イメージ・コレクション其之三

『覗く愉悦』


再びイエズス会士エンゲルグラーフの『福音の光』挿図、丸鏡に映じた像としての寓意画である(図 1)。神から聖体顕示 台へと至った「福音の光」が、更に空中から突き出された手にあるレンズによって導かれる。見えざる神は人の子イエスと してこの世に顕われる。ミサにおいて「命のパン」(ヨハネ、6-48)はキリストの聖体へと変じ、「世の光」(ヨハネ、8-12) として顕示される。その光は寓意画というレンズを通して集光(コンデンス)され、悦びなき魂の闇中に神の心像(イメージ) を結ぶのである。不可視の神の顕現を覗く愉悦装置、イエズス会的光学の機巧(からくり)映す寓意画の鏡像。 ルネサンス建築や、バロック演劇の舞台装置に多用された、視覚遊戯の空間や詐術としての透視遠近法は、未だしも見え ざる光の擬似的再現と、異界を「視る」行為への畏怖を残していたが、18 世紀啓蒙主義時代には、この世の中心たる人間の 視覚、世界を定位する人の視線へと関心が移行していく(図 2)。次の 19 世紀には、暗箱とレンズを通してこの世の一瞬の実 像を定着させる技(アルス)としての写真が、更には時間経過すらも連続写真の帯と投影光の中に収めようとして映画が登 場する。 しかしながら、創造主と被造物たる人及び世界との疎隔を胎みつつも、媒介者(メディウム)としての光と視線の隠喩的 イメージは、今日の映像メディア全盛を経てもなおアルタミラ壁画以来の「見ることの不可思議」を保持し続けている。レ ンズや小穴を通して異世界を覗く愉悦は、不変の「見えざる光」の源への遡行を含意しているのである(図 3、4、5)。


注:図 2 のような透視画 Perspectives は、Optique(仏)、Diagonal viewing machine(英)と呼ばれた反射式覗き眼鏡の為に 製作された。

このイメージコレクション連載を企画され、労を惜しまれなかった『イメージライブラリー』の下川久美香さん御逝去の報 に接し、心から御冥福をお祈りいたします。 松本夏樹




図版 所蔵:松本夏樹

撮影:原田正一

デジタル制作:福島可奈子


図1 『福音の光』の寓意画(17 世紀)

図2 覗き眼鏡用着彩銅版画(18世紀)

図3 阿蘭陀眼鏡 英泉画(19世紀)

図4 カメラ・オブスクーラ(18世紀)

図5 実体鏡(明治)