深海チャートに記録された、天文学的周期に伴う中生代温室地球の陸域環境変動 −超大陸パンゲアのメガ・モンスーンが関与か?−

/2Ikeda et al. (2017) Nature Communications doi:10.1038/ncomms15532 『静岡大学プレスリリース資料』『東京大学プレスリリースHP

Astronomical pacing of the global silica cycle recorded in Mesozoic bedded cherts

※ 各図の説明は、このページの最下部です。

【研究成果のポイント】

⓪ 大陸風化は地質学的時間スケールでの大気中の二酸化炭素(CO2)濃度、ひいては気候を制御する重要な要素であるにも関わらず、過去の全球風化速度を見積もることが困難であったため、その変動要因は議論が続いていました。

① 中生代※1の深海チャートから低緯度遠洋域の生物源シリカ(SiO2)の堆積速度を復元しました。その結果は、現在全海洋で堆積する速度の約9割にも相当し、これは海洋への溶存態シリカの主供給源である、大陸風化速度の新たな指標になる可能性がある、と提唱しました。

①’ 本研究結果は、改良版GEOCARBモデルから推定した大陸風化速度と似たような変動様式を示し、①の仮説を支持します。(ただし、ペルム紀−三畳紀境界後や三畳紀/ジュラ紀境界、前期ジュラ紀は、火山活動や海洋無酸素事変に伴う炭素循環擾乱の定量化が困難なため、モデルの不確定性が大きくなっています。)

② 復元した生物源シリカの堆積速度変動は、地球軌道要素の周期的変化「ミランコビッチ・サイクル※2」として知られる10万年周期から3000万年周期で、2割から5割程度の振幅で変動し、これは、日射量変化そのものに比べて、有意に大きいことを見出しました。

③ この原因として、超大陸パンゲアのメガ・モンスーン※6に伴う大規模な降水量変動が、大陸風化速度を非線形的に増幅した、という仮説を提唱しました。今後は、メガ・モンスーンや大陸風化を介して、日射量変動が当時の大気CO2濃度や地球環境、生態系に与えた影響に注目されます。

【要旨】

中生代※1三畳紀〜ジュラ紀(約2億5千万年前〜1億8千万年前)の「ミランコビッチ・サイクル※2」に伴う日射量変動が、気候変化を介して、全球の大陸風化に影響したことを明らかにしました。大陸風化は、地質学的時間スケールでの大気中の二酸化炭素(CO2)濃度、ひいては気候を制御する重要な要素ですが、その変動要因について議論が続いていました。

我々は、地質調査と化学分析、物質循環モデル※3により、深海チャート※4から推定した生物源シリカ(SiO2※5堆積速度が現在の全海洋の9割にも相当し、これが海洋への溶存態シリカの主供給源である大陸風化の新たな指標になる可能性を示しました。生物源シリカの堆積速度は、約10万年〜3000万年周期で2〜5割の振幅で変動し、日射量変動自体に比べ有意に大きいことが分かりました。この原因として、超大陸パンゲアで形成された大気循環「メガ・モンスーン※6」に伴う降水量の大規模変動により非線形的に大陸風化が促進された、という仮説を提唱しました。この結果は、現在の数倍も大気CO2濃度が高い中生代の地球システム応答を解明する上で重要な成果です。

【背景】

大気中の二酸化炭素(CO2)は、その温室効果により、気候変化を左右する重要な要素です。大気CO2濃度は、地質学的時間スケール(数十万年程度)においては、大陸風化(特に珪酸塩風化silicate weathering)により大気から除去される速度に強く影響されます(右上図)。大陸風化によるCO2の除去速度は、環境条件(気温や降水量等)に影響されますが、それらは大気CO2濃度と関連しているため、大陸風化は気候の安定化に重要な役割を担っています。たとえば、何らかの要因で温暖化した場合、大陸風化が促進されることで大気CO2濃度が低下し、地球温暖化を抑制する、という安定化機構が働くと考えられています。この関係を利用して、GEOCARBモデルと呼ばれる大気CO2濃度を推定するモデルも開発されています(右図)。また、大陸風化は、生物の栄養となるリンやケイ素(Si)等を、岩石中から陸域や海洋の生物圏へ供給する重要なプロセスです。そのため,大陸風化が地質時代を通じて、どのような要因によって、どの程度変化したのかを明らかにすることは、過去の気候状態や生態系、物質循環、及びそれらの変化要因を理解する上で非常に重要です。

