【解説】アメリカ ユダヤ社会の影響力
公開:2024年7月3日(水)午後5:15
更新:2024年7月4日(木)午後0:37
NHK
イスラエル軍がガザ地区への攻撃を続ける中、アメリカのバイデン政権は、国際社会から強い批判を受けながらも、イスラエルを支援する姿勢を崩していません。
その背景には、アメリカのユダヤ社会の影響があるともいわれています。アメリカのユダヤ系の人たちは、人口の2%ほどですが、政財界やメディアなど、各界で著名人を輩出しています。
きょうは、アメリカのユダヤ社会が対イスラエル政策に持つ影響力について考えます。
外務省時代にアメリカや中東に勤務し、現在も世界各国で外交などを研究する、キヤノングローバル戦略研究所、理事・特別顧問の宮家邦彦(みやけ・くにひこ)さんに、望月麻美キャスターが聞きました。
(「キャッチ!世界のトップニュース」で2024年7月1日に放送した内容です)
望月キャスター: アメリカのイスラエル政策には、ユダヤ社会の影響が大きいとよく指摘されますが―
宮家さん: よく「陰謀論」が言われるんですが、私は違うと思います。アメリカの外交というのは基本的に「中東が安定すること」。中東が安定するのに一番の危険があるとすれば、それはイランの台頭ですよね。
ですから、アメリカは中東を安定させ、石油をちゃんと外に出すということで、イスラエルをやはり同盟国として重視しているわけです。それはヨーロッパも同じで、決してアメリカだけの現象ではありません。したがって、アメリカのイスラエル支持というのは確かにありますが、それは単にユダヤ系社会だけではなくて、むしろ超党派の支持があるというふうにみるべきだと思います。その意味では、「陰謀論」だけでは説明ができないと思います。
・なぜ多くの分野で活躍
望月キャスター: 一方で、ユダヤ社会の資金力や発言力は大変大きいですよね。ユダヤ系の人たちは、アメリカ社会で大きな存在感を示しています。
メタのザッカーバーグCEOや、スピルバーグ監督、過去には科学者のアインシュタイン博士など、多くのユダヤ系の人が各分野で活躍してきました。アメリカのユダヤ社会はなぜこれほどまでに、活躍する人材を輩出できたのでしょうか。
宮家さん: これだけ見るとそうそうたるメンバーなんですけどね。私は過去2000年間、欧州などで迫害されてきたユダヤ系の人たちの差別と迫害の結果だと思うんですよ。どういうことかというと、やっぱり彼らはゲットー(強制居住区)に住まわされて農地を持てなかったですね。ですから、生き延びるために、そしてその信仰を守るために、団結を守るためにどうしたらいいかというと、もう教育をするしかないわけですよ。
その中でどういう職業が認められてきたかといえば、その1つは金融業ですとか、それからアメリカの場合であれば小売業、デパートなどですね。金融の他にはメディア、お医者さん等々、いわゆる専門職ですよね。こういったところは差別が比較的少なかったから、教育をして、そういうところに入っていって、そして生き延びていったわけです。
その中で、こういう人たちが出てきたということですけれども、ごく普通のユダヤ系のアメリカ人は、別にこんな人たちばかりではないです。けれどもその中からこういう人たちが生まれてきたということは、これまた事実なんですね。
ですから、その意味では、アメリカの社会というものがこの人たちだけで動いているというふうに見るべきではなくて、あくまでもほんの成功例、他のイタリア系とかアイリッシュ系等々、いろいろな人々も同じように頑張って、こういう人たちを輩出してきた、これも事実だと思います。
望月キャスター: やはり差別が背景にあったということは、きちんと私たちも知るべきところですよね。
・政治への参加
望月キャスター: アメリカ政治に対しては、どのように影響力を持ってきたのでしょうか。
宮家さん: もともとユダヤ系のアメリカ人の大量移民が始まったのが19世紀なんですよね。そしてそのころは着のみ着のままで来た人たちが多いですから、教育もないし、英語もしゃべれなかったような人たちが、やはり子供に教育を与える。しかし、ちょうどそのころ、第2次世界大戦があり、それでみんなナチスのために戦いに行ったわけですよ。
その中で大学に行けるようになって、そして1961年にケネディ政権ができたときに、マサチューセッツから“best and brightest”といわれる優秀な人材をホワイトハウスに連れていったわけです。その中にユダヤ系の人たちが入っていたといわれています。これは民主党の話です。
