イメージ・コレクション其之八

『フリーメイソン幻燈の図像学 II 』


フリーメイソンの象徴体系の中心は、旧約聖書のソロモン王によるエルサレムの神殿建設(列王記上 5 ~ 10、歴代志下 2 ~ 9)であるが、特に重要なのは、聖書にはただその名前しか出てこない工人の長(おさ)、ソロモンの要請に応じてツロの 王ヒラムが神殿造営の為に遣わした「青銅の細工人」(列王記上 7-13)、「知恵のある工人」(歴代志下 2-13)、達人ヒラム(ヒ ラム・アビフ或いはアドニラムともいう)を巡る物語である。 神殿建設の全てを指揮する建築師ヒラムの技の秘密を得ようと、三人の職人がそれぞれ神殿の南と東と西の入口で待伏せ て彼に強要し、各々が持っていた下げ振り、槌、直角定規で順にヒラムを傷つけ、終には殺害してしまう。事の露顕を恐れ た三人はヒラムの遺骸を岩山に隠し、そこにアカシアの小枝を目印に挿して逃亡した。ソロモン王の命で親方の行方を探し に出かけた弟子たちがヒラムの遺体を発見するが、もはや技の秘密は失われてしまった為に、これを再び発見することがヒ ラムの後裔たるフリーメイソンの「作業」であるとされる。 そこで親方の位階への加入儀礼では、親方志願者自身がヒラムとして象徴的死を体験した後、新たに生まれ変わった親方 として合言葉と身振りと握手法が授けられる。また徒弟と職人の位階でも、それぞれ違った符丁や建築道具個々の隠された 意味が伝授される。例えばヒラムの殺害に使われた下げ振りと槌と直角定規も、未加工の粗石(徒弟位階の象徴の一つ)を、 神殿造営に相応しい完全な切り石に加工する、つまり自己陶治に不可欠な象徴なのである。こうした複雑な象徴体系は、徒 弟・職人・親方位階それぞれの儀礼象徴が描かれたトレーシング・ボードと呼ばれる三つの図表に集約される。最初期のメ イソンでは、ロッジの床面に直接図表が描かれ、儀礼終了と共に消されたとも言われるが、やがてタピス(カーペット)と 呼ばれる図表が描かれた敷物が床に敷かれるようになり、これがトレーシング・ボードへと変化したが、その目的がメイソ ンの象徴体系の知識を儀礼の実践と共に学ぶという点では同じである。だが知識を学ぶとは云え、いわゆる一般的な教育や 学問とは違い、これが合言葉の発声や身振りをともなう儀礼の直接体験とイメージの連鎖が不可分な知の体系であるところ に、メイソンの「作業」の特徴があると言えよう。

ここに掲載した一連の図版は、19 世紀末アメリカのロッジで使用された幻燈講義の硝子スライドで、原図のモノクロ写真 を硝子板にポジ転写し、手彩色されている。19 世紀の幻燈は、娯楽としては勿論のこと、社会・学校教育や禁酒などの倫理 的啓蒙の強力な手段として用いられた。急成長するアメリカ産業社会には膨大な新興富裕層が出現して、フリーメイソン会 員も増加、その潤沢な資金力によってこのような高価な幻燈スライドを製作することができたのであろう。 幻燈講義の特徴である、暗闇に出現する連続したイメージと講演者の声への集中は強烈な視聴覚体験であり、死の暗黒か ら光明への位階儀礼を中心とするフリーメイソンの「作業」にとって、これほど相応しい術の「道具」もまたないであろう。




図版 所蔵:松本夏樹

撮影:原田正一

デジタル制作:福島可奈子


図1 親方(マスター)ヒラムの死 の象徴

図2 「ロッジの(三つの)光」

図3 「ロッジの(三つの)宝章(ジュ ウェル)」 第 2(職人)位階の「作 業道具」水準器、下げ振り、直角定規。

図4 「職人のカーペット」