地質学的時間スケールで全球的な気候状態を左右する要因の中で、とりわけ重要なものの一つとして、天文学的周期「ミランコビッチ・サイクル」が挙げられます(右図)。地球の軌道は、太陽と木星や火星などの惑星の重力相互作用により、約2万年、4万年、10万年、40.5万年、数100万年〜数1000万年スケールにまで及ぶ、階層的な周期に伴って変化します。その結果、地球が受ける日射量やその分布が変わることで、例えば氷期-間氷期サイクル等の、全球的で大規模な気候変動が引き起こされてきたと考えられています。しかし、全球の大陸風化速度を、地質記録から直接見積もることは一般に困難であり、過去の大陸風化速度やその変化要因については、よく分かっていませんでした。

私たちは、日本をはじめ、アジアやアメリカ,ニュージーランドなど環太平洋地域に広く分布する、中生代の深海チャート(図1, 2)が、当時の全球の大陸風化速度の指標となりうるのではないか、と考えました。なぜなら、深海チャートは主に放散虫※7起源のシリカで構成されており、大陸風化によって海洋へと供給されるシリカの主要な除去プロセスだった可能性があるからです。

しかしながら、深海チャートについて、どれほどのシリカが、どの程度変動しながら堆積したのかは、不明でした。その理由の一つは、堆積速度を計算する上での時間分解能が、従来の化石に基づく時代区分では数100万年オーダーと粗かったためです。そこで私たちは、深海チャートの層状構造にみられる堆積のリズムが、ミランコビッチ・サイクルに伴ってリズミカルに変動した可能性に着目しました。この堆積リズムの周期を新たな時間目盛とすることで、約2億年前の地層でも、約2万年の高時間分解能で、かつ長周期(数千万年スケール)で、どの程度、堆積速度が変動したのか復元出来ると考えました。

【研究成果】

そこで当研究グループでは、岐阜県・愛知県に分布する三畳紀−ジュラ紀(約2億5千万年前〜1億8千万年前)の深海チャート1枚1枚の地質調査と蛍光X線分析※8を行いました。その結果、生物源シリカ堆積速度が、ミランコビッチ・サイクルの10万年〜3000万年の周期で大きく変化したことを明らかにしました(右図)。さらに、推定された堆積速度は、大分県や北海道、北米サンフランシスコや、ニュージーランドにある同時代の深海チャートの結果とも調和的で、当時の低緯度海洋に堆積した放散虫のSiO2は、現在の全海洋の合計堆積速度の約9割にも相当する莫大な量であった、と見積もられました。

これらの結果は、数万年スケールでは、海洋から放散虫として除去されたシリカが、大陸風化によって海洋へ供給された量と釣り合っていた、という仮説と調和的です。さらに、物質循環モデル※4(改良版GEOCARBモデル)を用いて計算した大陸風化速度変動が、本研究の推定と大局的に一致していたことからも、この仮説は支持されました(右図)。このモデルでは、炭素同位体比から有機物収支を推定し、その結果から大陸風化を見積もります。同時代は、火山などからの炭素流入が長期的変化が少ないと入力されているため、有機物として炭素固定される量と大陸風化によって炭素固定される量がシーソーのようにただし、ペルム紀ー三畳紀境界後と三畳紀/ジュラ紀境界、前期ジュラ紀Toarcain期は、大規模火山活動により大気CO2濃度が増加し、その結果温暖化して大陸風化が促進されると共に、海洋無酸素事変に伴う有機炭素固定量も増加した可能性があります。

本研究で推定された生物源シリカ堆積速度の卓越周期は、夏の日射量変化よりも大きな振幅で変化しており、このことは、何らかのメカニズムによって日射量変化の影響が増幅されたことを意味します。私たちはこの原因として、当時存在した超大陸パンゲアで形成された大規模な大気循環「メガ・モンスーン」が寄与したのではないか、と指摘しました(図5)。モンスーンとは、陸と海の比熱の差に起因する季節風で、日射が強い夏のモンスーンは陸域に雨をもたらします。そのため、夏の日射量変動は、降水量を変化させます。深海チャートにもみられた約10万年〜3000万年の周期では、地球公転軌道の離心率変動に伴って太陽との距離が大きく変わるため、約2万年周期の歳差運動(ごますり運動)に伴う夏の日射量が数%〜10数%程度変わります(図4)。

