「知ろう・考えよう 人権」

~情報を調べる・考える~

化学物質過敏症についてのよくある質問を例に

「化学物質過敏症」って本当にある病気なの?

「化学物質過敏症」は2009年に保険病名収載されている。医学部の教科書で見たことがあるというお医者さんも少しずつ増えているよ。でも専門医も少なく、企業との共同研究も難しいことから病院経営においては不採算部門となり、国立病院でも診療を終了してしまうところがどんどん増えている。

英語では"Multiple Chemical Sensitivity"と表すよ。日本語だけでなく英語や他言語でディスカバリーで検索してみると、世界中の複数の分野(医学、環境学、化学など)で研究や大規模な調査がされていることがわかるよ。「全文あり」にチェックを入れると全文読めるものだけに絞り込むこともできる。英語で書かれた抄録や論文でも、ブラウザ翻訳などで大意を掴むことができるよ。活用してみてね。

横断的に検索できるディスカバリーと並行して試してほしいのが、分野がある程度絞られたそれぞれのデータベース。思いついたキーワードをブラウザの検索エンジンで調べるよりも、専門的でより知りたいことにスムーズにたどりつける。それぞれのデータベースでは、シソーラス用語(※)を各論文にキーワードとして付与して、表記の揺らぎを抑え、効率的な検索ができるようにしているよ。日本語の検索語を自動的に英訳して検索してくれるものもあるよ。

例えば「化学物質過敏症」は科学技術や医学・薬学関係で取り上げられることが多いので、JDreamⅢで検索すると最新の研究動向がつかみやすかったよ。

東洋大学オンラインデータベース検索システムの詳細検索 では分類や目的別でデータベースを絞り込むことができるので、どのデータベースを使っていいかわからない、というとき参考にしてみてね。

※ JDreamⅢ「JST科学技術用語シソーラスって何?」

水城まさみ「化学物質過敏症専門外来から見えてきた日本の化学物質過敏症の実態と問題点及び緊急課題」臨床環境医学vol 29 No.1 2020 

Volatile organic compounds (VOCs) in exhaled breath as a marker of hypoxia in multiple chemical sensitivity.(Physiological Reports; Sep2021, Vol. 9 Issue 18, p1-8, 8p,2021) (論文の例:するっとTRiTONへのログインが必要です)

「集合住宅、職場、医療現場、学校、礼拝所、公共施設など、文字通り空気が共有されているあらゆる場所において、香りのついたパーソナルケア用品、掃除用品、洗濯用品など、どこにでもありしばしば避けることのできない誘因となる化学物質への曝露を減らすための社会全体への政策や実践が必要である。」

香りを楽しむ権利があるんじゃないの?

タバコと同じように、それを楽しむ権利はすべての人にあるよ。ただ、すべての権利の中でも、人間らしく生きるために必要かつ、人間として奪えない部分が人権なんだ。権利だから、と他人の生命や健康を害して人権を脅かしてはいけない。「実定法上の権利」と「憲法の保障する権利(人権)」の違いにも注意してね。

香りを楽しむのであればTPOに応じてON-OFFできる性質のものがよいね。材質や使用リスク、環境負荷についてきちんと知っておくのも、自分や他者の人権を守ることになるよ。

例えばカナダ(※)では公立の小学校~大学で、学校に香料製品を持ち込まない(使った状態で登校しない)ことをポリシーとして呼びかけていることが各学校のサイトに明記されているよ。

※カナダ人権法は、他の障害と同様に、アレルギーや過敏症の人々を保護しています。日本でも「障害者差別解消法」)が制定され、平成28年4月1日から施行されました。令和3年5月、同法は改正され、合理的配慮の提供が国や自治体だけでなくすべての事業者にも義務となりました。改正法は、令和6年4月1日から施行されます。

憲法Ⅰ 人権 (するっとTRiTONにログインして読める電子ブック。電子ブックは東洋大学オンラインデータベース検索システムの詳細検索 で目的別検索「電子ブックを読む」から提供版元ごとに選択可能です。OPACの詳細検索で「資料区分」を電子ブックにして探すこともできます。)

権利を主張することは「わがまま」ではない。国際人権法の専門家・藤田早苗さんに聞く「人権」について (こここWebマガジン)

香水や海外の柔軟剤がいわゆる「香害」の原因?

