11年(1999年)という年について書いたことがありました。
「国民が、識者・評論家と言われるエライ先生方の言うことより、自分たちの感じていることの方が正しいのではないかと気付き始めた年ではなかったか」と。
今回は、その話とからめながら、少し私の思いを書いてみたいと思ったのですが、残念ながら書く時間がありません。そこで、当時の「つゆくさ」を掲載します。御笑覧ください。私自身も懐かしい気持ちで読み返しました。
今新聞紙上を賑わせているのは、足の裏診断の「法の華王法行」ですが、その前はミイラと定説の「ライフスペース」でした。これらはすべて宗教やセミナーに名を借りた詐欺グループと言っても良いのです。それにしてもどうしてこんなにだまされ、多額のお金を吸い取られるのでしょうか。カリスマ教祖(実際は詐欺師)にかかれば、ミイラ化した遺体でも生きているように見えるようです。以前、ただ飛び跳ねているだけなのに空中浮遊だと言った人たちがいましたが、それと同じです。無学な人間ならまだしも、高学歴の人間がコロッとだまされるのですから不思議です。
驚いたと言えば、七月末の全日空ハイジヤック事件。機長がナイフで刺し殺され、犯人が操縦桿を握っていた事件です。犯人は異常な飛行機マニアで、一度本物の飛行機を操縦したかったのだと言います。まったく子供が駄々をこねて起こしたような事件です。よほど知能の低いバカかと思ったら、これがまた優秀な大学を卒業していたというのですから、学校の成績と知能は関係ないようですね。
「日本よ、どうなってしまったのか」と言いたくなるような事故や事件ばかりが多発した年でした。
何故日本はこんなにダメになってしまったのか。その原因については、家庭が悪い、学校が悪い、政治が悪い、資本主義の弊害だ、社会全体の問題だ、等々論議されていますが、私自身はその答えは明確だと思っています。それは教育です。戦後教育の欠陥がここに果て膿を出し始めたのだと考えています。
戦後教育の最大の欠陥は国家を恐ろしいもの、悪者だと教えたことです。もちろん民主主義は高く評価されるべきものですが、日本の場合はそれを戦勝国である外国から与えられました。国はどこでもそうですが、自国の利益を最優先させます。戦勝国にとって、日本が再び戦争を起こさないように、日本を骨抜きにすることは自国の国益につながります。そこで日本人が国家に忠誠を尽くさないように、「国家は悪・国民は善」という思想を植え付けました。先の戦争は国民は悪くなかったが、国民をリードした国家が悪かったのだと教えたのです。
国家は恐ろしい、国家は常に国民を編す。だから国家は悪者だといった図式です。日本の民主主義にはこのような思想が秘められていました。
従って、戦後教育を受けた者たちは、私も含めて国を敬い尊敬するという気持ちは戦前の人たちに比べればまったく希薄です。
当然、日本国の象徴である天皇にたいしても同じです。国家は悪、国民は善という思想は、国のために命を捧げるなどと言うことは愚の骨頂、国のため何かをするということさえ無意味だと教えます。従って、そこには国のためにという考えがなくなり、当然「公」のために尽くすという考えもなくなります。「公」がなくなれば、行き着くところは「私」です。ただ自分の利益のためにだけ行動し、自分の権利ぱかりを主張するようになります。
ただ、戦後三十年ころまでは、戦前に教育を受けた皇国思想の親たちが社会の中心にいましたから、戦後民主主義は丁度良い具合に抑制され、実にうまく働いていたように思います。ところがその人たちが老齢化し、姿を消しはじめると、それまでの抑制がはずれ、戦後民主主義の「国家は悪・国民は善」の部分が勢いを強めだし、益々国や国家を悪規する傾向が強まり、反対に国民の権利や人権、自由や平等ばかりを強く主張するようになりました。その結果、本当の自由や平等が歪められ、自由気まま、勝手気ままな大人が多く育ってしまったように思います。
