イタリアの巨匠たち(3)

カラヴァッジオ(1571年-1610年):

本名 ミケランジェロ  メリジ

ミラノ生まれ。育った近郊の村カラヴァッジョの名前が彼の通称名になります。

家族はカラヴァッジオ男爵家の管理をしていました。

ミラノでの最初の師は、テイツイアーノの弟子になるシモーネ ペテルツアーノ。ローマには、20歳代、1595年頃到着し、カヴァリエレ  ダルピーノにつきます。彼のもとで描いた絵は果物やバッカスなど。

非常に身分の高い人たち、枢機卿などの保護により、沢山の絵をローマに残します。

1606年、ファルネーゼ家の付き添い頭を誤って殺害し、ローマ南にあったコロンナ家の領土にかくまわれます。ナポリから、シチリアにマルタへと逃亡。

最後、彼の絵3枚と引き換えに法王パウルス5世のお許しが出たのですが、行き違いで彼はローマ北のパロで行き止めになります。(ここは、オルシーニ家の領地でした)先に船で行ってしまった絵を取り戻しにポルト エルコレまで行き、マラリアで亡くなりました。



彼は、当時のアカデミーには全く沿わない、独自の画風を生み出しました。彼独自の光の使い方は後にイタリア、そしてヨーロッパ中に影響を与えることになります。

また、昔ながらのテーマで絵を描きながら、主役は彼の知り合いの娼婦だったり、農民だったり。高貴な人たちが主役では全くなく、身分の低い人たちを描いたことが、スキャンダルの対象になったのです。

何と言ってもナボナ広場近くになる、サンルイジ デイ フランチェージ教会のコンタレッリ礼拝堂の聖マタイの3枚の絵は、見逃せません。

彼の名前をこれによって広めることになったのです。

左の絵は、聖マタイのお召しです。さて、イエスキリストに指さされている聖マタイは誰でしょう?

教会はミサ中は見学不可、また午前中開館のあと、お昼休みがあり、また午後開館になります。



ローマ北にあるサンタマリアデルポポロ教会内チェラシ礼拝堂には、ローマの保護聖人のふたり、聖ペテロの磔と聖パオロの改心の2枚の絵があります。



上記のサンルイジ デイ フランチェージ教会から遠くないサンタゴステイーノ教会内、カヴァレッテイ礼拝堂、巡礼者たちの聖母



世界のどこよりもローマにはカラヴァッジオの絵がありますが、その中でも6枚の絵を持っているのが、ボルゲーゼ美術館です。左上は、パラフレニエリの聖母、左下は、フルーツ籠を持つ少年、右はゴリアテの首を持つダヴィデです。ゴリアテの顔はカラヴァッジオ自身の自画像と言われています。ボルゲーゼ美術館は予約が要りますので、ご注意ください。

ローマが誇るカピトリーニ美術館内、ピナコテカ絵画館には、2枚の絵があります。これはイカサマ師

ヴァチカン美術館内ピナコテカ絵画館には、

キリスト降下


ドーリアパンフィリ美術館には、2枚の絵があります。上は、エジプトへの逃亡ですが、悔い改めるマグダラのマリアも見逃せません。

バルベリーニ美術館には、3枚の絵がある中、上はホロフェルネスの首を跳ねるユデイットナルチソス洗礼者ヨハネの絵もあります。



おそらく、一日で全部を見るのは不可能でしょう。何日かかけて、ゆっくりと見学できたら最高ですね。