「うっま!」
飲み干したジョッキを勢いのままにダンッと机に叩きつけると、目の前で呑気に頬杖をついている先輩と目が合った。垂れ幕のように下へ向いた長い睫毛がゆっくりと茶色の瞳に覆いかぶさって、再び暖簾を上げていく。ひとたび覗く大きな瞳に見つめられ、高鳴りそうになる鼓動を深呼吸でなんとか抑えた。
「どうしたの凛ちゃん。なんかあった?」
「いや、なんも。ただ今日は特別なんで」
「とくべつ?」
頬杖を崩さず目を丸くする先輩に、ふふんと鼻だけ鳴らしてみせる。だんだんと寄せられる眉間に気づかないフリをしていると、教えてよ、と唇を立ててむくれてしまった。
むむ、悔しいが女顔負けの可愛さだ……。こんなことを口に出したら余計に頬を膨らませてしまうのだろうけど、それすらもきっと愛しく思えるに違いない。これが惚れた弱みなのだろうか。
まあまあ、と宥めながら焼き鳥の串を口元に持っていけば素直に口を開いてパクリと鶏皮を持っていった。
端から見れば、もしかしたら恋人同士に見えるのかもしれない。けれど、先輩との恋愛難易度は片思い二年の見立てでLvl.999だ。たとえるなら先輩は泡のような人だと思う。掴みどころがない。掴んだと思っても、パッとはじけて消えていく。この恋だって、大きくおおきく膨らんで、ふわふわと宙を浮かんでは消えていく泡のようだ。
「すいませーん! ビールおかわり!」
そんな先輩を今日捕まえられたのは奇跡に近い。目の前で飲んでいる相手がまさか今この瞬間、誕生日を迎えているだなんて先輩はちっとも知らないだろう。
でも、いいもんね。勝手に一緒にすごしちゃうんだから!
冷えたジョッキが運ばれてくる。鮮やかな金色に、白い泡がこんもりと膨らむビール。これが今日のわたしのバースデーケーキだ。
「あ、凛ちゃん待って。飲まないで」
「はい?」
「いいから、見てて」
先輩はそう笑うとおもむろにプラスチックのケースを取り出して手のひらにパラパラと赤い何かを乗せていく。それから「じゃーん」と、その手を差し出してきた。
「え、なんですか?」
「これね、ラナンキュラスの花びら」
ら、らな……? とハテナを浮かべるわたしを他所に、先輩はビールに手元を寄せた。真っ白なクリームのような泡の上に、ラナンキュラスの赤い花びらが円を描いていく。
「え、これって……」
そう、まるで。ケーキを彩る苺のように。
「ラナンキュラスの花言葉はね“あなたは魅力に満ちている”。良い1年になるよ」
「は?」
細められた瞳に瞠目する。ジョッキを掴んでバースデーケーキを一気に飲み干した。
冷たいのに、熱い。苦いのに、甘い。
あ、写真撮っておけばよかった。
「おお、いい飲みっぷり。もう一杯いく?」
「……いきます」
信じられない。
いつから? どこで? なぜ知ってるの?
いつもはパッとどこかへ消えてしまうような先輩から泡を食うことになるなんて。
期待しても、いいのかな。
「ねえ、凛ちゃんって……」
かけられた声にちらりと視線を送れば、長い睫毛に守られた瞳がゆっくりと瞬いた。
「凛ちゃんって、何歳になったの?」
「は、なんでそこ知らないの!?」
ダンッとジョッキを机に叩きつけた。
やっぱり先輩は泡のような人だ。