香水(アルコール系香料)より香りが強く、はるかに長持ちする「香り」を主要大手3メーカーが開発しているよ。2011年の記事では国産大手洗剤メーカーが海外メーカーに負けない香り成分の強さと持続性を実現しているという記述も。するっとTRiTONで当時の記事を読んでみよう。「日本製だから大丈夫」「やさしい香りと書いてあるから大丈夫」と決めつけずに、メーカーサイトに記載されている成分もちゃんと確認してみよう。「香料」と記載がない場合も、製品中の含有量が1%以下なら表示義務はない。量を少なくしてもしっかり機能するような成分もどんどん開発されているよ。

「香害」は「香り」だけでなく、揮発する化学物質から嗅覚や触覚を通じて受ける被害すべてを指している言葉なんだ。「消臭スプレー・消臭剤」からの刺激で受ける被害なども含まれる。自分が使っている日用品を見直す一つのきっかけとして考えてみよう。

売っているものは安全でしょう?日用品からそんな害がある物質が出たりするの?

202353日、ニューヨークタイムズ紙に「日用品に複数の有毒化学物質が含まれることが新研究で明らかに」なったという記事が掲載されているよ。

国立環境研究所によると、非常に少ない量に短期間曝露するだけで、長い年月を経た後に健康への悪影響として現れるおそれのある化学物質もあることが近年わかってきた。その中の一つである内分泌かく乱物質は社会規模に影響を与えうるため、欧米では日本の数百倍以上の研究費が支出されているよ(※)。日本でも2010年から化学物質など環境中の有害物が子どもの成長・発達にもたらす影響を調べるエコチル調査プロジェクトが始まっているよ。

※ 病み、肥え、貧す : 有害化学物質があなたの体と未来をむしばむ / レオナルド・トラサンデ著 ;中山祥嗣(国立環境研究所)監修  (OPACへ遷移します)

なぜ規制されないの?

化学物質は年々増加の一途をたどり、現在、CAS登録番号が付与されている化学物質の数はすでに2億種を超えている。ある化学物質が規制されても、類似の化学物質を生み出すことはたやすいかつて大きな社会問題となった危険ドラッグの氾濫は、麻薬や覚醒剤などの規制された成分の化学構造を少し変化させた化学物質を使ったドラッグが次々と開発されていくのに法規制が追い付けていないことも一因だった(現在は法で所持・使用が規制)。また、単体・少量での毒性が低い化学物質でも、複合使用・長期使用により人体に害を及ぼす場合もある。法律で管理できる化学物質の安全性には限りがあるんだ。

 「有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律」により、規制基準の定められていない家庭用品については、各事業者がそれぞれの判断に基づき、各製品の安全性の確認を行うこととなっているよ。ただ、一つの製品を作り出すするのに何十年もの試験、人への影響ををするのは企業にとっては現実的でない。(※1)

洗剤や柔軟剤に含まれるマイクロプラスチックの香りや抗菌成分の害が知られ、EUで規制されるようになると、企業は規制されていないタイプの超微粒子の徐放機能技術(マイクロカプセル(※2、香りカプセル、「持続的に香りを放つ泡パフューム」(※3など)を開発するなど、日々革新的な「すごい技術」で新しい製品が生み出されている。現在の、後追い型の規制では長続きして発散し続ける香りや成分で苦しむ人々が救済されることは難しい。

だからこそ、社会の環境意識の高まりが何より大きな抑止力になるよ。実際EUで香料アレルゲン物質の規制が始まってから、「消費者は香料製品に使用される成分の透明性を求め、化粧品、洗剤、家庭用洗剤などの天然香料製品に対する需要の増加をもたらしている」 (※4)といった変化が見られるようになった例もあるよ。EUではネオニコチノイド農薬も、2013年以降の段階的な規制強化によって需要が減ったことで企業が製造を断念し、全面的な使用廃止につながったという例もある。人体への大きな被害が出る前に、人々が「買わない」という選択をすることが重要な要素になることがわかるね。

※1 病み、肥え、貧す : 有害化学物質があなたの体と未来をむしばむ / レオナルド・トラサンデ著 ;中山祥嗣(国立環境研究所)監修  (OPACへ遷移します)

※2 Global Microcapsule Embedding Machine Market Size,Growth Rate,Industry Opportunities 2023-2029

3 Why use fabric conditioner: The underrated hero of the utility room… and your new best friend!

※4 欧州の香料産業 - 市場規模・シェア分析 - 成長動向・予測(2023年 - 2028年) 

化学物質による苦しみは「過敏」なのか 当事者を孤立させる社会(月刊保団連)2022年3月号 

「製造企業は、〈規制されていない=安全〉という論理で作り続けることになるし、たとえ規制されても似たような代替物質の使用で切り抜けようとする。例えば焦げ付かないフライパンなどに使われている有機フッ素化合物の場合、PFOSが人体に有害だとして2009年に禁止されると代わりにPFOAを用い、それがさらに2019年に禁止されるとPFHxSに乗り換えたように。その間、消費者は知らないままその製品を買い続け、使い続けてきた」。

魚はなぜ減った?見えない真犯人を追う : 東大教授が世界に示した衝撃のエビデンス / 山室真澄著 (OPACへ遷移します)

化学物質過敏症の人は田舎に行けばいいのでは?

