研究テーマ

研究要約 約2億年前の遠洋性層状チャートの堆積リズムが,地球軌道要素の変化に伴う日射量分布変動(ミランコビッチサイクル)に起因したという仮説を,精密なフィールド調査と化学分析の結果の周期解析などのデータ解析により実証した.さらに,検出されたミランコビッチサイクルの周期性を用いて,層状チャート層序の年代解像度を約100万年から約1万年にまで向上させた.そしてこれにより,長周期ミランコビッチサイクルが表層環境や生態系に影響を与えたことを明らかにした.さらに,層状チャートの堆積リズムの形成機構として,ミランコビッチサイクルに駆動された陸域の夏モンスーン強度変動による海洋への栄養塩供給量変動に起因したという仮説(メガモンスーン仮説)を提唱し,検証を試みている.

背景;地球環境変動を理解するためには,様々な時間スケールでの物質循環を明らかにする必要がある.しかし,中生代古環境記録における時間解像度は,放射年代を用いても,その誤差約100万年を超えられず,物質循環を議論する上で弊害であった.そこで,ミランコビッチサイクルを古環境記録から検出し,その周期を時間目盛として用いることで,万年解像度の年代層序を確立する手法(サイクル層序)が開発された(Shackleton et al., 1990).この手法はグローバルな環境変動を連続的に記録する海洋底堆積物に適用され,古環境学は大きく進展した.しかし,ジュラ紀以前の海洋底はプレート運動により現存しないため,この方法は断片的な陸成層や浅海層にしか適用されていなかった.そこで,プレート運動により大陸に付加した付加体中の遠洋性層状チャートに着目した.層状チャートは1億年以上にわたり遠洋域で堆積し続けたため,長期的な環境変動を連続的に記録している.さらに,層状チャートは放散虫などの生物源シリカを主とするチャートと陸源砕屑物を主とする頁岩がリズミカルな互層を形成し,そのリズムがミランコビッチサイクルに伴う生物生産量変動による可能性が指摘された (e.g. Hori et al., 1993).しかし,ミランコビッチサイクルの判別の鍵となる周期の階層性は認定されていなかった.その理由として,構造変形により層序が分断されていたため,連続層序が復元されていなかったことが挙げられる.

成果❶-1: 高解像度連続層序の復元と層状チャートのミランコビッチサイクル起源説の検証

申請者は日本各地の層状チャートの詳細な地質調査を行い,三畳-ジュラ系層状チャートの単層1枚1枚をmm単位で数万枚記載した.さらに,分断された各地域の層序の対比を行うことで,約2億5000万年前から1億8500万年前の6500万年間に及ぶ層状チャートの完全連続岩相層序を確立した

さらに,チャート層厚(≒生物源シリカ堆積速度)変動に対し,ウェーブレット解析などの周期解析行った.その結果,チャート1枚が約2万年で,層厚変動に4万,10万,40万,約200万,約400万年の周期が見られ,ミランコビッチサイクルに特徴的な周期の階層性が検出された.このことから,層状チャートの堆積リズムがミランコビッチサイクルを反映していたことを示したIkeda et al.,2010a EPSL: 2008年地質学会優秀ポスター賞を受賞).

検出された周期性を時間目盛として,層状チャートのサイクル層序を構築した.6500万年間の連続サイクル層序は,世界最長記録である.この長期記録により,これまで未報告の1000万年や3000万年の長期変動の存在が発見出来た.さらに,この手法を他の時代の層状チャートにも適用することで,さらに長周期な環境変動の実態解明や地質年代解像度の飛躍的に向上に貢献できると期待される.

成果-2:長周期ミランコビッチサイクルに連動した遠洋酸化還元度・生物多様性の変動

長周期ミランコビッチサイクルの海洋環境や生態系への影響を検討するため,酸化還元度の指標である微量元素を測定すると共に,放散虫化石記録(Sugiyama, 1997)を比較した.その結果,遠洋が還元的になった時期は360万年周期の極大期に対応し,酸化的環境になった時期は極小期に対応した.また放散虫化石帯境界は360万年周期の極大期と極小期に対応し,放散虫多様性変動は360万年周期と同位相で変動していたことが明らかとなった.これらの結果は,360万年周期が海洋環境や生態系にまで影響を与えた可能性を示唆する(国際放散虫会議INTERRADにてThe best poster awardを受賞.).