「道端に生える雑草がプリンだったらいいのになあ」
背中に語りかけられた声に隣を歩いていたはずの影を振り返る。フードの付いた黒いパーカーにしわのついたハーフパンツ、素足にナイキのゴムサンダル。インドアが擬人化したような白い肌はすでに慣れない太陽の熱さでほんのり赤く色づいている。首元にかかる栗毛の髪が汗で喉元に張り付いていた。
道路脇にしゃがみ込んでアスファルトから生える雑草を見つめる彼女の瞳は儚げだ。
「おーい」
声をかけてみるけれど、彼女は時が止まったように動かない。
あ、これはあれだ。実家にいるダックスフンドのナナに似ている。ミルクティーを想起させるクリーム色の毛並みにこげ茶色の瞳が麗しいナナ。人懐っこく甘え上手なナナは、意気揚々と散歩に誘ってくるけれど歩くことに疲れると地面と一体化して“抱っこ”と切ない瞳を向けてくるのだ。
「雑草がプリンだったらいいのになあ」
ちらり、とナナ……否、彼女が切なげな瞳で見上げてくる。熱さの混じった風が頬を撫でて彼女の前髪がふわりと舞い上がった。
「雑草がプリン?」
「今日はどんなプリンに会えるかな〜って、思いながら散歩したら楽しそうじゃん。チョコプリンだったり抹茶プリンだったりしてさ。見つける度に写真を撮ってプリンアルバムを作るの。ある日はいちごプリンの群れとか見つけちゃって、SNSでバズるんだよ」
「なんだそりゃ」
「いちごプリンの集団だよ」
「そういうことじゃなくてだな」
はあ、と腰に手を当てて息をつく。100m後ろに見えるのは彼女の心を掴んで離さない憩いのマンション。引き籠もりの彼女を連れ出せたはいいものの妄想ワールドが発動したということは、もう帰りたいモードらしい。
彼女の意識はすでに足元で咲くたんぽぽに向けられているようで、こちらの苦悩は伝わっていないようだ。
「歩いて運動しないと、太るぞ」
「太るだって〜? わたしは限られた人生のなかでどれだけ美味しいものを食べられるかに忙しくてダイエットしてる暇なんてないのだが? このたんぽぽもプリンに見えて仕方がないよ」
「それは重症だな……。いやいや、人間として太陽光を浴びるのも大切だろ。もう少しだけ一緒に散歩しようよ、なあ?」
うーんと、膝を抱える彼女にやっぱりナナが重なって見えた。
「……わかった。じゃあ、今から美味いもん食える店に行こう」
「美味いもん?」
「そう、美味いもんのとこまで散歩しよう」
「抱っこしてくれるなら行こっかなぁ」
「……」
「おんぶでも良いよ」
「……やっぱナナじゃん」
「だれそれ?」
太陽を浴びていつもよりほんのり暖かい彼女を背負って、僕は歩き出した。