性別違和(性同一性障害)の職域での対応における問題点の整理と提言
[2014.9.26]
2014年9月26日に開催された、第24回日本産業衛生学会産業医・産業看護全国協議会での演題の内容(ポスター発表)を掲載します。
Keyword: LGBT, 性別違和, GD, 性同一性障害, GID, ダイバーシティ, diversity, 多様性, 職場, 職域, 産業保健, 産業衛生, 労働衛生
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性別違和(性同一性障害)の職域での対応における問題点の整理と提言
○黒崎靖嘉、垣内紀亮、喜多村紘子、長谷川将之、安藤肇、野澤弘樹、大神明
[産業医科大学産業生態科学研究所 作業関連疾患予防学研究室]
【緒言】
性別違和(GD:Gender Dysphoria、性同一性障害[GID:Gender Identity Disorder])は、生物学的性別と性別に対する自己認識(心理・社会的性別、性自認:Gender Identity)とが一致しない状態をいう。昨今、性別違和に対する認知が日本でも徐々に広がってきており、性別違和を持つ労働者への対応を行う機会も増えてくると予想される。しかし性別違和に関する産業保健的な視点での検討はまだ十分に行われていないのが実情である。今回は性別違和を持つ労働者の就労に際して生じていると思われる問題点や労働法規の解釈について整理した。
※今回は性別違和の診断が確定している労働者への対応について検討した。
【会社内の申告と認知】
社内で認識されうる性別の種類
生物学的性別:身体の性
Gender Identity;GI:性別に対する自己認識、性自認
戸籍の性:法的な性
会社へ申告した性
社内で認知されている性
入社時の性別の申告はどう行われているか~自己申告(履歴書、健康診断の問診票など)が多いと思われる
カムアウトに際しての問題
本人のメンタルヘルス、職場同僚の動揺、社内制度や手続き
カムアウトのタイミングによる違い:雇入時、雇入後
治療の内容や状況による違い:手術、ホルモン療法
MTFとFTMでの違い
MTF:生物学的男性-GI女性、FTM:生物学的女性-GI男性
性別違和についての教育=「性の多様性」への理解~セクシャルハラスメント対策の一環として実施してはどうか
【会社生活における検討事項】
要検討事項
設備等:更衣室、トイレ、制服・作業服、休憩室、深夜勤務時の仮眠室、寮・宿泊研修(トイレ・風呂・相部屋)
健康診断:場所、時間帯、検査項目(法定外項目:婦人科検診、PSA)
その他:生理休暇(ホルモン療法等を行っていないFTM)
ポイント
本人・同僚、両方の理解を得られる様、対応を行う
可能な範囲でGI に合わせられる様に配慮する
できるだけ一つの性に絞って対応する方がよいと思われる~同僚との不平等感(不利益も利得も)が生じぬ様に注意
【健康管理におけるポイント】
性別適合治療(手術、ホルモン療法)の健康影響等についての理解
ホルモン療法の副作用:血栓症、心血管イベント(狭心症等)、肝機能障害、胆石、肝腫瘍、下垂体腫瘍、骨粗鬆症等
健康に関する情報提供
本人に対して:健康面のサポート、メンタルヘルス面のサポート
会社に対して:就業配慮のための情報提供
同僚に対して:体調不良時に理解を得るための情報提供
【労働法規等への対応】
労働法規は戸籍の性に従って対応する事が原則となる~その上でGIに極力合わせるために法をどの様に解釈するか
MTF(生物学的男性-GI女性):法規制は生物学的男性よりも生物学的女性の方が厳しいため、「妊娠の可能性のない女性」として対応する事で概ね問題ない[図1参照]
FTM(生物学的女性-GI男性):法規制は生物学的女性よりも生物学的男性の方が緩いため注意が必要
重量物取扱い:「個人特性に合わせる」という解釈で負荷軽減が可能
母性保護(生殖機能)に関する法規制については、性別適合手術を受けていないFTMは妊娠する能力を有するため、GIに関わらず「妊娠可能な女性」として対応を行う必要あり
ホルモン療法等を行っていないFTMは生理休暇取得の可能性あり
性別による法規制のある業務[妊産婦以外の女性]
男女の筋力差への配慮
重量物を取り扱う業務(女性労働基準規則 第2条第1項第1号)
母性保護のため
坑内業務の就業制限(女性労働基準規則 第1条)
指定有害物25 種の発散作業場所[作業環境による条件あり](女性労働基準規則 第2条第1項第18号)
放射線業務従事者の被ばく限度(電離放射線障害防止規則 第4条)
緊急作業時における被ばく限度(電離放射線障害防止規則 第7条)
放射線測定器の装着場所、線量結果の保存期間(電離放射線障害防止規則 第8条、第9条)
電離則;妊娠の可能性のない女性は男性と同等の対応
その他;生理休暇(労働基準法 第68条)
[図1]性別と法規制の関係
【結語】
カムアウトや実際の対応を行っていく際には、本人の問題だけでなく、同僚や会社にも様々な混乱や動揺が生じる
それらを最小限に抑えるために、本人の心情やプライバシーに配慮しつつ、周囲の理解も得られる様にサポートや情報提供を行う
実際の対応には一つの正解があるのではなく、個々の事例に合わせて柔軟に対応する事となる
労働法規については、戸籍の性に従いつつ個々の事例に合わせて解釈を行っていく
しかし法解釈の検討のためには一定の指針が必要と考える
実際に対応を行う際に参考となるよう、法的解釈に関する指針と様々な事例を集めた事例集の作成が望まれる
【参考資料】
性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン 第4版(日本精神神経学会) https://www.jspn.or.jp/activity/opinion/gid_guideline/
Webサイト「性別違和を抱える人への支援」 http://gender.web.fc2.com/
平成23~25年度 科学研究費補助金基盤研究「性同一性障害当事者に対する社会の対応~その現状と当事者と考える支援策~」(研究代表者:関明穂、研究分担者:中塚幹也)を元に開設
企業・地方公共団体を対象とした調査の結果や現場の実際に即した具体的な対応についての小冊子を公開