大規模な大気循環「メガ・モンスーン」による大きな季節変化により、降水量が多い熱帯収束帯や夏モンスーンによる雨期の地域の分布は、1年の間に大きく移動します。この移動幅が、ミランコビッチ・サイクルに伴ってさらに大きく変動し、超大陸パンゲア内陸に広がった乾燥地域が急激に湿潤化することで、大陸風化速度が非線形的に大きく変動した可能性があります(図2)。この結果として、最終的に海洋に堆積する生物源シリカ堆積速度が変化して、深海チャートのリズミカルな縞模様が刻まれた、と予想されます(図3)。

【今後の展望】

中生代は、大気CO2濃度が現在の数倍も高く、陸域には恐竜や翼竜、海洋にはアンモナイトや魚竜、首長竜が進化、繁栄した時代です。メガ・モンスーンに伴う降水量や大陸風化の変化は、大気CO2濃度や、栄養塩の供給量にも作用し、この生態系にも影響を与えたと考えられます。

今後は、今回の深海チャートの結果を他地域の結果、特に陸域の降水量や風化強度、大気CO2濃度や栄養塩量を反映する地球化学的、古生物学的なデータ等と総合的に比較検討することで、地球環境変動や生態系の変遷に、天文学的周期が与える影響について、研究を進めていく予定です。

【用語解説】

※ 1 中生代:今から約2億5200万年前〜6600万年前の期間で、恐竜が繁栄した時期にほぼ対応します。三畳紀、ジュラ紀、白亜紀の3つの時代に細分されます。大規模火山活動や海洋無酸素イベント、隕石衝突などに伴う環境変動で、大量絶滅が繰り返された時代としても有名です(図4参照)。

※ 2 ミランコビッチ・サイクル:太陽と惑星間の重力相互作用により、地球の公転軌道の離心率変化(約10万年、40.5万年、数100万〜数1000万年周期)、自転軸の傾きの変化(約4万年周期)、自転軸の歳差運動(約2万年周期)という3つの要因で、日射量分布が変動する周期(図1)。ただし、数100万~数1000万年周期は太陽系のカオス的挙動、主に地球と火星の永年共鳴の状態により変化します。

北半球高緯度地域の夏の日射量変動が氷床量を変化させることで、新生代の氷期−間氷期サイクルの引き金になったと考えられています。一方、中生代のような氷床のない温室地球でも、中低緯度地域のモンスーン等を介して、全球的な気候変動を駆動すると考えられます(図6参照)。

※ 3 物質循環モデル: 大気・海洋・陸域・岩石圏などにおける物質のやり取りを、生物地球化学的な方程式を用いて計算し、物質循環や気候変化を表現する数理モデルです。本研究では、岩石の風化作用や火成・変成作用を考慮して、過去の大気 CO2濃度を算出するGEOCARBモデルの最新版GEOCARBSULFvolcに、入力データとして新たにまとめた過去2億5000万年間の炭素や硫黄、ストロンチウムの同位体比を用いて、当時の大陸風化速度などの推定を試みました(図4青線)。ただし、ペルム紀ー三畳紀境界後と三畳紀/ジュラ紀境界、前期ジュラ紀Toarcain期は、火山活動や海洋無酸素事変に伴う炭素循環擾乱の定量化が困難なため、モデルの不確定性が大きくなっています。

※ 4 深海チャート: チャートは、シリカ(SiO2)を主成分とする硬い珪質堆積岩の総称です(図2)。深海チャートは、主に動物プランクトンの放散虫が作るシリカが、深海に降り積もってできたと考えられています。

※ 5 生物源シリカ: 生物の骨格として形成されるシリカ(SiO2)。現在は、主に植物プランクトンのケイ藻が生物源シリカの主な生産者です。ただし、ケイ藻の繁栄は白亜紀以降で、ジュラ紀以前の生物源シリカは他の生物、特に動物プランクトンの放散虫が主な生産者だった可能性があります。

※ 6 メガ・モンスーン: モンスーンは、陸と海の比熱の差に起因する季節風です。夏季のモンスーンは陸域に雨をもたらします。三畳紀に最大になった超大陸パンゲアは、その熱容量が大きいため、モンスーンが活発化しており、広域に季節性が強く発達したため、メガ・モンスーンと呼ばれます(図5参照)。

※ 7 放散虫: 海生の動物プランクトンで、原生動物の一群。大きさは、約0.1〜0.2 ミリ。シリカの骨格を持つため化石になりやすく、誕生したカンブリア紀以降の地質時代の指標、示準化石としても用いられます。