宮家さん:その後、共和党の方もニクソン政権時代に、例えばキッシンジャーさんみたいな人が台頭して登用されて、そして活躍をするということですから、その意味ではとても順調に「知的爆発」を起こしているということなんでしょう。民主党の中ではユダヤ系の人たちが主流だと思いますけれども、今や共和党でも支持者は非常に多いですから、ある意味では超党派だと思います。
バイデン政権では、例えば国務長官とか、財務長官など、経済閣僚、結構多いですよ。これも彼らの努力の結果とみるべきだと思います。
・ロビー団体「AIPAC」とは
望月キャスター: 政治的な影響力でいえば、ユダヤ系のロビー団体「AIPAC」が大変有名です。 年次総会には、民主・共和の議員たちが大勢参加してきました。「AIPAC」は親イスラエル政策からはずれた政治家には厳しい姿勢をとるともいわれますが、実際にどんなことをするのでしょうか。
宮家さん: AIPACというのは、おそらく最も強力なユダヤ系のロビー団体ですよね。全国に支部があって、そしてネットワークが強力だし、資金もあるということで、やはりイスラエルを擁護するために動いていることは事実です。
宮家さん: 卑近な例で言うと、先週ですけれども、ニューヨークの民主党下院議員の予備選挙があったんですね。そのボウマンさんという人はなんと反イスラエルだった。それに対してAIPACは、一説には1,500万ドル、24億円もつぎ込んで、批判のテレビ広告を打って、その結果、ついにボウマンさんは落選して、ユダヤ系の人が代わりに民主党の候補になった。
そこはもともとユダヤ系が非常に強いところですから、ボウマンさんという人がなったこと自体がおかしかったのかもしれないけれども、そのくらいAIPACというのは政治的な影響力がある。ニューヨークだけじゃなくて、このようなイスラエルに厳しいことを言っている議員に対して、やはり予備選挙の段階で圧力をかけていくことは、それをやる力がまだ残っているということだと思います。
望月キャスター: そうすると、政治家がむやみに反イスラエル的な政策は言えないですよね。
宮家さん: でも言うべきときは言えばいいんですよね。反イスラエルかどうかという、今の問題はネタニヤフ首相の政策だから、ネタフヤフ首相に対して厳しいことを言うのはまだいいと思いますね。
望月キャスター: 一方、いまのガザ情勢を受けて、アメリカの世論には変化が起きています。
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・変化するユダヤ系アメリカ人
ガザ地区ではイスラエル軍の攻撃が続き、民間人の犠牲者が増え続けています。パレスチナ側の発表では3万7,000人を超える人が犠牲になりました。
この状況に対し、全米各地の大学で抗議デモが起こるなど、若者を中心に、アメリカのイスラエル支持に対する反対の声が上がっています。
デモを止める警察と激しく衝突する事態も起きました。こうした声を上げる学生の中にはユダヤ系の人もいます。
「パレスチナ人の人命や苦しみについて懸念を示すのは大事。人命は守られるべきです」
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・イスラエル政策 高まる批判 なぜ
アメリカ国内でイスラエルを批判する声が高まっています。こちらは、イスラエルの軍事作戦についての世論調査です。
2023年11月の時点では「支持する」が50%で、「支持しない」を上回っていましたが、 2024年3月の調査では「支持しない」が55%で、半数を超えました。
望月キャスター: 宮家さんはこの結果をどのように分析されますか。
宮家さん: 確かにアメリカの若い世代で、イスラエルに対して厳しい声が出ている、これは事実だと思います。他方、今のアメリカ社会をみていると、例えばシナゴーグ、ユダヤ教の教会、これに対する襲撃事件があったり、反ユダヤ主義というのはむしろ広まっている、大きくなっているという状況もあるわけです。
ですからその意味では、アメリカの社会が、ユダヤ系の人達が今まで素晴らしい時代、黄金時代をおう歌していたことは事実かもしれない。けれども、これが徐々に徐々に変わりつつあるということはいえると思います。ただ、こういう形で反ユダヤ主義が出てくると、また新たな動きが政治的に出てくる。
