JKA研究補助

(公財)JKA小型自動車等機械工業振興補助事業(平成28〜29年度)

「レジリエンスのシステムモデルの構築とその展開補助事業」

〜 研究成果概略(レジリエンスのシステムモデルの一提案)〜

  • はじめに

東日本大震災・タイ水害などを経験した日本において,「レジリエンス」はいわゆる想定外の事象からの復旧という文脈で用いられる場合が多い.しかし本来は日常の様々な変動への適応能力という観点も含み,システム内外の変動や不確実性に適応しながらその機能を維持・発揮し続けることのできる性質,という広い概念として提案されてきた.例えば,日本鉄鋼協会においては,「震災復興アクションプラン」として「「ゆらぎ」への耐性を実現するための人・システム共創型リスクマネジメント」が,ゆらぎへの耐性という観点から人・システムの関係について検討が進められてきた.

しかし,レジリエンスという概念をどのように解釈しているかに関しては適用分野によってさまざまであり,統一的な解釈は存在しないのが現状である.このため,レジリエンスと類似の概念であるロバスト性,アジャイル性などとの相違が明確でなく適用分野によってそれぞれの概念の意味が異なっている場合さえある.また,レジリエンスを汎用的に表現するモデルは存在せず,レジリエンスを実現する対象システムにおいて独自に検討される場合が多いため,各対象システムにおいて具体的な方策・手続が提案されるが,得られた知見・知識を積み重ね再利用することが困難となっている現状がある.そこで,本研究ではレジリエンスの研究フレームを定めるべく,レジリエンスのシステムモデルの構築を目指し検討を進めた.

  • レジリエンスのシステムモデル

計画・運用の対象となるシステムが,人工物(あるいはシステムそのもの),システムが作動する環境,そしてシステムを操作・介在する人の構成要素からなるものとする.これまで,システムの環境に着目して分類したレジリエンスの環境モデル,構成要素である人工物,環境,人の関係に着目したレジリエンスの人工物・環境・人 - 関係モデルについて検討を進めてきた.以下で各モデルの概要を紹介する.

    • モデル1:環境モデル

本モデルでは,システムとシステムが置かれている環境を,事前に把握あるいはシステム内でモデル化されているかという観点で分類を試みる.いま,対象システムに関係する環境をEと表記する(取り得る範囲全体をE+ とする).現実的には,この E を完全かつ正確に把握することは不可能であるが,ここでは形式的にこのように表記しておけるものとする.この意味で,E を「潜在的環境」と呼ぶことにする.さらに,モデル化する際に想定・考慮した環境を ES E+ とし, 「想定環境」と呼ぶことにする.理想的には ES = E あるいはES E であることが望ましいが,実際には潜在的環境 E 把握の困難性などの理由でそうならない場合もあると思われる.また,モデル化に反映されている想定環境 ES の一部あるいは全体を EM ES とし,これを「モデル化環境」と呼ぶことにする.これら3種類の環境の包含関係は,一般に図1のようになると考えられる.

環境モデル

図1:レジリエンスの環境モデル

システムを計画・運用する際には,モデル化環境 EM のもとでシステムの評価関数を最適にするように構築する.このとき,実際の環境 e(以下「実現環境」と呼ぶ)が図1のどこに位置するかによって,システムの挙動が想定から外れ,場合によってはシステムが不安定,さらには破滅的な状況に至ることが起こり得る.ここで,実現環境と想定環境,モデル化環境の関係を整理すると,

    1. モデル内:e ∈ EM,

    2. モデル外:e ∈ ES \ EM,

    3. 想定外:e ∈ E \ EM,

と大別される.このとき,システムレジリエンスの観点からすると,1. の場合は,モデルで計算されるシステムの最適出力(あるいはそのときの状態)と現実の出力(状態)が整合していると考えられるが,2. や 3. の場合には保証の限りではなく,システムの出力の最適性はもちろんのこと,許容範囲・想定範囲を逸脱する状況も起こり得るものであり,実現環境が 1. から外れた時点で何らかの対処が肝要となる.

生産スケジューリングを例にすると,(1)の場合はあらかじめ変動を予測して対応するプロアクティブ方策,(2)の場合は変動発生の際に計画を修正するリアクティブ方策,(3)の場合は予め最適性を追究するのでは無く,その場で実行可能解を導出するリアルタイム方策をとらざるを得ない場合に相当する.

    • モデル2:人工物・環境・人 - 関係モデル

モデル2は環境だけではなく,システムを構成する人工物,人との関係を考慮したモデルである.その概要を図2に示す.ここで,人工物とは人を含まない人工物としてのシステムそのもの,人はシステムの操作者であると同時に変動をうみだす要因ともなる.

関係モデル

図2:レジリエンスの関係モデル

システムの通常稼働時,すなわち実現環境が EM に存在し(モデル1の1.に相当)定常状態にある時は,変動が無いか,おこりうる変動があらかじめ予測できていることに相当し,変動への対応に関してもあらかじめルールとして記述できていることになる.すなわち,人の影響も予測の範囲内とし,予測可能な範囲で変動する環境要素の一つとして作用するため,人工物は人的要素を含んだ作動環境との相互作用を想定して運用されることになる.環境変動がない,あるいは環境変動があったとしてもモデル化されているためその対応がいわば自動的に可能な状況であると考えられる.すなわち,ロバスト戦略を用いて閉じたシステムとしてシステム構成が可能となる.

次に,環境変動が存在し,実現環境の要素がモデル化環境 EM から逸脱して想定環境 ES となった場合,システムはその変動に適応しその機能を維持する必要がある.モデル化環境から外れているため環境要素があらかじめ書き下せず,方策の決定に人の介在を必要とする.すなわち,人工物と人が連携しながら解決策を見出すことになり,開いたシステムとしての設計・構築が必要となる.例えば,ルールベースにおけるルールを環境に応じて創出・追加していく学習機能がシステムには求められ,人工物と人との連携が肝要となる.さらに想定環境からも逸脱し,実現環境が潜在環境$E$にまで達すると,もはや人の経験や勘にもとづいたヒューリスティクスに頼らざるを得ない.このように非定常状態では開かれたシステム構成とし,人と人工物の連携を実現することでアジャイル戦略を用いることになる.

モデル1と同様に生産スケジューリングを例にとると,定常状態の場合はプロアクティブ方策をとることになる.非定常状態の場合は,リアクティブ方策,リアルタイム方策を用いることになる.

ここで,システムレジリエンスを実現しなければならない環境変動の重要な一側面として,モデル1における実現環境がEM ES ,時にはE との間で遷移する場合があることに着目したい.それに対応してシステム構成もモデル2の定常・非定常の2状態を行ったり来たりすることになる.例えば,設備トラブル等で非定常状態に陥った場合でも,設備や処理条件を復旧し,再び定常状態に戻す場合が相当する.これらの状況に対応するため,実現場では平常時に人為的に非定常状態をつくりだし(いわゆる,さぐりと呼ばれる行為)システムおよび人の変動への適応力を向上させる方策がとられることもある.すなわちEM ES の境界を拡充していくこと,それと同時に人工物と人との関わりをあらかじめ経験することで,非定常へ適応する人工物と人のポテンシャルを引き上げることが肝要である.レジリエンスをこのような動特性として検討することも今後の課題である.

  • まとめ

本研究では,レジリエンスのシステムモデル構築のための基礎検討として2つのモデルを提案した.実システムにおける対応づけ,マップ作成などを通してモデルの妥当性をさらに検討していく予定である.