10 山東の縦長銭荘票の図柄と中国の伝統文化  

三星福禄寿の図柄

と花銭(吉祥銭)3


加藤正宏

雑誌『収集』2012年6月号に掲載されたものに花銭を追加して

3回にわたって紹介している


山東の縦長銭荘票の図柄と中国の伝統文化

三星福禄寿の図柄と花銭(吉祥銭)―3―

加藤正宏

 洪武通宝

 康熙通宝

(孔左満字福右福)

 乾隆通宝

 年号銭や国号銭にも漢字「福」を刻むものが多数見られる。多くは花銭であるが、実銭のものもある。実銭のそれは吉祥ではなく、鋳銭局の地名・福建省福州を表示したものだ。私が所持しているのは洪武通宝(孔下福)、康熙通宝(孔左満字福右福)、乾隆通宝(孔上福)である。所持しているこれらは、私には真贋の程は分からない。

 手持ちの『東亜銭志』『歴代古銭図説』『簡明古銭辞典』『中国銭幣収蔵指南』『古銭手冊』『古銭新典』『中国古代貨幣』『清朝銭の研究 前編』『中国花銭』などを参考に、漢字「福」(漢字「寿」をも含め五福関連)を刻む実銭(小平銭を軸に、即ち、二折、三折、五折、十折などを省く)や花銭を紹介しておく。

 唐の会昌開元(孔の上福・下福・右福の三種)、五代十国の閔開元(孔上福)、金の大定通宝(鹿の図に印刻の福)、明の大中通宝(孔下福)、洪武通宝(孔下福)、清の順治通宝(孔上福・孔左一厘右福・拓図は無いが孔右の福の三種)、康熙通宝(孔左満字福右福・孔左満字福右福の子丑寅など十二支中十支など十一種)、乾隆通宝(孔上福・孔上福下福左福右福・孔左満字福右福・孔左満字宝右福・孔上福下寿右康左寧の五種)、嘉慶通宝(孔上福・孔左満字宝右福・孔左満字宝右寿・孔左草書寿右寿の四種)、道光通宝(孔左満字宝右福・孔上吉下星右拱左照の二種)、咸豊通宝(孔右福左寿)、同治通宝(孔上辛下未右篆字福左篆字寿・孔右篆字福左篆字寿の二種)、光緒通宝(孔上福・孔右篆字福左篆字寿・孔上利右福左寿・孔上福右禄左寿下財・孔右福左寿・孔右福左福・孔右寿左寿・孔上富下貴右寿左考・孔上長下命右富左貴・孔上五下福右来左朝の十種)、太平通宝(満字福孔右福)などが見られた。

 なお、「康寧」は安らかで平穏無事であるとの意味、「拱」は敬意を表すために両手を胸の前で組みあわせるとの意味、「寿考」の「考」は年老いているとの意味である。また、康熙通宝の十支のそれは巳午未申酉戌亥子丑寅で、欠けているのは兎の卯、龍の辰の二字で、これら二字を刻む康熙通宝は鋳造されなかった。それは、1713年の康熙帝六十歳の誕生を祝して、福建の宝福局で鋳造され、それ以後毎年その年の支を刻んでいたものだが、1722年末に康熙帝が崩御され、皇帝も代わり、翌年以降は鋳造されなくなったからである。

 ところで、『中国花銭』には、清の康熙通寳(満字福孔右福の子丑寅など十二支中十支など記年のもの)、清の乾隆通寳(孔上福)や嘉慶通寳(孔上福)は、明らかに実銭と区別できる乾隆通寳(孔上福下福左福右福・孔上福下寿右康左寧)と同様に吉祥花銭と位置づけられている。嘉慶通寳(孔左満字宝孔右福・孔左満字宝孔右寿・孔左草書寿孔右寿)の内、嘉慶通寳(孔左満字宝孔右寿・孔左草書寿孔右寿)は同様に吉祥花銭と記載があるが、嘉慶通寳(孔左満字宝孔右福)は『中国花銭』に見当たらない。

 乾隆通宝

孔上福下寿右康左寧


 道光通宝

孔上吉下星右拱左照


 光緒通宝

孔上富下貴右寿左考

 康熙通宝の十支中 子 寅 巳 丑

 乾隆通寳

孔上福下福左福右福

 嘉慶通寳 福、寿、康、寧の一組の銭

 しかし、嘉慶通寳には乾隆通宝(孔上福下寿右康左寧)の面文と同じ、福、寿、康、寧の一組の銭が存在していて、寿、康、寧の銭が吉祥花銭とされているから、嘉慶通寳(孔左満字宝孔右福)も吉祥花銭と見なした方がよさそうなことになる。

