(1)森林植物の系統地理学的研究
日本列島は南北に長く北海道から南西諸島までで約3,000kmにわたっており,亜熱帯から亜寒帯までの気候帯が存在しています。これらの地域にさまざまな森林が成立し多様な生態系を形作っています。現在の森林はこれまでの気候変動や地形の変化の結果として形成されてきています。過去30万年の間にも3度の氷期を経験し,植物は気候に応じて分布変遷を繰り返して,現在の分布域を形成しています。この分布変遷の過程で集団の保有する遺伝的組成も変化し,分布域全体を見ると遺伝的に少しずつ異なった集団が形成されます。地理的な距離が近い集団はお互いに遺伝的に類似していますが,距離が離れるほど遺伝的にも遠くなります。このようにして形成されたものを遺伝構造(遺伝的地域性)と呼びます。
この研究では現在の森林がどのように形成されてきたかを遺伝的な手法で明らかにすることです。樹木のDNAに隠された歴史を研究します。
(参考文献)
スギの天然林
(2)森林の遺伝的撹乱
在来集団(天然林)とは異なる由来の樹木を大規模に植栽すると、もとの集団が持っている遺伝的な組成を変化させてしまうことがあります。天然林は長い時間をかけて成立して、地域の環境に適応した遺伝子型になっていると考えられています。そこに適応していない産地の樹木を大規模に植栽すると適応的な遺伝子型が撹乱されて、将来的には森林の衰退につながることが考えられます。このような森林の遺伝的撹乱を防ぐことが森林を保全する上で重要です。そのため樹種ごとに種や苗の移動範囲をある程度決めておく遺伝的ガイドラインが必要になります。
森林総合研究所で公表されている「広葉樹の種苗の移動に関する遺伝的ガイドライン」(2011)
http://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/chukiseika/documents/2nd-chukiseika20.pdf
津村義彦・陶山佳久 (2015)(編集)地図でわかる樹木の種苗移動ガイドライン. pp. 176、文一総合出版
http://www.bun-ichi.co.jp/tabid/57/pdid/978-4-8299-6524-5/Default.aspx
(3)地域適応的遺伝子
環境の異なる地域に生育している樹木は、それぞれの環境で淘汰を受けて適応的な遺伝子型を持っています。例えば日本側と太平洋側では冬期の気候が全く異なります。日本海側では多くの積雪があり、かなり湿潤な状態ですが、太平洋側では積雪もなく乾燥しています。このような違いが何千年、何万年も続くと、その環境にあった遺伝子型を持つ個体が選ばれていきます。これらの遺伝子をゲノム中から見つけ出して、将来の植栽にために役立てようと考えています。
(参考文献)
針広混交林(奥多摩)
亜高山針葉樹林(八ヶ岳)