イメージ・コレクション其之七

『フリーメイソン幻燈の図像学 I 』


フリーメイソンの起源についてはよく分かっていない。1717 年、ロンドンの四つのメイソン・ロッジ(集会所)が合同して、 グランド・ロッジ(連合大ロッジ)を結成、1721 年にフリーメイソンの綱領であるアンダーソン憲章を採択したのが、公的 な歴史への登場である。 しかし石工(メイソン)のギルドは、教会建築の盛んであった中世から存在しており、一説では、シュトラスブルク大聖 堂の建設に従事した石工組合が、皇帝から賦役免除(タックスフリー)の特権を得たことが、フリーメイソンの語源である とも言われている。石工は当時の最高の技術者であり、ギルドはその職業上の秘密を、外部からは勿論、熟練度に応じた各 階層間でも厳格に守らねばならなかった。そこでお互いの技量を公開する前に、合図なり符丁で職制身分を確認し合う必要 が生じたであろうし、また、建築現場の仮設小屋(ロッジ)での、職制位階への加入が儀礼化されていったであろう事も容 易に想像できよう。 だが宗教戦争以降、教会の社会的役割そのものが衰微していくに従い、巨大建築を担った石工の特権的職制も変質してい かざるを得なくなった 17 世紀中葉、石工ではない一群の人々が、いわゆる「承認された(アクセプテッド)メイソン」とし て加入したと覚しい。彼等がメイソン本来の符丁や儀礼の体系を、ルネサンス・オカルト哲学(注 1)に由来する魔術的・錬 金術的象徴の大伽藍へと変貌させるのである。

15 世紀フィレンツェにメディチ家の庇護の下でプラトン・アカデミーを創設したマルシリオ・フィチーノは、ギリシャの オルペウス教やペルシャのゾロアスター教、特にエジプトの神で錬金術の始祖とされるヘルメス・トリスメギストスの、当 時再発見された教えの中に、ユダヤ教やキリスト教以前に神が啓示した真理が含まれているとする「古代神学(プリスカ ・ テオロギア)」を主張した。またフィチーノの同志ピコ・デッラ・ミランドーラは、ユダヤ教の秘密教義カバラによって神の 啓示の真の理解が得られるとした。彼等は古代の異教と魔術思想を復興した「オカルト哲学」により、教会教理に縛られた キリスト教世界を刷新しようと考えたのである。

だが 16 世紀になると、ルターの宗教改革に対するカトリック側の思想統制によって、フィチーノ等の思想も異端として断 罪されるに至った。しかし北方へと伝播したこの哲学は、アグリッパやパラケルススの魔術・錬金術思想に融合しつつ、17 世紀初頭、ドイツ新教圏で新たな相貌の下に現れる。薔薇十字の「同志会の伝説」がそれである。 始祖クリスティアン・ローゼンクロイツの墓の発見と共に、万物の中に隠された神の啓示を「象形文字(ヒエログリフ)」 のように読み解く秘密の技が会の同志たちに齎され、やがて教皇支配と宗教対立の時代は終焉を迎えて、新たな世界が到来 するという物語である。錬金術的寓意小説「化学の結婚」の著者にして牧師 J・V・アンドレーエらの起草になるとされる「同 志会の伝説」は、大きな反響を呼ぶと共に独り歩きを始める。カトリック勢力に対する、ドイツ新教側と英国やボヘミアと の対抗同盟を志向する人々の指導原理「薔薇十字啓蒙運動」へとそれは変貌したと、F・イエイツは言う(注 2)。だがこの運 動は 30 年戦争(1618 - 1648)で失敗に終わり、新教側からも弾圧を受けた人々は、隠れ蓑としてメイソンのロッジに加入し、 彼等の思想をその符丁や儀礼の中に秘匿したのだという。その正否は別にしても、フリーメイソンの象徴体系の中心を為す のはソロモンの神殿の建立であり、その意味するところは、成員個々の自己陶冶による新しい世界の構築なのである。


注 1:フランセス・イエイツ「魔術的ルネサンス」、内藤健二訳、1984 年、晶文社。 注 2:同「薔薇十字の覚醒」、山下知夫訳、1986 年、工作舎。




図版 所蔵:松本夏樹

撮影:原田正一

デジタル制作:福島可奈子


図1 前・椅子の親方(マスター)(ロッジ 長)の前掛と頸飾

図2 三位階、徒弟・職人・親方。19 世紀末アメリカのロッ ジで用いられた幻燈の硝子スライド。

図3 ソロモンの神殿の建立。19 世紀末アメリカのロッ ジで用いられた幻燈の硝子スライド。