※ 8 蛍光X線分析: X線を照射して発生する元素毎に固有の蛍光X線の強度を測定し、その含有量を決定する分析手法。

【図の解説】

図1.岐阜県坂祝町木曽川河床の深海チャート。厚さ数cmのチャートと、数mmの泥岩のリズミカルな互層から形成されます。化石の年代に基づく堆積速度は1000年数ミリ程度で、チャート・頁岩1組が約2万年の歳差運動周期を主に反映し、厚さの変動として離心率変動の長周期リズムが刻まれています。

図2.三畳紀の古地理図と深海チャートやメガ・モンスーン地域の分布。古地磁気学的研究によると、当時の深海チャートは中低緯度深海域(赤色部)に分布しました。超大陸パンゲアのメガ・モンスーンにより、降水量が多い熱帯収束帯(ITCZ)及び夏モンスーンによる雨期の地域の分布(青線部)の年間南北移動幅が大きく変動します。この移動幅が、ミランコビッチ・サイクルに伴いさらに変動し(水色部)、乾燥していた地域が急激に湿潤化した結果、日射量変動が与える影響が非線形的に増幅されて、全球の大陸風化速度が大きく変動しました。

図3.ミランコビッチ・サイクルに伴うシリカ循環のモデル図。中低緯度地域の夏の日射量変動に伴うメガ・モンスーンによって降水量が大規模に変動した結果、大陸風化速度が変動し、生物源シリカの堆積速度が変動したことが、世界各地の深海チャートのリズミカルな縞模様に記録された、と考えられます

図4.炭素循環の概念図(Berner, 2003Nature一部改)。地質学的時間スケールでは、大気CO2量は有機物の風化Weatheringや火山Volcanicからの炭素流入と、光合成Photosynthesisによって形成した有機物の埋没Burialによる有機炭素固定Organic (CO2+H2O→CH2O+O2)、そして珪酸塩風化Silicate weatheringによる無機炭素固定Inorganic (CaSiO3+CO2→CaCO3+SiO2)の結果として変動します。最後のSiO2が、本研究で対象とした深海チャートになります。

図5.GEOCARBモデルによる過去6億年間の大気CO2とO2濃度変動(Berner, 2003Nature一部改)。Maは百万年。図4で示された炭素循環の概念に基づき、海洋性炭酸塩化石の炭素同位体比から有機物循環organicを制約し、大陸風化速度や大気CO2濃度はSr同位体比などから推定した風化しやすさと炭素循環の連立微分方程式の結果として推定されます。RCO2は現在の大気CO2濃度を1とした場合の大気CO2濃度です。本研究では250 Maから180 Maの中生代前期を対象として、このモデルから推定される大陸風化速度と比較を行った。

図6.ミランコビッチ・サイクル※2の概要。約10万年〜数1000万年周期で変動する公転軌道の離心率変動(左)、約2万年の周期を持つ地軸の歳差運動(中)、約4万年周期で変動する地軸傾度(右)。それぞれ異なるリズムで、日射量変動の分布に影響を与えます。池田(2013,号外地球)を改変。

図7.中生代※1深海チャートから推定した生物源シリカの堆積速度変動。10万年〜3000万年周期の離心率変動に伴って、生物源シリカの堆積速度は、約20%〜50%の振幅で大きく変動しました。

図8.深海チャートから推定した生物源シリカ堆積速度と、改良版GEOCARBモデルから推定した大陸風化速度。どちらも同様な変動パターンを示します。たただし、ペルム紀-三畳紀境界後と三畳紀/ジュラ紀境界、前期ジュラ紀は、超大陸パンゲアの分裂や大規模火山活動、海洋無酸素事変に伴う炭素循環の定量化が困難なため、モデルでは不確定性が大きくなっています

本研究は、JSPS科研費09J08755「特別研究員奨励費」、 JP 2680026「若手研究(B)」およびJP 20150889「海外特別研究員制度」の助成を受けたものです。

本研究成果は、英国Nature Publishing Groupの科学誌『Nature Communications』に、日本時間6月7日(水)にオンライン公開されました。

【論文題目および著者名】

題名:Astronomical pacing of the global silica cycle recorded in Mesozoic bedded cherts

著者:池田昌之1, 2、多田隆治3、尾崎和海 4, 5

1静岡大学理学部地球科学科 2コロンビア大学ラモント・ドハティ地球観測所 3東京大学大学院理学系研究科 4ジョージア工科大学地球大気科学部(米)5 NASAポストドクトラル研究員

掲載誌:Nature Communications DOI:10.1038/ncomms12550