生殖器官の発生・分化メカニズムと疾患(癌化や形態形成・組織分化の異常)の原因解明に関わる研究を行っています。生殖器官の発生と分化を理解するには、性ホルモンが生殖器官にどのように作用するのかを理解することが不可欠です。哺乳類では遺伝的に性が決まったあと、男性ホルモン(アンドロゲン)や女性ホルモン(エストロゲン)の働きによってオスらしい、あるいやメスらしい体作りが行われます。これらのホルモンは、恒常性維持、生殖、発生・分化をはじめとした様々な機能に大切ですが、正しく作用しないと、生殖器官の先天性異常や、癌を含む様々な病態の要因となります。
女性生殖器官において、正常時あるいは腫瘍形成時のエストロゲンの細胞増殖や分化に対する作用メカニズムは明らかではありません。妊娠期や乳幼児期にあたる発達期の環境が、成人後の疾患リスクに影響を与えるというDOHaD説(Developmental Origins of Health and Disease/成人病胎児起源説)が注目されています。例えばマウスの膣上皮はエストロゲン依存的に細胞増殖しますが、出生前後にエストロゲンを投与すると、成熟後に膣上皮はエストロゲンがなくても細胞増殖するようになり、加齢に伴い腫瘍化します。このとき、エストロゲン受容体が、リガンドがない状態にもかかわらず活性化し、上皮組織自律的に細胞増殖する(通常のように間質を介さずに)ことを見出すなど、エストロゲンの発生個体に対する不可逆的かつ長期的な影響について解析しています。
膣上皮細胞のみでエストロゲン受容体(ERα)を欠損させたマウスを解析した結果、膣上皮細胞の角質化分化への運命決定にはERαが必要であることが分かりました。このマウスの膣上皮細胞は、分化できず、細胞増殖能を保ったまま、上層に上がっていきます(通常、分化した細胞は細胞増殖が止まります)。従来からの研究結果も併せると、エストロゲンは、まず間質細胞のERαを介して作用して上皮の細胞増殖を間接的に活性化し、その後、上皮細胞自身のERαを介してケラチン分化を誘導することを、生体レベルで証明しました。
ホルモンが発生に作用する最も顕著な例は、アンドロゲン(男性ホルモン)による外生殖器のオス化(ペニス形成)です。外生殖器は、尿道下裂をはじめとする先天性疾患などが多く起こる部位でもあります。このような性差の形成は、生殖器官の発生のなかで比較的後期に起きることから、これまで他の器官形成よりも研究が遅れていた領域です。私たちは、生殖器官の発生機構解明から性差構築までの一連のメカニズムを理解することで、疾患の理解も含めて研究を進めていきたいと考えています。現在は、外生殖器の性分化の度合いと、胎児のホルモン環境との関係性を明らかにしようとしています。