わたしたちヒトを含む多くの動物は、性染色体(ヒトではX染色体とY染色体)の組み合わせなど、遺伝的に性が決まります。しかし、動物のオスとメスが決まる仕組みは実に多様です。ワニやカメなどの爬虫類のなかには、卵のなかで発生している間に、外部の温度環境を感受することによって性が決まる動物もいます。私たちは、ワニ類やカメ類などを使って、この「温度依存型性決定」の研究を行っています。特に、発生中の胚がどのように外部の温度を感じるのか、温度受容因子の実体の探索と、その仕組みの解明を目指しています。
動物によって、オスになる温度、メスになる温度は異なります。例えばワニは高温(33˚C)で孵卵すると全てオスに、低温(30˚C)で飼うと全てメスになります(35˚C以上になると卵は死んでしまいます)。一方カメは、高温(31˚C)でメス、低温でオス(26˚C)になります。つまり、これらの動物は外部の温度を正確に受け取り、反応するシステムを備えているはずです。
そこで私たちは、多くの動物で温度センサーとして働いているTrp(Transient receptor potential)タンパク質に着目しました。その結果、ワニのTrpv4タンパク質が、オスになる温度を受容することで、精巣をつくる遺伝子発現が活性化することを見出しました。つまり、Trpv4タンパク質がオス化のトリガーということになります。現在は、その下流で起きるイベントのシグナル伝達経路の研究や、オミクス解析を行っています。また、オスになる温度、メスになる温度が異なる動物では、Trpタンパク質がどのように働いているのか、なども調べています。
爬虫類の温度依存型性決定のほかにも、環境によって性が決まる動物はたくさんいます。このような仕組みは、例えば地球温暖化などが問題となっている現代では、極めて不安定のように感じます(例えばオスしか産まれなくなってしまうかもしれません)。しかし、ワニやカメは、遙か昔から絶滅せずにずっと生きてきた動物です。環境に依存する性決定の研究は、絶えず変動する厳しい環境の中で生物が生きていくためのヒントを与えてくれるとともに、生態系の保全や生物多様性の保存への理解を深めてくれるでしょう。