プレート境界地震・スロー地震活動評価

海域で発生する地震の3次元構造を考慮したCMT解析

プレート境界の巨大地震発生域の深部および浅部延長では、通常の地震と比べゆっくりと破壊が進展する、スロー地震とよばれる地震が発生する。特に、浅部延長で発生するスロー地震は海域で発生することから、それらの正確な位置と特徴を陸域の観測記録のみで推定することは非常に難しかった。
そこで、我々の研究グループでは、性能のよい3次元地下構造モデルを用いた地震動シミュレーションと陸域の観測記録を組み合わせた解析手法を考案し、紀伊半島南東沖で発生する浅部超低周波地震にそれを適応した。その結果は図に指名しています。2009年3月24日に発生した浅部超低周波地震の解析結果。地図中の震源球は青いほど観測波形の説明性の良い解であり、青まるで囲んだ震源球が本研究による解析結果である。最適解と右側に観測波形と合成波形の一致度を示す。解析には周期20-50秒のF-net速度波形を用いており、右側の波形も同じ帯域のバンドパスフィルターがかけられている。地図中の右上に浅部超低周波地震の発生時刻、右下に震源の継続時間を示す。灰色の震源球はこの期間に設置されていた海底地震計による解析結果(Sugioka et al., 2012)。つまり、海底地震計による解析(図の灰色の震源球)と概ね同じ精度で震源の位置とメカニズム解を推定できることを明らかにした(Takemura et al., 2018b)。
また、海域で発生する通常の地震についても3次元構造を考慮することで、位置とメカニズム解の推定精度がよくなる(Takemura et al., 2016b 2018a)。これにより、海底地震計の観測記録以前の地震およびスロー地震活動の再評価が可能となり、長期的なプレート境界のすべりモニタリングの可能性が見えてきました。

3次元構造を考慮したCMT解析に基づいた南海トラフ沿いの地震活動の再評価

プレート境界型地震を含む、様々なタイプの地震が発生する南海トラフの地震のメカニズム解(断層運動)と深さを正確に知るために、Centroid Moment Tensor Inversion (以下、CMT解析)を実施した。海域の複雑な不均質構造の影響で、従来の1次元地球構造モデルによるCMT解析では、海域の地震のメカニズム解と深さをご推定する恐れがある。そこで、3次元地下構造モデルを用いた地震波伝播シミュレーションにより、その影響を評価した。具体的には、相反定理により効率的に3次元地下構造を仮定したGreen関数を生成し、それを利用したCMT解析手法を開発した。陸域に敷設された F-netの観測記録を利用し、従来法によるカタログ(F-net MTカタログ)の地震のメカニズム解と深さを再評価した。
左図に示していますが、3次元構造を考慮した手法(図a)では、特に海域の地震のメカニズム解と深さが従来1次元構造を利用したF-netカタログ(図b)と異なる結果となった。我々の開発した3次元解析手法では、海底地震計による精緻な解析と同様の結果が得られた。本研究の手法により、長期的な地震活動の正確な評価が可能となった。海域観測の観測期間外を含む長期間の地震カタログが構築され、スロー地震や測地学的に推定したフィリピン海プレートのすべり遅れと比較を進めることで、南海トラフのすべり特性の解明に資すると期待される。 
本研究の詳細は、Takemura et al. (2020a)に記載されており、3次元CMT解析で得られた地震カタログは https://doi.org/10.5281/zenodo.3674161 にて公開されています。 

3次元構造を考慮したCMT解析に基づいた浅部超低周波地震の長期的活動様式の把握

Takemura et al. (2018b)で開発した3次元構造を考慮した解析手法を紀伊南東南東沖だけでなく南海トラフ全域へ適応し、陸域の広帯域観測網の記録から2003年〜2018年の15年間の浅部超低周波地震活動を網羅的に調査した。
図に示すのは、2003年6月から2018年5月までの浅部超低周波地震のメカニズム解の分布。図中のNは期間内のイベントの個数を示す。(A)室戸岬沖&紀伊水道沖、(B)紀伊半島南方沖、(C)紀伊半島南東沖のそれぞれの地域のイベントを黄緑、ピンクと青の震源球で示す。
浅部超低周波地震活動の時空間スナップショットである。推定されたメカニズム解の多くは、南海トラフのトラフ軸付近に低角逆断層のプレート境界でのすべりを示唆するような断層運動であった。このことから、浅部超低周波地震はプレート境界のすべりをモニタリングする上で重要な現象であることがわかった。また、我々の解析手法はメカニズム解と位置だけでなく、規模も正確に推定できることから、活動度の定量評価が可能となった。
詳細はTakemura, Matsuzawa et al. (2019)に記されているが、これらの解析とすべり欠損速度や地震波速度構造の推定結果と比較することで、スロー地震発生域の特徴、巨大地震発生域との違いを考えることができると考えています。

浅部超低周波地震の活動の特徴とプレート境界の応力集中

Takemura, Matsuzawa et al. (2019)で得られたCMT解カタログは非常に有用であるが、空間解像度が0.1°程度であるのと、CMT可能な規模の大きな浅部超低周波地震のみである。そこで、F-netの連続波形記録へAsano et al. (2015)の相互相関解析手法を適応することで、より小さな浅部超低周波地震の検知と浅部超低周波地震の震央位置の再決定を行った。
連続波形記録の相互相関解析によって、室戸岬沖、紀伊水道沖と紀伊半島南東沖の浅部超低周波地震活動の時間変化の特徴を把握することに成功した。また、再決定した震央分布とNoda et al. (2018)のプレート境界のせん断応力変化の空間変化を比較すると、浅部超低周波地震は応力集中域ではほぼ発生せず、その周囲で発生していることを明らかにした。つまり、浅部スロー地震がの発生数の関係(図b)から、浅部超低周波地震などの浅部スロー地震活動は強度の強い固着域と安定すべり域の遷移領域で活発に発生し、そこに蓄積した応力の一部を解放する役割を担っていることを明らかにしました 。詳細は、Takemura, Noda et al. (2019)や地震研HPの日本語解説を御覧ください。

浅部超低周波地震の群発活動の特徴

プレート境界のすべりをモニタリングする上では地殻変動を捉えることが直接的であるが、特に海溝軸付近で発生する浅部スロー地震(浅部SSE)の場合、規模の大きなイベントに限られる。浅部SSE発生時に浅部超低周波地震が群発的に発生することが知られている。本研究では、浅部超低周波地震の群発活動の特徴を調べることで、室戸岬沖から紀伊半島南東お沖にかけての領域の浅部スロー地震断層域の特徴解明を試みた。
上図に示すは、浅部超低周波地震の群発活動に関して、(a) 積算モーメントと活動面積、(b) 積算モーメントと群発活動の継続時間、(c) 積算モーメントと走向方向への広がり速度、の関係を示している。青丸は紀伊半島南東沖、紫三角は紀伊半島南方沖、赤い菱形は室戸岬沖から紀伊水道、での群発活動を示す。積算モーメントと活動面積の関係を見ると大きな地域性がないことから、各スロー地震断層における応力降下量はほぼ一定と考えることができる。そのうえで、継続時間や広がり速度には地域性がある。紀伊半島南東沖は典型的な深部スロー地震と近い特徴を示すのに対し、その他の地域はゆっくりと広がり、なおかつ継続時間も長い。これらの南海トラフの浅部スロー地震の地域性は、それぞれの地域のスロー地震断層の物質的特徴か間隙流体圧の差を示していると考えられる。詳細は、Takemura, Baba et al. (2022)を御覧ください。