 乾隆通寳 孔上福

 乾隆通宝(孔上福)    ネット上で2000元

  道光通宝

孔左満字宝右福

 嘉慶通宝

孔上福

 順治通宝

孔上福

 そして、同じ見方をすれば、道光通宝(孔左満字宝右福)なども吉祥花銭ということになろう。また、乾隆通寳(孔上福)や嘉慶通宝(孔上福)が吉祥花銭なら、形式としては順治通宝(孔上福)も吉祥花銭になってしまう。果たして、そうだろうか。順治通宝(孔上福)の「福」は他の鋳銭局名漢字を刻む多くの順治通宝から考えて、やはり宝福鋳銭局のものであることを示していることは間違いない。逆に『中国花銭』の記載に反して、乾隆通寳(孔上福)や嘉慶通宝(孔上福)の「福」も宝福鋳銭局を示すものだとも考えられる。さて、どちらなのでああろう。

 しかし、『中国花銭』を基本に考えると、鋳銭局の地名「福」を刻む実銭は限られたもので、「福」字を刻む多くは吉祥花銭ということになる。

 私の所持した年号銭三枚の中、洪武通宝(孔下福)、康熙通宝(満字福孔右福)が鋳造地の字を刻んだ銭で、乾隆通宝(孔上福)は吉祥花銭ということに『中国花銭』の記載ではなるのだが・・・。

 この乾隆通宝(孔上福)がネット上で2000元で売りにだされていた。1992年発行の『中国銭幣収蔵指南』記載では200元の値が付いている。また、『中国銭幣収蔵指南』には拓も記載はされているし、ネット上で写真もいくつか紹介されているから、鋳造地名の実銭或いは吉祥花銭、いずれにしてもそれなりに中国ではその存在が認められている銭なのであろう。

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 とにかく、中国人の意識の中で「福」への思いが強いことがこれら古銭からも分かる。最後に少し逸話を紹介しておこう。ある「福」の字についてである。

 清朝の康熙帝が、母代わりであった祖母の病の恢復と長寿を願い、三日間の沐浴斎戒後、一気に書き上げた「福」の字である。この「福」の字は痩せ長であり、「痩」の字は発音が「寿」(shouの4声)の字の発音と同じであり寿の意味を持たせていた。また字そのもの中に、「多子、多才(財)、多田、多寿、多福」が暗に示されている。福の右半分は王羲之の『蘭亭序』の中の「寿」の書体であり、左半分は「才」であり、右半分の上が「多」、下は「田」、左半分の上一画を除いた部分は「子」である。そして、全体が「福」の字である。子供が多く生まれて子孫が繁栄し、多くの財をなし、多くの領土(田)を獲得し、長寿を全うし、幸せに暮らすという、古今唯一の「五福合一」の福である。「福」の字中に寿があることで、「福寿双全」の福とも呼ばれる。

 周恩来首相はこの康熙帝の「福」の字を「中国第一の福」と呼び、外国の賓客にはこの字をプレゼントすることが多かったという。そして、この字は「天下第一の福」と中国では呼ばれるようになった。

 昨年、江西省南昌の縄金塔に出かけたときに見かけたのがこの「福」の字のお札である。お札として樹木や欄干に沢山ぶら下げられて願をかけられているのを眼にし、祈願のために絵馬を掛ける日本の神社を思い出した。










 江西省南昌の縄金塔で


康熙帝の書いた福 


 「五福合一」の福

最後に福禄寿三星の図柄を紹介して、閉めとさせていただく。

 

参考図書文献

『星座と神話』産報 1977年

『星と星座の伝説』春夏秋冬4冊 瀬川昌男 小峰書店 1978年

『スカイ・ウオッチング事典』1989年

『星座物語』ニュートン別冊 教育社1992年

『道教の本』学習研究社 1993年

『道教の神々』 窪徳忠 平河出版社 1986年

『中華吉祥物図典』 中国書店 1986年

『吉祥図案』百花文芸出版社 2000年

『古近代福建地方鋳幣術略』 福建省地方史編纂委員会 2006年

『東亜銭志』 岩波書店 1938年

『歴代古銭図説』 丁福保原編 馬定祥批注 上海人民出版 1992年

『簡明古銭辞典』 高漢銘編著 江蘇古籍出版 1990年

『中国銭幣収蔵指南』古幣巻 古金編著 山西人民出版 1992年

『銭幣』中国銭幣収蔵鑑賞全集 吉林出版集団有限責任公司 2008年

『古銭手冊』 張志中編著 遠方出版社 1999年

『古銭新典』上下 朱活 三秦出版社 1991年

『中国古代貨幣』昭明 利清 編著 西北大学出版社 1993年

『清朝銭の研究』前編 真鍋 稔・平野 勇 1970年

『中国花銭』余榴梁 徐淵 顧錦房 張振才 編著

上海古籍出版 1992年