イメージ・コレクション其之六

『透かし見る時間』


新約聖書の使徒行伝に、使徒ピリポがエチオピアの女王カンダケに仕える宦官を改宗させた逸話が語られている(使徒 8-26~39)。ミケランジェロに学んだ典型的な北方マニエリスト、マルテン・V・ヘームスケルクが描き、16 世紀ネーデルラ ンドの有力な版元フィリップ・ガレが自ら彫版した使徒行伝図集の一枚に、この話が描写されている(図 1)。 画面左後方では、ピリポが馬車に乗った宦官に出会い、中央でピリポは馬車に乗り込んで聖書の講読を行い、前景では改 宗を決意した宦官に洗礼を施し、その後ピリポは「主の霊」によって彼方へ連れ去られて行く。出来事の一連の推移がひと つの画面に描き込まれている例は、絵巻を始め決してめずらしいものではないが、ちょうど映画のロールフィルムをコアの ところから引き出したように、時間経過が螺旋状にほどけて同一面に描かれているのが特徴である。以前に紹介した寓意書『福音の光』* が、寓意像を映し出す鏡という重層的枠構造をもっていたと同じく、出来事の推移を描く絵巻が螺旋状にほどけ る様を更に描くという複雑な構造をこの絵はもっている。云わば物語の経過をたたみ込んだ画面上を追う視線の螺旋形の動 きで、時間が透けて再現される仕掛だとも云える。

図 2 は、笑顔と泣き顔が破線で重ねて描かれた画面上に、縦縞の透過紙を被せて左右に動かすことで笑顔と泣き顔が交互 に現れる、「写真活動」と銘打たれた玩具である。同じく縞模様によって運動を再現するのが、噴水図の幻燈用仕掛種板(図 3)で、これは各々逆に回転する放射状の線のある二枚のガラス円盤が透けてつくり出すモアレ現象によって、噴水の動きを 見せるのである。交互に見える部分と隠された部分とからなる、異なる情景が視線の中で時間経過として再現される点では、 透過フィルムの間歇運動である映画の原理の前駆的形態と云える。

視線の為の透ける仕掛の最後の例は、図 4 のフランス第二帝政時代のトランプカードで、表面は普通のマークや絵札のカー ドだが、カードの貼り合わせの内側にはエロティックな情景が、特に絵札の場合は表の人物と絡むように描かれている。 賭博に興じる遊蕩児が、勝負の時間の中で別の闘いの時間を透かし見るのである。


*「イメージ・コレクション 其之一」(『イメージライブラリー・ニュース 第 23 号』掲載)において言及。




図版 所蔵:松本夏樹

撮影:原田正一

デジタル制作:福島可奈子


図1

図2

図3

図4