WORDS the phantom thief

未完

00.prologue

夜風が肌を撫でる。顎に添って伸びた前髪が漆黒のボーラーハットの下で、舞台が上がるのを今か今かと待ち侘びるように忙しく棚引いた。


大きなトライアングル・カラーに琥珀色の丸ボタンが3つ。瑠璃色がかった深い紺地のシャツはウエストでギュッと締められ、肩口からは肌が透けて見えるレースの振り袖が暗がりで揺れる蝋燭の火のように息を潜めて静かにその時を待っていた。


腰から下はレースを重ねたフレア型のパンツが足首まで伸び、華奢な足首から先は十字ベルトの漆黒のパンプスが包んでいる。その足先がトン、と地面を叩くと、ふわりと浮遊感が身を包んだ。


夜の街には、星々が地上に降りてくるという。暗闇は人の心をグレーに染めてしまう。気持ちの切り替えがうまくいかなくなって、憂鬱に憂鬱が上塗りされて、“いけない言葉”が頭を蔓延り、無意識のうちに自分を傷つけ、ときに他人を傷つけてしまう。だから星々は地上に降りてくるのだ。人々の心に少しでも灯火を与えられるように、朗らかな言葉が巡るように、自分や他人を傷つけるのではなく励ませるように。


強い風圧を全身で受けながら、両手を組んで願う。


「星々よ、どうか。わたしたちを蝕むいけない言葉を未来を照らす光に変えてください」


銀色の仮面越しに見える空は漆黒そのもの。深い闇に呑み込まれそうな想いを喉の奥へ追い返し、腰に刺していた棒状の筒を引き抜くと、「滑空する傘となれ」と力強く言葉を放った。棒状の筒はみるみるうちに形を変えると、バサリと大きな翼をひらいて少女の身体を持ち上げた。


風の強い抵抗が止んで、ふうと安堵する。眼下の星々を眺めながら、ゆっくりと今宵の標的の下へ近づいていく。忍び込むのなら上空からが良いだろうと今作戦を提案したのは自分自身だけれど、このまま空中散歩に興じて朝を迎えられたらと思いを馳せてしまう。


「ああ、まったく。どうしてこんなことに……」


あの日、夏祭りの誘いを断らなければ。真っ直ぐ家に帰っていれば。アイツのことなんて放っておけば良かったのに。


何度、過去を思い返したか分からない。でも思い返したところでどうにもならないし、数奇な運命に出くわしてしまったとするのなら、なんとか悪風を乗りこなして果報を掴むしかない。それに、よく分からないけれど、わたしの“窃盗”には未来の命運がかかっているというのだから引き受けてしまった以上は覚悟を決めて、文字通り“がんばる”しかないのである。


「あーもう、やだやだ! 考えるのやめやめ! 今に集中するんだ詩音……いや、詩音じゃないわね」


パチンと左頬をはたいて、気合を入れる。


「今ここにいるのは、世間を騒がす神出鬼没な言葉泥棒。怪盗レディ・ワーズなんだから」