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乱能を観て

藤村晃久

昨年12月25日正午より、国立能楽堂において、梅若六郎舞台生活50周年記念乱能が行われた。三番叟や石橋、道成寺など、非常に盛りだくさんでおもしろい内容だった。特に印象に残ったことを書く。

『三番叟』

登場から揉の段にかけては案外普通で(烏飛びはピョコピョコと滑稽な飛び方だが)、乱能とはいえ三番叟は真面目にやるのかと思った。が、黒式尉の面をつけた後の、面箱との問答のところで様子が変わる。三番叟の観世喜正さんが面箱の梅若晋矢さんに、「一人では不安なので鈴の段を一緒に舞ってほしい」というようなことを言い出す。事前の打ち合わせになかったらしく、晋矢さんは大慌て。返答もおぼつかないが、結局二人で相舞することになる。その後、喜正さんが一人で舞う間に、晋矢さんが後見から何やら怪しげな袋を受け取る。中身は飴玉のようで、見所に向かって次々にまいている。5、6袋分まいたところで、ようやく終わった。この後の乱能の展開を予想させる、とても楽しい三番叟だった。

舞囃子

普段は座って楽器を演奏する囃子方だけに、立って舞うのに慣れていないらしく、非常に危なっかしい感じ。本人は必死で舞っておられるのだろうが、その様子がかえって見所の笑いを誘っていた。

能『石橋』

大鼓方葛野流宗家預かりで人間国宝の亀井忠雄さんと、長男の広忠さんによる親子獅子。お2人ともかなり稽古をされたようで、息もぴったりで見事である。白頭・赤頭を思いっきり振るのがうらやましかったのか、ワキの安福建雄さんが退場の時に橋掛りの欄干に足をかけ、頭をぶんぶん振り、さらに笑いが起こる。また、後見座に山本東次郎さんと万作先生が並んで座っておられるのは、この上なく安心感がある。地謡の前列に山本家の若手をずらりと並べるのも、乱能ならではである。

狂言『六地蔵』

狂言方が謡や語りをやることはあっても、シテ方が狂言調のせりふを言うことはまずない。そのためか、なんとも破天荒な『六地蔵』だった。名乗りで「これは九州の片田舎から梅若六郎先生のお祝いに参ったものでござる。」「これは金春流からただ一人呼ばれて参ったものでござる。」と、本当の自己紹介をする。ところが、その後がなかなか出て来ず、後見が何度もせりふをつける。最後のほうになると後見との一句付けのようになってしまった。後見も台本を見ながら必死である。はちゃめちゃな狂言だったが、これはこれでおもしろかった。

半能『土蜘』

囃子方と地謡方が座に着いたところで、地謡の後列の端にいた森常好さんがカメラを取り出して、舞台に向ける。すると、演者一同ピースサイン。作り物が出されワキが登場すると、橋掛りに次々に糸が飛ぶ。よく見ると、見所から亀井忠雄さんが投げ込んでいる。シテが作り物から出てくる頃にはすでに舞台の上が糸だらけになっている。シテの観世元伯さんは能の面ではなく、西洋の仮面のようなもの(顔の上半分だけを隠すもの)をしており、口の周りには怪しげな化粧をしている。シテとワキが糸を投げ合った後、ついにシテは退治され、鬘も仮面も取られてしまい、元伯さんの顔とやや寂しい頭があらわになってしまった。舞台上は糸だらけで、終わった後は清掃のために休憩が取られた。

一調

これまでの演目と違い、あまり笑いの要素はなかった。さすがに皆さん能楽界の重鎮だけあり、どれも非常にしっかりとしている。特に野村萬さんと梅若六郎さんの『鐘の段』は本職と言っても通じるほどのものだった。

能『道成寺』

今回の乱能のメインともいえる『道成寺』だが、非常に本格的で、見ごたえのあるものだった。囃子、地謡、作り物の登場から笑いの要素は一切ない。ワキの万作先生も、ワキツレの泰太郎さん・則孝さんも、大変重々しく演じている。シテの東次郎さんも、相当稽古を積まれたらしく、素人の私にはシテ方と何ら変わらないように見える。乱拍子では、小鼓の六郎さんと息もぴったりで見事だった。唯一笑いが起こったのは、シテ中入り後の間狂言だった。森常好さんと宝生欣哉さんが、鐘が落ちたことをどちらが報告に行くかでもめ、「今度すすきのでおごるから」「いや、今度中州でおごるから」と、互いに押し付けあう。森さんは自分自身で楽しんでやっている感じだったが、そのような中でも万作さんは全く笑わず、寡黙にワキ座に座っておられるのが印象的だった。後場はシテとワキの間の一進一退の闘いで、迫力があった。囃子や地謡もぜいたくな人選だったし、鐘後見は重量級をそろえ、バックでしっかりと支えている感じだった。全体として、本当にすばらしい『道成寺』だった。

おまけ

今回のチケットには「喫茶券」が付いていた。せっかくなので、終演後に食堂に行ってみると、コーヒーに羊羹とメロンがついてきた。

乱能を観るのは初めてだったが、約6時間の長丁場にもかかわらず、まったく飽きることはなかった。能楽師の皆さんが普段舞台の上でみせている面とは一味違った一面を見ることができ、とても楽しかった。