つまり、ユダヤ系の社会がまた結束をする可能性もあるし、いろいろな要素があります。トランプさんが出てくれば、またイスラエルとの関係も変わるでしょうしね。まだまだイスラエル社会、ユダヤ系の社会というものが流動的だというふうにみるべきだと思います。
望月キャスター: 世代交代の影響みたいなものもあるのでしょうか。
宮家さん: やはり3世、4世になると、昔のようなおじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんの時代とは違って、イスラエルに対する帰属感もしくは親近感も薄れてきますよね。そういう意味では、徐々に徐々にアメリカの社会に同化していくユダヤ系の社会というのも、否定できないだろうと思います。
・大統領選への影響
望月キャスター: アメリカのイスラエル支持に批判が高まる中で、今後バイデン政権の姿勢に変化はあるのでしょうか。
宮家さん: バイデン政権は恐らく若い票は減るかもしれませんけれども、「イスラエル支持」という点では変わらないと思います。ただ、ネタニヤフ政権に対しては意外と厳しいところがありますから、恐らくそこは変わらないと思いますね。
ユダヤ票は今、大体600万~700万票ぐらいでしょう。けれども、もっとイスラエルに優しい人たちがいて、Evangelical(エバンジェリカル)というんですが、いわゆる「福音派」といわれる人たちですよね。彼らは聖書を読んでいて、聖書によると、キリストが再臨する時には聖地がユダヤ化するんだ、だからイスラエルを支持するんだと。
こういう強力なキリスト教徒の支持者がいて、これはむしろ共和党の支持なんですけれども、仮にトランプ氏になっても、決してイスラエルとの関係が悪くなるどころかむしろ強くなるかもしれない。そういう意味では、アメリカの社会、イスラエルの社会というものがいろいろな形で変化をしていく過程がまだ続くだろうという気がします。
・イスラエル政策 変化は
望月キャスター: 7月24日には、ネタニヤフ首相がアメリカ議会の招待を受けて演説することが決まっていますよね。
宮家さん: 面白いですね。でも、政府から招待がないんですよね。おそらくネタニヤフ首相は、バイデン大統領と会わないかもしれません。そのくらい関係が悪いですね。
望月キャスター: ただ、このICCの国際刑事裁判所がネタニヤフ首相に対して逮捕状を請求するとしているさなかでの招待、これはどのようにご覧になりますか?
宮家さん: まあ、気にしないでしょうね、あの人たちは。やはりICCもいい時もあるし、悪いところもあると彼らは思っていますから、そこはあまり大きなポイントではないと思います。むしろ、このイスラエル側とアメリカの中長期的な関係がどうなるかによって、中東の安定にも影響が出てくるので、それはやはりエネルギーを依存する日本としても極めて重要な流れとして注意しなければならないと思います。
望月キャスター: 先日のテレビ討論会では、トランプ氏が「イスラエルに仕事を最後までやらせるべきだ」と述べていましたが、討論会はどうご覧になりましたか。
宮家さん: トランプ氏は非常にイスラエルに対して優しいですよね。ただ、その討論会も非常に悲惨でしたよね。どっちもどっちだという感じがしたんですが、これは仮にトランプ氏が勝つにせよ負けるにせよ、やはりアメリカとイスラエルの関係は、ネタニヤフ首相がいる限りにおいては、やはり相当大きな変化があり、これからも試練が待っているような気がします。
トランプ氏が仮に大統領なったからといって、イスラエルは決して楽観はできないだろうと思っています。
望月キャスター: 長期的にみたときに、アメリカのユダヤ社会の影響力についてはどのようにご覧になりますか。
宮家さん: 彼らの結束力、団結力、資金力、そして政治的なノウハウはまだまだ続くと思います。ですから、強力な存在としてはあるでしょうが、先程も申し上げた通り、世代が変わることによって、つまり3世、4世、5世になっていくに従って、やはりイスラエルとの関係が希薄になっていきますから、そこでアメリカとの関係というものも次の段階に入っていく時代がいずれは来るだろうと思います。
望月キャスター: ここまで、キヤノングローバル戦略研究所の宮家邦彦さんとお伝えしました。宮家さん、ありがとうございました。
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