ご感想送り先:@kaoru4888
――なぜ?
ベレスは向かいのヒューベルトの皿をじっと見つめた。
黒を基調とした荘厳なベストラ家のダイニングルーム。大テーブルに置かれた彼のメインディッシュは、今も手つかずのままだ。
今日の昼食はベレスが特別に作った、白身魚の甘辛炒めがメインディッシュ。夫ヒューベルトの好物だ。
彼は辛い食べ物が好きだ。
だからベレスはあらゆる香辛料を彼好みに調合し、白身魚にたっぷりと纏わせた。ヒューベルトが喜ぶ顔を思い浮かべながら。
けれど、ヒューベルトはメインディッシュが運ばれてしばらく経つのに、一切手が伸びない。
まるでメインの白身魚は避けるようにして、ゆっくりと別の料理を食べていく。
――何か、間違ったのだろうか。
ベレスは自分の皿の白身魚を一口食べてみる。
鼻に抜ける香辛料の香り、あとから舌先をジリジリと痺れさせる辛味、しっかりついた焦げ目は料理に香ばしさを加える……どれもいい具合だと思うが。
もしかしたら、ヒューベルトは舌が肥えているのかもしれない。皇帝エーデルガルトのそば近くで働いていれば、料理の良し悪しの審美眼だって備わっているだろう。
そもそもヒューベルトは侯爵家の生まれだ。普段から平民が食べる物と比べれば、質の良いものを食べているはずだ。
対してベレスはどうだろうか。ヒューベルトと結婚してベストラ家で暮らすようになり、使う食材は格段に良くなった。
けれど技術が伴わなければ、まずいものを作ることだってできてしまうのが料理というものだ。
――でも、並ぐらいの腕はあると思っているが……。
少なくとも、”食べられるか食べられないか”の瀬戸際ではないはずだ。
傭兵上がりのベレスは街を転々としながら生計を立てていたから、野宿もしたし、厨房を借りて父と家庭料理を作ったこともある。
傭兵仲間に料理を振舞ったことも数えきれないほどあるが……。
――皆は「うまい」って言ってくれたが、もしかして空腹だったからか?
急に胸の中にあった自信がしおしおと縮んでいく。
少し前の自分が、席についたヒューベルトへ「今日は君の好物を作ったよ」と差し出したのを思い出した。
なにをはりきっていたのだろう。
ベレスはいたたまれなくなって視線を下げると、ヒューベルトのカトラリーの音が止まる。
「ずっとこちらを見ていますが、どうかしましたかな?」
「いや……気にしないでくれ」
ベレスは何でもない風を装って首を振って見せると、ヒューベルトは微笑んで、また別の皿の料理にナイフを刺す。
――やはり、私の料理は避けられている。
口に残る白身魚の身が急にパサついて、喉に引っかかるような気がした。
観察眼の鋭い彼の事だ、避けてはいるが優しい彼はわからないよう黙っているのかもしれない。
――例えそうであっても、……真偽は確かめたい。
まずいものだと思っているならそうだと言って、一思いに切り捨てられる方がいっそスッキリする。
そうだ、ハッキリ言ってほしい。
ベレスは一呼吸置くと、苦しい胸のまま向かいのヒューベルトに尋ねる。
「それは……食べないのか?」
「ああ……白身魚の。後にしていましたが……気になりますかな」
「気になる……、というか……」
見事に言い当てられると、聞き出すと決めた心がグラっと揺れる。
でも彼の気持ちが知りたい。
改めて心を決めると、ベレスは彼を見つめ返した。
「一つも手をつけないから、残すのか、……と思って」
そうなったら、作った料理はゴミ箱行きだ。
残飯の山に放り投げられる白身魚の甘辛炒めを想像して、胸がぎゅううと締め付けられる。
――もう少し、料理の腕があれば……。
ひとり悔しくなって肩を落とすと、ヒューベルトは「やれやれ」と小さくこぼした。
「ベレス殿が作ってくださったのですよ。残すわけがありません」
「……えっ、じゃあ」
何で一つも手を付けないんだ、と聞く前に、頬も鼻先も真っ赤にしたヒューベルトは白身魚を切り分けて口へ運んだ。
「私は好きな物を後で食べる主義でしてね。……妻が作った私の好物は特に」