ここでは「経済学で読み解く現代社会のリアル」「トランプ返り咲きは世界貿易にどう影響するか」(週刊東洋経済2024年12月7日号)で紹介した参考文献を紹介します。
米中貿易紛争が貿易に及ぼす影響
米中貿易紛争が米中間の貿易に及ぼす影響についてはFajgelbaum et al. (2020)が、第三国の対米輸出についてはFajgelbaum et al. (2022)、Alfaro and Chor (2023)、Rutunno et al. (2023)、Freund et al. (2024) が分析している。たとえば、Alfaro and Chor (2023) は米国内の国別輸入シェアに着目し、中国からのシェアの低下に伴い、ベトナムのシェアの増加が目立ち、そのほかにも、メキシコ、カナダ、インド、タイ、マレーシア、インドネシア、韓国、台湾、シンガポールのシェアが増加していることが示されている(Table 3)。一方で、日本シェアはむしろ減少しており(Figure 4)、差の差の分析で検証したRutunno et al. (2024)でも同様の結果が示されている(AppendixD)。なお、より幅広い観点から米中貿易戦争の影響を考察した邦語文献として、早川(2024)が大変参考になる。
米国経済・中国経済への影響
米中貿易戦争の米国雇用への影響は産業レベルのデータを用いたFlaaen and Pierce (2024)は、中国からの最終財輸入の減少による国内雇用へのプラスの効果は、輸入中間財価格の上昇や中国の報復関税によるマイナスの効果によって打ち消され、失業率の上昇や労働参加率の低下をもたらしたと結論付けている。地域レベルのデータで分析したAutor et al, (2024)などがある。
米中貿易紛争の中国経済への影響は、地域・産業別の新規登録企業に注目したCui and Li (2021)、産業別の求人広告を分析したHe et al. (2021)、衛星写真による夜間光の情報を用いたChor and Li (2024)などがあり、米中貿易紛争によって輸出企業の業績が悪化していることを示唆している。
日韓台の対中輸出への影響
米中貿易紛争のサプライチェーンを通じた日韓台の対中輸出に及ぼす影響について分析した研究としてHayakawa et al. (2024)がある。彼らは、中国の機械類最終財の対米輸出の減少が日韓台湾の機械部品の対中輸出(中国の輸入)を減少させているか、という同一業種内のサプライチェーンを通じた影響を分析している。その結果、日韓では機械部品の対中輸出の減少は見られなかったが、台湾では中国の機械類最終財の対米輸出の減少にともなって、同地域の対中輸出が減少していると指摘している。これは、在中国台湾系現地法人が輸出基地として機能しており、台湾から部品を調達して米国に輸出する一方で、在中国の日系、韓国系は現地市場販売を目的とする現地法人が多いことに起因すると推測している。台湾で生産された半導体を用いて中国本土で生産された電子機器を対米輸出していた台湾企業が、米国の対中関税引き上げにより、中国向け輸出を減少させているといったメカニズムが考えられる。
日本企業への影響
Matsuura (2024, ERIA Working Paperとして近日公開予定)では、経済産業省「企業活動基本調査」、「海外事業活動基本調査」の調査票情報を用いて、2018年~の米中貿易紛争の日本企業の対中国事業に対する影響について分析している。対中輸出に大きく依存している日本企業は対中輸出が7.6%減少し、とりわけ海外に生産拠点を持たない対中企業が最も大きな打撃を受けていることがわかった。一方、直接的な影響を被る日本の在中国現地法人に注目すると、対米輸出が34%減少したことが分かった。ただし、米国向け輸出に関与していた日系現地法人は少数であったため、全体的な影響は限定的であった。また、在中国日系現地法人は、対中輸出不振に陥っている顧客である中国の地場企業向けの売上が減少するといった間接的な影響を受ける。実際、現地販売依存度の高い企業で影響がその影響が大きいことも分かった。ただし、複数の国にまたがる投資を行っている企業では、日本や他のアジア市場への輸出を増やすことでこれを補っていることも分かった。また、米中貿易紛争によって在中国日系現地法人の親会社からの調達も若干減少したが、この影響は軽微であった。まとめると、日本国内の海外生産拠点持たない輸出企業、および北米輸出に依存する在中国日系現地法人が最も大きな影響を受けたが、一方で、グローバルに分散投資している日系多国籍企業はより強い回復力があり、米中貿易紛争の影響を緩和できることが示された。
謝辞
本稿作成にあたり、清田耕造氏(慶応義塾大学)、早川和伸氏(アジア経済研究所)、笹原彰氏(慶應義塾大学)より有益なコメントを得た。記して感謝したい。
参考文献
早川和伸 (2024) トランプ1.0における関税戦争の貿易に対する影響を振り返る『IDEスクエア』2024年5月 URL: https://hdl.handle.net/2344/0002001025 (最終アクセス日2024年11月10日)
Alfaro, L., and Chor, D., 2023, Global Supply Chains: The Looming "Great Reallocation", NBER Working Paper, No.31661.
Autor, D., Becck, A., Donr, D., Hanson, G., 2024, Help for the heartland? The employment and electoral effects of the Trump tariffs in the United States, NBER Working paper, No. 32082.
Cui, C., and Li, S-Z, 2021. The effect of the US-China trade war on Chinese new firm entry, Economic Letters, 203, 109846.
Chor, D., and Li, B., 2024, Illuminating the effects of the US-China tariff war on China’s economy, Journal of International Economics, 150, 103926.
Fajgelbaum, P., Goldberg, P., Kennedy, P-J., Khandelwal, A-K., 2020. The return to protectionism, Quarterly Journal of Economics. 135 (1), 1–55.
Fajgelbaum, P., Khandelwal, A-K., 2022, The economic impacts of the US-China trade war, Annual Review of Economics, 14, 205–228.
Flaaen, A., and Pierce, J., 2024, Disentangling the Effects of the 2018-2019 Tariffs on a Globally Connected U.S. Manufacturing Sector, Forthcoming in the Review of Economics and Statistics
Freund, C., Matto, A., Mulabdic, A., and Ruta, M., 2024, Is US trade policy reshaping global supply chains? Journal of International Economics, 152, 104011.
Hayakawa, K., Pyun, J-H., Yamashita, N., and Yang, C-H., 2024, Ripple effects in regional value chains: Evidence from an episode of the US-China trade war, The World Economy, 24, 880-897.
He, C., Mau, K., and Xu, M, 2021. Trade shocks and firms hiring decisions: Evidence from vacancy postings of Chinese firms in the trade war, Labour Economics. 71, 102021.
Matsuura, T., 2024, Third country effects of US-China trade war: Evidence from Japanese firm-level data, mimeo.
Rotunno, L., Roy, S., Sakakibara, A., and Vezina, P-L., 2023, Trade policy and jobs in Vietnam: The unintended consequences of Trump’s trade war, QPE Working Paper, 2023-56.