特に、ここ二十年くらい前から学校では日の丸の掲揚や、君が代の斉唱がなくなってきたと聞きます。確かに、小学校で一度も君が代を教えてもらったことがないと言う子供が結構いるのです。それにしても,学校の一部の先生方が、日の丸は侵略の象徴であり、アジアの人々を苦しめるから掲揚しないど言うなら、何故、国旗を別のものに変える運動をしなかったのでしょうか。君が代は天皇を讃える歌だから国歌としてふさわしくないというなら、なぜ国歌を別の歌に作り替えようとしなかったのでしょうか。
その人が本当にアジアの国々や日本のことを思うなら、そうすべきであったはずです。なのにそれをしてこなかったのは、要するに、国家は悪という思想に深く染まり、その結果、愛国心はもちろん、国を意識させることさえ危険だと考えているからだと思います。だから、その人たちは、国旗がなんであれ、国歌が何であれ、それが日本の国旗や国歌であれば反対したはずです。
今、学校では、歴史的事実はすべて教えるべきだとして、例えば中学生の教科書にわざわざ従軍慰安婦の記述まで載せ、日本はこんなに悪いことをしてきた国だと教えています。これも国家を悪とする思想が高じて起こっているのですが、しかし、自国を悪く教える教科書が一体世界のどこにあるでしょう。
「裸の王様」という話があります。服装にはめっぽううるさい王様がいました。どの服も気に入りません。そこで困ってしまった仕立屋は、策を巡らし、透明の服を王様に着せました。仕立屋も周りの家臣も口裏を会わせて「とてもよくお似合いですよ」と褒め称えました。王様はすっかりその服が気に入りました。王様はその服を見せるために、馬に乗って国中をパレードすることにしました。王様の姿を見た国民たちは、どう見ても裸にしか見えないのですが、王様を取り巻く賢い立派な家臣たちが皆「なんて素晴らしい服だ」と口々に誉めるものですから、てっきり、服が見えないのは、自分の目が悪いからだと考えました。内心では何かおかしいと思いつつも、みんなにバカにされるのもいやですから、王様の服を褒め称えたのです。ただ一人、子供だけが「王様はハダカだ」と言いました。
説明しなくても皆さんよくご存知の話ですが、日本の戦後五十年の状況が、私には何かこの話と大変よく似ているように思えてならないのです。これまで国民は「何かおかしい、何かおかしい」と思いながらも、テレビや新聞などを見れば、そこで発言している評論家や弁護士や大学教授、要するにエライ先生たちが異口同音に「王様の服は素晴らしい、王様の服は素晴らしい」と言うものだから、やはり自分の考えは間違っているのだと思ってきました。でも、エライ先生たちの言う通りにしてきたけれど、日本は良くなるどころか悪くなるぱかりでした。
例えば五年前、オウム真理教がサリンで無差別殺人を行ったとき、国民の誰もがオウムなどつぶしてしまえと思いました。国がいざ破壊防止法を適用しようとすると、不思議なことにエライ先生方は、もう危険は去ったと言って、破防法に反対しました。しかし、国民は今でも恐怖を感じており、あのときオウムを潰しておいてくれたらと思っているのです。
次に少年法です。凶悪な事件を起こしても、二十歳未満ならば、その刑罰は驚くほど軽く、特にそれが十四歳未満ならば、ナイフで人を刺し殺しても、何の刑罰も受けません。余りにもそんなことがたびたび起きたものだから少年法改正が叫ばれました。実は大多数の国民はもっと以前より少年法を改正すべきだと考えていました。と言うのは、少年たちは悪事を働いても何の刑罰も受けないものだから、それをいいことに却って悪事を繰り返し、ついには大罪を犯してしまうからです。小さい罪の時に厳しくしておけば、大罪を犯さなくて済むからです。しかし、エライ先生方は何故かいつも改正には消極的で、未だに少年法は昔(昭和二十三年施行)のままです。
ここ数年、日本は目に見えて傾きだしました。国が傾きだしてようやく国民は気づきはじめました。自分たちの方が正しかったのだと。今、ボソボソではあるが「やっぱり王様はハダカだったのだ」とつぶやく人が現れはじめました。「私はそれが今年という年であり、国国歌法案の成立はその一つの象徴であったと考えているのです。