「田舎だから化学物質が少ない」というのは根拠があるかな?洗剤や柔軟剤は日本全国同じものが売られているし、農業が盛んな地域では農薬の空中散布が行われ、野焼きが行われる機会も都市部よりずっと多いんだ。「人のいない場所」に居住すると医療へのアクセスが失われてしまう。化学物質過敏症患者に対応ができる病院は多くはない。患者は、化学物質過敏症以外の疾患の治療でも、一般的なクリニックでの治療を断られ大学病院の受診を勧められることが珍しくないんだ。車や公共交通機関を利用できない人もいる。こどもの患者も増えている。患者を隔離することは問題の解決や人権遵守にはならない。

「障害の社会モデル」「心のバリアフリー」「合理的配慮」などのキーワードをOPACやディスカバリーで検索してみよう。

 (1)障害のある人への社会的障壁を取り除くのは社会の責務であるという「障害の社会モデル」を理解すること。

 (2)障害のある人(及びその家族)への差別(不当な差別的取扱い及び合理的配慮の不提供)を行わないよう徹底すること。

 (3)自分とは異なる条件を持つ多様な他者とコミュニケーションを取る力を養い、すべての人が抱える困難や痛みを想像し共感する力を培うこと。

「ユニバーサルデザイン2020 行動計画(2017年2 月ユニバーサルデザイン2020 関係閣僚会議決定)」より

新聞などで報道されていますか?

朝日新聞クロスサーチで検索すると、「化学物質過敏症」という単語が使われる記事は1992年が最初のようだ。最初はシロアリ駆除剤、農薬などとセットで取り上げられ、1990年代後半には「杉並病」関連の記事が続く。少しずつ建材関係の記事が増え2000年代に入るとシックハウスという単語が頻出する。改正建築基準法や健康増進法が施工された以降は、受動喫煙や香りについての記事が増えていく。2017年ごろから香りに関する記事が主流になる。「香害」という言葉がセットで使われ始めるのもこの頃だ。

日経テレコンでは化学物質の影響を考えた製品の開発・販売情報が多く、毎索では当事者の声をきっかけにした記事や、労災などを含めた裁判関係で取り上げられているものが多い印象だったよ。ヨミダス歴史館は1981年のホルムアルデヒド問題でアメリカの規制が進む中日本では対策がされていない、という記事も検索でヒットしたよ。JIJI-webは件数こそ少ないけれど訴訟関連の記事ほとんどなので、これまでどのような訴訟があったかを掴みやすい。

各紙の取り上げ方や報道の傾向を知るには、具体的なテーマで比較してみるとわかりやすいよ。就活や研究にも読み比べ、おすすめだよ。

強制入院や分離教育、廃止勧告 障害者権利条約、日本を国連審査 朝日新聞. Sep 14, 2022 :3 (するっとTRiTONで読める)

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「環境に優しい」と書いてある製品を使えば大丈夫?

環境に優しい」と言っても千差万別。例えば洗濯における「節水」「パッケージのプラスチックのリサイクル」「紙パックの採用」などを謳う製品は多い。もちろん大切な試みではあるけれど、排水や使用後に大気に排出される成分まで考慮されている製品は少ない。

Scienceに2018年2月16日に掲載された論文によると、米国海洋大気庁(NOAA)主導の調査で殺虫剤やその他の香りのする消費者用品などの揮発性化学製品からのVOC排出量は、現在、ロサンゼルス都市部の汚染源として自動車に匹敵する規模となっていることが明らかになった。原料として使われる石油の量は自動車燃料の1/15に過ぎないのに。

SDGs目標12として設定されている「つくる責任 つかう責任」を果たすためには、製品を選択する際に価格や広告や惰性を一旦脇に置いて考えてみることが大切だね。

オーガニック、自然由来だから安心ということはないし、工業的に組成された化学物質を使うなということでもないよ。この世界にはもともと化学物質がたくさんある。そしてそれ以上に人類が発見・発明してきた化学物質は急激に増加している。長期にわたる濫用のリスクはまだわかっていないものもたくさんある。自分にも他人にもリスクを少なくする選択をしよう。